――異世界書紀―― 第三章 第三節 招かねざる客①
[*Topicks*]〈カイン・ロルドス・ミューヘン〉
60年ほど前、山王国第一王朝を滅ぼしたとされる老剣士。淡灰白色のローブと銀髪、長く伸ばした顎髭が特徴的。鋭い眼光を持ち、常に威圧的な雰囲気を漂わせている。元々は山王国の一領主であったが、闇巫女により超越した自我へと覚醒させられ、隷属となった。第一王朝が滅んだ際、実の弟もその手にかけている。
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シロナの朝は早かった。
まだ日が昇りかけている時間に目覚め、家の外に出ると神木の玉串を持って祈りを捧げている。
薄らと目が覚めた俺はシロナの祈る姿をぼんやりと眺めていたが、いつの間にか再び眠りについていた。
再び目が覚めたころ、とても芳しい香りに家の中は包まれていた。
きっとシロナが朝の支度をしていたのだろう。
大きなあくびをし、目をこすりながら寝室を後にした。
顔を洗い、ボサボサになった髪型を鏡に映しながら、相変わらずの表情に違和感を覚えた。なかなかこの小さなユカリの顔が今の自分の顔なのだと認識できないでいる。
自分が小さい頃から共に過ごしてきた幼馴染であるが、自分の意識で鏡に映した時、その顔があるのはやはり不思議な気持ちになる。
……というか、なぜこの姿なのか、未だに腑に落ちない。
ユカリを助けにこの世界に来たはずが、自分がユカリの姿になっているのだから。
「おはようございまーす!」
元気なシロナの笑顔を見て、俺は少しドキッとしていた。
昨日の出来事はあまりにも刺激が強すぎた。だって俺は……そんな経験したこともないし……。
あー、いかん……思い出すとまた意識を失いそうになるので、平常心だ。
「……おはよ」
「……? どうかしたんですかー?」
シロナが覗き込むように俺に顔を近づけて来た。
頼む……やめてくれ……心臓が口から飛び出しそうになりながら、あくまで平静さを保ったように、「だ、大丈夫! 昨日ちょっと風呂であったまりすぎてのぼせただけだよ」と言った。
だが、目を合わせない俺にシロナはますます疑問を抱いていた。
「この子はあれよ。女の子に慣れてないのよー。それより、ご飯はまだー? あたしお腹すいちゃったー」
「うるさいなぁ! 普通に話すくらいなら全然大丈夫だっての……って……」
「それにしても、中身が男だなんてやらしいねぇー。シロちゃん気を付けなよー? この子幼女に化けているだけのおっさんかもしれないからねー」
「いや……ちょっと待てお前」
「え? 何?」
「なんでお前がここにいるんだ? カリン」
いつの間にか、黒い魔女の帽子を被ってお茶をすすっているカリンが何食わぬ顔をして俺たちと食卓を囲んでいた。
「別にいいでしょー? ほぼほぼ一緒に旅していたようなものなんだから」
「ふざけんな! 何普通な顔してここに座ってるんだよ! いつからここにいた?」
「え? 昨日の晩からだけど」
「はぁ!?」
「だよね? シロちゃん」
俺は唖然とした表情をシロナに向けた。
「はい。昨日の夜ドアをノックして訪ねて来たので……いけませんでしたか?」
シロナよ……お前の許容力はどうなっているんだ……。
こうして、俺たちの朝食は始まった。
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「う…美味い! なんだこれ! これあのモンスターなのか!? モッチモチしてうますぎる!」
「はい! プランテ・セレアルをこねて焼いたものです。このセレアルは香草が好みだったようで、とても香りがいいですよね」
「うんうん! それにこっちの肉味の方はスパイスが効いてていい感じ!」
「はっはっは! そのスパイスはですねー、このあたしが持ってきたものなのだよ!」
「カリンのおかげでベスティア・セレアルも良い味付けができました」
「ふふ……この宵闇の魔女に感謝なさい!」
「まぁ……ここは感謝するとして……」
「何よー。つれない言い方ねー」
「で、なんでお前がここにいるんだ?」
「あら、なんだか立派なお家があったから訪ねてみただけよー。あたしも行くところがなくてね」
こいつは全く何を考えているのかわからない。
果たして敵なのか、味方なのか……きっと、もうどちらでもないのかもしれないが、落陽で戦っていた時のような禍々しさは消えていた。
「カリン、何を考えているの?」
シロナも一応は警戒しているようだが、「何も考えてないわよー」と、当の本人はとぼけたままだ。
「あたしがいたらお邪魔かしら? か、み、さ、ま?」
はい、邪魔です……とは言えなかった。
むしろ、今日この場においては助かったと思っている。
昨日のことを思い出して、シロナとまともに目を合わせられなかったのが、おかげで冷静になれたからだ。
とは言え、全く信用したわけではないし、行動をともにするつもりもなかった。
「はぁ……はいはい……あたしはどこに行っても邪魔者なんですねーわかってますよー」
戯けたようにカリンがそう言うと、席を立って部屋を出ようとした――。
「カリン――」
それを呼び止めたのはシロナだった。
「私は、あなたのしたことを全て許せるわけではありません……でも、何か困っているあなたの力にならなっても良いと思っています」
「……」
「話してください。……そうやって戯けてごまかすのは、いつもの癖でしょ? カリン」
シロナのカリンへと向けた言葉と視線は、恨んでいる相手を見るようなものではなく、かつての友人カリンとして見ている、そんな穏やかな表情だった。
一方のカリンは、それまでの戯けた表情から真顔に戻っていた。
急に興味を失った表情になったように見えるが、この時は何か寂しさを抱えているようにも見えた。
「……俺にも聞かせてくれよ」
俺の言葉に、カリンはこちらを振り向いた。
「まぁ……その、なんだ……スパイスの礼として」
暗闇に浸かっていたような表情から目を丸くして、カリンは小さなため息をつくと開きかけていたドアを閉めた。
ゆっくりとこちらに振り返りながら、少し考えるように俯くと、意を決したかのように静かに口を開いた。
「――殺してほしいヤツがいるんだけど」




