――異世界書紀―― 第三章 第二節 旅支度と家
[*Topicks*]〈カリン・マギサ・フィリア〉
70年ほど前、始まりの都において突如生まれた「宵闇の魔女」。闇巫女と名乗る者によって超越した自我となり、闇巫女の隷属となった。
焔皇国の首都グイ・シュアにおいて第一皇子が心身崩壊の状態で発見された事件の首謀者とされている。
この一連の事件において、カリンは1500人程の焔皇国兵を殺害している――。
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旅をするには何かと準備は不可欠だ。
しかし、準備をするにも落陽には“中身”のある人間はいないため、店で買おうにも誰かを頼ろうにもどうしようもなかった。
なら、店に入って勝手に持って行こうとも考えたのだが、シロナのあの寂しげな表情を見ると、どうしてもそんな気になれなかった。
あれから三日も経ってしまったというのに、未だに落陽の城門付近で道草を食っていることにもどかしくも思えたが、これからの旅の計画と支度をしているとなんだか楽しく感じてくる。
旅行前の荷物の準備とか、旅先でのあれこれを想像してワクワクしていたのは現実の世界でも同じだった。
何せ、今回は異世界を旅するのだ。
世界を作っていた時とは違って、今度は自分の足で歩き回るし、シロナという新しい――しかもものすごく優しくて可愛い――仲間がいるのだ。嫌でもテンションが上がるというものだ。
支度といっても大したことはしていない。
自分の空間倉庫に生成したアイテムを整理してしまったあと、どんな装備にしようかと並べて眺めて構えてを繰り返していただけだ。
見ていたシロナにも装備を選ばせ、ちょっとしたファッションショーのようになっていた。
シロナはあまり服装にはこだわらないようで、「旅をするには機能性が一番です」と、動きやすさを重視していた。……まぁある意味ではこだわっているのかもしれない。
その反面、武器選びには強いこだわりを見せていた。
シロナの職業では剣や短剣、刺突剣など様々な剣種を装備することが可能なのだが――職業によって装備できる武器の種類は異なるため、俺は剣種を装備できない――初めて扱った短剣系が好みらしい。
しかも細身の方が扱いやすいという。
先日のカインとの戦闘で使った剣――月夜桜花はとても気に入ったらしく後ろ腰に差したまま外そうとしなかった。
月夜桜花は剣の幅がある両刃の剣である。刃渡りは2尺(60cm)ほどの短い剣ではあるが、攻撃力が高く設定されており、魔力が込められていることから相手の防御を突破する特殊効果を持っている。
正直、旅の始まりにはふさわしくない――あくまでゲーム的な考えではあるが――武器ではあるが、この世界に生きる人間にとってここは現実であることを踏まえると、一切気を緩めたくないのは現状だろう。
「メインの武器は、そんな普通のやつでいいのか?」
もっと装飾が凝っていて攻撃力の高い武器はあるのだが……シロナの満足そうな顔を見ながら尋ねる。
「はい。一般的な物の方がしっくりくる気がするんです。いざとなった時は、こちらの……」腰に手を伸ばし、柄を握りながら「トウカ様特製の剣がありますから」と、誇らしげに答えたシロナを見て、俺は散らかしていた他の武器を空間倉庫にしまった。
「日は高くなってきたけど、そろそろ出発するか」
「えぇ、そうですね。結局、テンテンの卵は孵化しなかったですね」
「うーん。時間経過で孵化すると思っていたんだけど、もう少し時間がかかるのかもしれないな」
城門の詰所から出たところで、俺は大きく伸びをして太陽の光を全身で感じた。
この城門を出たら、本当に旅の始まりだ。
魔法や管理権限での転移とは違う、自分の足でこの世界を旅するという新しい一歩。
ユカリを助けなければならないという自負もあるが、どうせ世界中を旅してバグを浄化しなくてはならないなら、思い切り楽しんでやる――そう意気込み、俺は一歩を踏み出した――途端、ギュルルという気の抜けるような音に足元を掬われた。
「ご、ごめんなさい……お腹すいちゃったみたいで……あはは……」
照れながら頭を撫でているシロナ。
確かに、そういえば俺がここに来てから一切食事をしていない……。
「もしかして、この4日間何も食べていないのか!?」
「え、は、はい……実は……」
予定変更――。
まずは、食材探しだ。
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「シロナ……お前、よく我慢できたな」
「まぁお水は飲んでいたので……あと、トウカ様に新生解放していただいてからそんなに空腹が気にならなくなったので」
「……良いんだか悪いんだか、だな。そういえば、俺も腹減ったな……」
現実世界の俺はきっと寝たきりなのだろうから、この世界で飯を食っても気持ちの足しにしかならないだろうな……。
でも、せっかくなら美味いものを食いたい。
シロナが言うには、城門を出た草原に出現する変わったモンスターが落陽の都にとって主食になっていたらしい。
この世界のモンスターも現実でいう動物のようなものがいるので、きっと鹿とかイノシシのような獣なのだろうと思ったのだが……。
「あ、あれです! あのふわふわしているのがセレアルというモンスターです」
草原に出てくるのは、スライムとかツノの生えたウサギのようなモンスターだと思っていたのだが、まさか餅つきでついたようなまん丸とした物が切り株の上で草を食べていた。
「(こんなモンスターなんていたっけ……?)」
ユカリが俺の知らないうちに追加した食用なのだろうか。
いや、別に食事の必要がないゲーム世界で食用モンスターを作ることが疑問だ。
色々と考えているうちに、シロナがあっという間にセレアルを捕獲していた。
「見てください! この子、きっとプランタです!」
「プランタ?」
「はい! セレアルは個体によって食事の好みが分かれているんです。この子は植物を食べて育ったようなので、プランタ・セレアルと呼ばれます」
「へー。プランタって珍しいのか?」
「いえ、珍しいというわけではないのですが、セレアルを調理したときに根本となる味が変わるんです」
「それはつまり、植物を食べて育ったセレアルは……」
「野菜の味がするんです」
「ってことは……肉を食べて育ったセレアルは……」
「肉食はベスティア・セレアルですね。もちろん、お肉の味がしますよ」
要するに、餅みたいな食べ物に何かを巻いたような味になるってことか……それは面白そうだ。
「よし、シロナ。せっかくだからどっちも食べてみたい!」
「わかりました。ベスティアも探してみましょう」
日が落ちて来たころ、俺とシロナは十数匹のセレアルを捕まえることに成功した。
落陽からだいぶ歩きながら探したので、空腹も限界に近くなっていた俺たちは、川のほとりで休むことにした。
「この辺りはボアロやガロといった獣が出るという話を聞いたことがありますので、先に私が見張りをしますね」
そうだな。確かに、旅で野宿をすることにしたのなら、火の管理や寝ずの番などが必要だろう。
「ふっふっふ!」
「……? な、何か私変なことを言いましたか?」
「違うのだよ。シロナくん。私を誰だと思っているのかね?」
首を傾げるシロナに背中を向け、程よい広さの場所を探した。
ちょっとした断層になっている場所を見つけたので、俺は不敵な笑みを浮かべながら唱えた。
「――“地表に干渉する配置物、煉瓦作りの邸宅”」
俺の管理代行権限によって、目の前に煉瓦造りの立派な屋敷が出現したことによりシロナは目を丸くして驚いていた。
しかし、こうやって必要に応じて取り出せる家があるということは、我が家にいながら旅ができるようなもの――。
外敵の憂えもなく、安全な旅が約束されたも同然だ。
なぜならここには、ふかふかなベッド――豊富な調理設備――ソファーのあるリビング――そして、何より大事なもの、それは――。
「……ぷはーっ……生き返るなぁ」
そう、大きな風呂だ。
風呂は大理石でできており、壁にはちゃんと温泉を吐き出すライオンのモニュメントを設置している。
小さなユカリの体……は、あとで殺されそうなのであまり見ないようにしないしているが、この広さの風呂では十分に泳げるサイズなので、好都合だ。
しかし――。
「あ、あの……」
「え? なんですか?」
何の疑問も抱かずに一緒に入るシロナの姿があった――。
「いや……その……俺、一応男なんだけど……」
「そうなんですか? どう見ても、可愛い女の子ですよ!」
「いや……見た目はそうなんだけどさ」
「そんなことより、私こんなに大きなお風呂に入るの初めてです! こんなに気持ち良いものなんですね! 神様の世界では、こういったお風呂に入るのが普通なんですか?」
「いや……まぁ普通といえば普通だし……この現状は普通じゃないというか……何というか……」
「まぁ、いいじゃないですか。女同士、水入らず! あ、お水が無かったらお風呂じゃないですね! あ、そうだ! この後お身体洗って差し上げますね!」
「え!? そ、それは……あの……」
言葉にできないまま、俺はシロナに抱えられて背中を流してもらったのだが……正直のぼせてしまっていて記憶が曖昧になっていたので、その後のことは覚えていなかった。
目が醒めると、俺は寝室にいた。
なぜかシロナに抱き枕にされる形で……。
そして、俺は張り裂けそうな心臓の鼓動に打ち負かされ、再び気を失うのであった。




