――異世界書紀―― 第二章 第五節 落日の都 落陽
『落日の都 落陽――。大陸の最西端にある都は、岩肌に建てられた石造りの街並みが裾野を広げるように建ち並ぶ。山の中腹に建つ神殿と宮殿に差し込む夕日が白の街を鮮やかに染め上げ、ノスタルジーを感じさせる――』
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夜の闇に沈む街――。
この落陽のコンセプトは、日の沈む街だ。
それが、今はどうだろうか。
人の気配を感じない、まるでゴーストタウンだ。
石造りの街並みが余計に墓場を想像させている。
落日の都落陽――シロナの悲しみに沈む街。
谷から神殿の脇道へと戻り、格子戸を開けた。
「え!? なんで開くの!?」というリアクションが後ろから聞こえたが気にしないことにした。
神殿の惨状は見るに耐えないものだった。
俺の中身はあくまで常人なので、本来であれば吐き気を催すところなのだが、ダイブインセプションのフィルター越しに見ているので、アニメの殺人現場を見ているような感覚でいられた。
このフィルターを任意で外すことも可能だが……そんな機能が果たして必要なのだろうか?
もし、元の世界に戻れたら常時フィルターをかけるように提案しよう。
そんな神殿の様子を眺めていると、シロナが血溜まり向かって真っ直ぐにに歩み寄っていった。
……というより、死体があったであろう場所、とでも言うべきだろうか。
破壊された神殿の柱の近くにある血溜まりは、流せばまず助からないであろう量であった。
故に、そこから推察されることは……。
「死体が持ち去られた――あるいは、動き出した、というところか?」
「……私が谷川の祭壇に逃げる途中、ここに神官長が倒れていたはずなのですが……」
「いなくなったのは、その神官長だけ……みたいだな」
「……」
シロナに思い当たるところでもあるのだろうか。
何かを考え込むように、その血溜まりを眺め続けていた。
「先ほどトウカ様が倒された、黒いローブを来た女がいましたよね? あの女が言っていたのです。『姫様と出会ったうちの一人と自我を入れ替えた。本当の私はこの街のどこかにでもいるんじゃないか』と」
「まさか……その神官長ってのが、あの女の本体だと?」
「わかりません……私が神殿から飛び出すまでは、いつもと変わらないモリア神官長でしたから」
NPCが肉体を捨てて自我を転移させている……?
残った肉体は、この世界の法則によって役割と性格が与えられ、それがモリア神官長として自我を持ち始めた、という説明なら成り立つと思うが……。
シロナの自我が芽生えた頃にはこのモリアという神官長はシロナに仕えていたわけだし、辻褄が合わない。
だとすると、なぜ死体はなくなっているんだ……?
「まぁ、今は考えても仕方がない。生きている可能性があるなら、それに越したことはないわけだし。もし、敵であるなら、近いうちに必ず相対するはずだ」
「……そうですね。前者であることを願います――」
そう言うと、シロナは血溜まりに祈りを捧げた。
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数分前――。
「……まさか、お主が負けるとはな、カリン」
「間一髪よ……おかげで命拾いしたわ……」
「ふむ……その姿でその口調は……なんとも言えぬ違和感があるな」
神殿の柱の前に立つ、二人の老人。
一人は淡灰白色のローブを纏った、顎髭の剣士。
もう一人は……神官の衣を着た修行僧であった。
「仕方ないでしょ? 強そうな肉体が、このジジイのものしかなかったんだから」
「……して、お主を一瞬で殺したと言う幼子だが」
「あのガキ……! このカリン様の若く美しい肉体を……!! 殺してやる……絶対に殺してやる!!」
「落ち着け。怨恨に囚われていては話にならぬ。この件、闇巫女様に報告せんで良いのか?」
「事後報告で構わないんじゃない? うっかり殺してしまいました、ってね」
「ふん……戯れがすぎるのはお主の悪い癖だ」
「あら、付き合ってくれるの? さすがは戦闘狂のカイン様ね。お仕えしていたお姫様……あっさり殺しちゃっていいのかしら?」
「……儂がお仕えするのは闇巫女様ただ一人。断じてあのような小娘ではない」
「なら、今度は容赦しないわ。どうせなら、広い市場街でお出迎えしましょう。シロナ《あの子》のトラウマを抉り返してやるんだから」
邪悪な笑みを浮かべ、モリア神官長だったその姿はカリンの本来の姿を取り戻していく。
宵月の魔女。
数多に人心転移を繰り返し、その真の姿を知るものは数知れず。
黒衣に身を包み、闇夜にその赤い眼光を輝かせながら、そのすらりと伸びた手指をパチンと鳴らすと、暗闇から影のような靄が現れ、数体の魔獣が召喚された。
カリンは魔女の象徴である箒に腰をかけると、銀色に光る耳飾りを揺らしながら、その集団ごと転移魔法で姿を消した。
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月が雲に覆われていく。
暗雲が立ち込めているとはまさにこのことかもしれない。
雲は風を呼び、更に不穏な空気を運んでいた。
シロナと共に落陽の街の坂道を下っていく。
夜道は真っ暗であったが、祭壇の河原で浮いていた光の玉を捕まえたので、それを灯りにして歩いていた。
それにしても、人の気配が本当に感じられないのは不気味で仕方がなかった。
その不気味で空虚な一軒一軒を感傷的に見つめながらシロナは無言で歩いていた。
「シロナ……俺がさっき渡した武器は装備しているか?」
「いえ、まだ装備していませんが……」
「そうか。なら今のうちにしておけよ」
「……やはり、感じますか?」
「あぁ――」
市場街では、全ての行き先を塞ぐように魔獣や黒衣の者達が囲んでいた。
篝火が轟々と勢いよく燃え盛るのを感じると、物陰から二人の姿が現れた。
「うふふ。またあったわね、お嬢ちゃん。さっき殺された私の仕返し、死んだ方がマシだったと思えるくらい絶望的に、身も心も踏みにじっていたぶってあげる。あ、うっかり死んでしまったらごめんなさいね」
ローブの女が蔑むような視線をこちらに向けながらそう話してきた。
「そうか……すまない」
「あら? 謝ったってもう許さないのはわかっていることでしょ? 何をいまさら――」
「ちげぇよ。あまりにも死亡フラグが乱立してて、雑魚が言いそうなセリフばっかりだったからな」
女はムッとして怒りを露にしている。
俺は更に煽るように言った。
「笑っちまいそうで、すまないって言ったんだよ」
敵は数十人と十数匹。
対するこちらは二人。
さて、どれくらいのハンデになることやら。
俺たち二人の、第二回戦が幕を上げた――。




