――異世界書紀―― 第二章 第三節 運命の出会い(前編)
夢を見ていた――。
俺が幼い頃、ユカリの家族や他の家族達と河原へキャンプに行った時のことだ。
両親たちは知り合い同士だったが、子どもである俺たちに面識はない。
許容力の高い子ども時代にあって、俺はその場で他の子どもたちとすぐに馴染んで遊んでいた。
そんな中、河原に座って一人で過ごす女の子の姿があった。
ユカリというその女の子は、無愛想で素直ではない。
みんなから相手にされなくなった頃、俺は彼女の名を呼んで、手を伸ばした――。
◇◇now loading…◇◇
意識が戻って来た。
「(確か、16時くらいに開発部の部屋で横になったから……)」
アナザーワールドでは、目を閉じると瞼の裏に時間が表示される仕組みになっている。
俺は目を閉じていたので、意識が戻った瞬間必然的に時間が表示されていた。
「(あ、時計が生きてる。よかった……って、もう19時半か……3時間半も気を失っていたのか……。さて、どこから始まるんだ?)」
そう思っていた矢先、ゲームのログイン画面のような部屋の光景が見え始めた。
アナザーワールドは、ダイブインセプションをつないでゲームと意識がリンクした後、この部屋に来てログインをする仕組みになっている。
ここをすっ飛ばして世界に入るものだとばかり思っていたが、やはり世界の玄関口。
そう易々とは通してくれないようだ。
目の前にはゲームのマスコット的なキャラクターのオブジェクトが浮かんでいる。
頭に甲冑のようなものを被った、スライムの……確か、ヘルムという名だ。
こいつに手をかざすことによって、これまでのセーブポイントへと転送される仕組みだ。
俺はいつも通りヘルムに手をかざした――が、いきなり異変が襲うこととなった。
「ややややややああああゲゲ元気キキキだっ……」
ノイズとハウリングの耳障りな音とともに、分身したりプログラムされた表情が何度も入れ替わったりと、とてもホラーな状況になっている。
そうか……この部屋にバグが発生していたから入れなかったのか……だとしたら、俺もただじゃすまないかもな……。
悪い予感がしていた……。
キーンと鳴り響く音に苛まれているうちに、ヘルムは笑顔と悲しい顔つきの中間で動かなくなった。
「お、おい……! マジかよ!! ここまで来て、先に進めないってわけじゃないよな……動け! 動いてくれヘルム!!」
俺の思念伝達に反応したのか、ヘルムの顔が少しだけ笑顔に近づいて来た。
「あれ? ちょっと笑顔になって来てる気がする……この顔って、確かセーブポイントに転送するときの表情じゃ……ってことは、こいつが笑えば転送される……のか?」
そんなことを考えていると、ヘルムの表情が少しずつ悲しみを浮かべ始めていた。
「あ……え、ちょっと待って、待ってくれよ! 頼むから笑顔になってくれ! な? な??」
ヘルムの顔が少し笑顔側に戻っていた。
「いいぞ! その調子だ! さすがヘルム様! いつも世界に転送していただいてありがとうございます! この通りです! どうか転送してください!」
いつの間にか神を崇めるように跪いて何度も土下座を繰り返していた。
ヘルムの表情が笑顔になって来てはいるが、悲しみの表情も薄らと見えるのでとてつもなく嫌な笑い方に見えて仕方がない。
意味がないとは思うが、ご機嫌でも取るように俺はゴマを擦り続けた。
そして、ついに――。
「ジジジジじゃあああああてててんそそそそそそ……らっしゃっらっしゃい!」
そのノイズ混じりの声が流れると、俺の体は光の粒へと変わっていった。
■◇now loading...◇■
現状を理解するのに必死だった。
セーブポイントに飛ばされたはずだったのだが、俺が最後にログアウトした場所ではなく、以前きたことのある滝と河原のフィールドだったということもあるが、それ以上に、今にも死にそうなくらい満身創痍な女の子と、俺と女の子を取り囲むようにいる黒いローブの集団がいたことだ。
落ち着け……この子はきっとこいつらに追われていたということは確定だよな……問題はなんで襲われているか、だけど……。
まぁ、いいか。
ちょうど湿っぽかった自分に鬱憤もたまっていたことだし、ここは傷ついている可愛い女の子を助けるのがヒーローってもんだよな。
まぁ、キャラの見た目はガイコツだからダークヒーローってやつか。
俺は深く深呼吸をした。
何やら黒幕っぽい女が歩いてきているし、そろそろ始めるか。
俺はこちらを不思議そうに見つめている女の子に声をかけることにした。
「なぁ……あいつら、お前の敵か?」
「え…あ、はい……」
戸惑っている……まぁ、無理もない……よな。
「困っているんだろ? 助けてもいいか?」
まぁ、答えを聞くまでもなさそうだ。
「さて、お前たちには悪いが、試し切りに付き合ってもらうぞ――」
俺は頭で念じて空間倉庫から武器を取りだした。
そして、勅使河原にインストールしてもらった戦闘プログラムを起動した――。
「(縦横無尽に駆け回り、目の前の黒いローブたちを瞬時に倒していく爽快感――! すごい、なんだか目が回りそうなくらい――フィギュアスケートばりに回転してるけど……これ、戦闘データ……もしかしてプラネットウォーズのヨーデス先生じゃないか? あ、壁を蹴って回転を入れるあたり、やっぱりヨーデス先生だ。てっしーって本当にレトロなゲームとか映画が好きなんだよなぁ……)」
そんなことを感じながら、黒いローブの集団を浄化させていたが、ふと、あることに気がついた。
「(っていうか……俺、身長小さくね? 武器もロングソード系じゃなくて長杖だよな……うわ、杖握っている手、小っさ! え? なんで? 俺厳つい鎧を着たガイコツのキャラだったよな……? なんか白い格好なんだけど……バグの影響か……?)」
黒ローブの雑魚を蹴散らしながら、俺は視線を唖然としている女へと向けた。
「(まぁいいや。とにかく、目の前の敵に集中しよう)」
女は戸惑いながら、あたふたと何かをしようとしている――いや、何をすればいいのかわからない、といったところか。
こんな奴らなら、管理代行権限や技を使うまでもないな。
女が身構えようとしている隙に、俺は一撃で仕留めることにした。
「おせぇよ」
俺は女の胸に長杖を思いっきり突き刺した。
「そ……んな……ウソ……」
別に殺すわけではない。
ゲーム内のNPCの自我データに宿るバグの因子を取り除く作業に他ならない。
このNPCたちは、いずれ新しい役割と性格を与えられて生まれ変わり、新しい自我を宿すのだから。
光の粒となって消えた女を見て、満身創痍の女の子が俺に声をかけて着た。
「あなたは、一体――?」
「(俺の名前か……まぁ、キャラクターにつけていた名前はあるが、ここはいっそのこと……)」
そう、俺はこの異世界に新しく生まれ変わった存在。神であるユカリを探し求めてやって着た、この世界を作ったもう一人の神――。
「……ユーカリア。この世界に生まれ変わった、新しい神だ」
俺は、俺の半神を求めてこの地に降り立った、破滅の死神。
ユカリを助けるために、俺はこれから大勢の人《NPC》を殺すことになるのだから――。
「やはり……あなたは、我らが救いの……神様だったのですね……こんなにも可愛らしく幼い見た目なのに……凄まじい強さを感じました……」
……ん? 今、この子なんて言った……?
「あの神の像に瓜二つのあなた様の仰ることを私は信じます……どうか、この都をお救い……ください」
瓜二つ? 像? 像ってあの……ユカリの傲慢さを称えた像のこと……だよな?
「え、えっと……ちょっと待っててね」
「……?」
女の子は不思議そうに俺の行く先を目で追っていた。
俺が今疑問を感じ、一番確かめたいこと……それは……この水面に映る姿のことだった――。
幸いにもこの場所は光の球体がシャボン玉みたいにいくつも浮かぶエフェクトがあるから夜でもきっとばっちり見えるだろう……。
恐る恐る、水面に近づく。
目を閉じ、意を決して勢いよく目を開け――!?
「なんじゃこりゃああああああ!?!?」
俺の声は、虚しくも渓谷にこだまするだけだった。




