――創世記―― 第二章 第二節 夢む神を追って
『たった一人で見た夢が、百万人の現実を変えることもある――』
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「まさか……トウカ先輩……無茶です! いくらなんでも……だいいち、ユカリ先輩と同じような状況になれるとは限りません! そんなことしなくても、ログインできるようになるまで復旧を待つべきです!」
「あくまで俺の見立てだが――ログインできるよう復旧するのにはまだまだ時間がかかるんじゃないかと思っている。 理由はいくつかある。1つ目は、ゲーム内のバグと負荷の存在が異常であること。2つ目は、それを取り除くのは、ユカリがゲーム内にいる可能性がある現状では外側からではユカリに危険が伴うこと。3つ目、バグと負荷によってシステムにロックがかかり、ログインを制限されていることだ。それを解除するのに肝心の管理者権限を当の本人が所有したまま……だから、誰かが世界をこじ開けて内部に入りユカリを目覚めさせる、もしくは内部の管理者端末にアクセスするしか方法がない。違うか?」
「……ご推察の通りです。現状では内部データにどうにか潜り込んで負荷を取り除くことしか手段はありません。でも、トウカ先輩までユカリ先輩と同じことにあわせるなんて……私には無理です!」
無理なことは承知だ。
自分自身が死地に赴くようなものだし、帰ってこられる保証もない。
でも、それでも俺は……。
「てっしー……」
俺は勅使河原を見据えていた。
「頼む」
俺は本気だ。
本気でユカリを連れ戻したい。
「……ずるいですよ。そんな目をされたら……。私だって、ユカリ先輩には戻ってきて欲しいです。でも……でも! トウカ先輩までいなくなっちゃったら……私は……」
俯く勅使河原が声を震わせていた。
よく考えれば、後輩に俺を殺せと頼んでいるようなものだ。
それはあまりにも難しい相談だよな。
俺は軽めに深呼吸した。
「……わかった。酷なお願いして悪かったな。でも、俺は行く。てっしーには荷が重いと思うから、開発部の人とか、会長にでも頼んでみるよ」
そう微笑みながら俺は勅使河原に背を向けた。
開発部へと足を踏み出した俺の背中に、突然引かれるような重さが伝わってきた。
両手でシャツの肩甲骨あたりを掴んで握りしめる細く小さな女の子の手――それに少し遅れるように、背中に額を当てているのが感じられた。
「……てっしー?」
「……先輩は……トウカ先輩は私にとって、大切な人です。ユカリ先輩にも……渡したくない。でも、でも……私は、先輩たちが一緒にいるところにいるのが好き――悔しいけど、二人を少し離れたところから見てることしかできないから……」
背中から体温と共に思いが伝わってくる。
「今だけは、こうさせてください……」
俺は一体どれだけの人の思いを、気持ちを見落としてきたんだろう……。
自分の気持ちさえ見落としてしまうのだから、他人の心なんてわかるはずはない。
でも、自分にとって身近な存在だけは見落とさないように慎重に心を汲んでいたつもりだった。
まだまだ未熟者だな。俺は。
ありがとうでも、ごめん、でもない。
そんな言葉は、今の俺と勅使河原には必要ないと思った。
背中から伝わってくるものが、俺の心に直接教えてくれるから。
ただ一言だけ、「そっか」とつぶやいて、勅使河原が気の済むまで待つことにした。
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会議の結果猛反対された俺は、意地と決意で押し切ることに成功した。
その背景に勅使河原の後押しがあったのもあるが、開発部の調査結果が来たタイミングも相まって認められることとなった。
ただし、人命がかかっている以上万全のバックアップ体制を整えてからということになった。
開発部の調査では、雷を再現する必要まではなく、プレイヤーの意識を転送することは理論上可能らしい。
もちろん正常なログイン方法ではないので、ゲーム内では異常者として扱われてしまうそうだが、プレイヤーや副管理者としての機能は使えるらしい。
俺がバグと負荷を軽減させていき、ゲームシステムの機能が回復する、もしくは管理者権限を行使し強制終了を試みることが、俺やユカリが帰還となる条件だ。
とはいえ、不確定情報ではあるが……。
「俺は覚悟できています」
もう、後戻り出来ないかもしれない。
後ろ髪を少し引かれはしたものの、あいつを助けるまで、俺は絶対に帰らないと心に誓った。
「とりあえず、アナザーワールドに入れさえすれば、俺のキャラクターで管理代行権限が作動できると思う。あとは、バグを消したり浄化させたりするワクチンのようなデータを持ち込んだまま行けるかどうかなんだが」
「それは大丈夫。このダイブインセプション本体にそういう仕組みを入れてあるから。あ、あと頼まれていたオートアクション―自動戦闘システム―コードを勅使河原さんに入れてもらったら完了かな」
「ありがとうございます。開発部の方々には、感謝しても足りません」
「気にすることはないよ。僕達だって、君たちみたいな仲間が居なくなるのは嫌だし……それに、感謝はやめてほしいな。もしかしたら人の命を奪うことになりかねないわけだし……」
「あ、あはは……ですよね」
「……先輩、準備完了しました。本当に――いえ、ユカリ先輩を、絶対に連れ帰ってきてくださいね! そしたら、美味しいもの奢ってもらいます!」
吹っ切れたような顔をした勅使河原が笑顔でそう言った。
「あぁ、もちろん。ユカリに全額出してもらおう」
「バイトサボっていたのが悔やまれますね、きっと」
「だな」
俺はダイブインセプションを被り、ベッドに横たわった。
あとは、彼らに全て任せて身を委ねるだけだ。
さぁ、待っていろよ現実逃避の女神様!
この俺の登場で夢見る時間は終わりだ!
さてと……どこから手をつけるべきか……。
AIの自我が目覚めてるんだったよなぁ――あのガイコツの顔じゃ街を歩き回るには不便だし……。
まぁ、その時は魔王降臨! みたいなノリで、蹂躙して回ろうか……でも、なんか罪悪感が――。
そんなことを考えているうちに、俺はいつの間にか意識を失っていた。




