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――創世記―― 第二章 第一節 失楽園(後編)



 『おそらく大罪はたったひとつ──焦慮である。焦慮のためにわれわれは楽園から追われた。焦慮のために、われわれは帰ることができない――。』



◆◇◆◇now loading…◆◇◆◇



「つまり……ユカリ先輩の意識が戻らない原因を探りたい、と言うことですよね」

「うむ……実は先刻、開発部の社員が想定以上の負荷が働いた場合、つまり、過剰な電力が加えられた場合に起こりうる障害を検証していたのだが……」


会長が視線を奥に控えていた開発部の社員に向けた。


「ここからは私が変わって説明いたします。落雷の時、この会社内でもダイブインセプションに不具合が生じました。そもそも、ダイブインセプションは脳波のアウトプットとインプットに特化したハードウェアなのは……お二人の方がご存知ですよね。ゲームに影響を与えるのがプレイヤーであるAの感応波、逆に、それを吸い上げ、ゲーム側と脳への電気信号に変換する機能がBとします。Aの思念や記憶、手先や足の感覚など、五感に相当する機能がBによって変換され、ゲーム内に投影、または本人の脳がゲームからの影響を受信するのですが……ここからは仮説です。雷サージ……落雷の電気が家電に流れたとき、特にコンピュータはシステム内に莫大な量の負荷が生じます。ゲーム内の世界に置き換えられたAの五感や思考、つまり本人の精神体のようなものは、その負荷によって処理速度の落ちたゲーム世界の重圧に囚われる形になります。その矢先に……」

「停電――ですか?」

「えぇ。停電が発生しました。本来であれば、停電による影響はゲーム本体にはありません。しかし、豊穣さんは雷サージによる強烈な負荷によってその精神ごとゲーム世界に囚われていました。豊穣さんのダイブインセプションを見ると……」


電流が流れてショートしたような跡を指さしながら「ここです」と、開発部の社員は神妙な顔を見せた。


「調べた結果、電源に繋がっていた電池パックの破損が見られました。豊穣さんのダイブインセプションは、通電され続けない限り稼働しない状態だった、ということです。つまり……」


開発部の社員の話にピンと来たらしく、勅使河原がはっとした表情で答える。


「えっと……バグが発生した際は、ゲーム本体による修復機能が働くように設定してありました。今回のように相当量の負荷がかけられた場合、その修復のために……きっと、フリーズが発生したはず……」

「そんな矢先に……もし、その修復中のタイミングで電源が落ち、再起動を待つことなく豊穣さんからダイブインセプションを外したら……」


 まさか……そんなこと、あり得るはずがない――。

 教授の今の仮説が正しいとするならば……ユカリは――。


「ユカリは、まだゲームの世界に取り残されたまま――ってことですか?」


 これはまだ仮説に過ぎない。

 しかし、原因不明の昏睡であれば、可能性が0というわけでもない。

 会長の計らいで、ユカリは会社内の一室に運ばれることとなった。

 ユカリの自宅から回収したダイブインセプションは、勅使河原と社員で本体のプログラムチェックを行うこととなった。


 ◆◇◆now loading…◆◇◆



 ユカリのいる部屋で、くたびれて眠っているアカネにそっと着ていた上着を掛けた。

 よほど慕っていたのだろう、薄らと化粧をした顔は少し黒ずんでいた。

 何本も零した涙のあとがわかるほどに。


 心電図の動きは正常……なのだろう。

 こうして見ると、本当に惜しいくらいに整った顔立ちをしている。

 頭に被されている妙な機械がなければ、一層そう思うのだろう。

 両親を亡くし、身寄りの無かったユカリとともに過した10年以上もの歳月が頭の中で蘇っていた。

 まるで、もう生きていないかのように受け止めている俺の心を自分で殴りつけ、正常な精神を保とうと必死に抵抗した。


「お前――本当にあっちで神様になっちまったのかよ――」


 なら、その全知全能のスキルを活かして戻ってこいよ――。


 そう、言葉にしたいのに、言葉にできなかった。

 そんな言葉を言えるほどの身分ではない。


 部屋から出ていくとき、微かに目を開いているアカネの顔が目に入った。


に――…で――(にげないで)


 口元がそんなふうに動いているように見えた。



 ◇◆now loading…◇◆◇◆◇◆



「先輩! 解析結果が出ましたよ!」


 開発部を覗いてみると、勅使河原がテンション高めに駆け寄ってきた。

 俺は勅使河原に手を引かれてモニターの前へ連れてこられた。

 勅使河原のはしゃぎ様を見ると変に期待してしまいそうで怖かったが、話を聞くことにした。


「先輩! 見てください! これです!」

「……この星空みたいな点々はなんだ?」

「私もかなり驚いたのですが……これ、実は“オンラインユーザーの配置図”なんです」

「はい? あのゲームはまだ公開してないはずだけど……誰か一般の人間が巻き込まれたのか?」

「違いますよ! これ、ひとつの点を除いて、反応が少し薄いですよね?」

「まさか……この色の薄い点滅は……NPCのAIに反応しているってことか!?」

「やっぱり!! 先輩が言うんだから間違いないですね。あくまで私の仮説段階だったのですけど、確信に変わりました。先輩方が創った世界で、こんなにも独立した行動と思考を持った生き物がいる、ということですよ!」


 確かにこの結果には俺も驚いた。

 俺が知る限りでは3人くらいしか独立した自我を持ったNPCはいなかったはず……それがたった数日でこれだけ――今見ているのは一部のマップだが、それでも数百、数千では収まらないほど――居るということは――。


「時間倍速で現実のの数倍、数十倍の年月が経過してるってことか……じゃあ――」


 そう、先程から気になって仕方がないことがある。


「このめちゃくちゃ明るい点滅って――」

「そうなんです! これこそきっと、ユカリ先輩のキャラデータだと思います!」


 いや……なんだろう、表現しにくいけど、光すぎじゃね?

 NPCがビー玉だとしたら、ユカリのはLED並に光ってんだけど……自己主張激し過ぎじゃね……?


「なんかビミョーに動いているような気がするんだけど」

「言われてみれば、小刻みに動いているような感じですね……まぁ、何にせよ、先輩らしき存在が発見できればあとはユカリ先輩の付けているダイブインセプションに誘導すれば意識が戻るかもしれません! とにかく、やってみますね!」


 すると、社員がコンソールをモニター下あたりの装置に取り付け始めた。

 勅使河原が当たり前のように操作を始めると、モニターに先程のユカリらしき光の玉がクローズアップされ、なぜか平面の……レトロゲームのような横スクロールアクションが展開し始めた。


「……なんでこれこんなにアナログ感全開なの!? しかも昭和感が半端ないんだけど」

「ゴメンなさい……私テトリスとパックマンとインベーダーが好きすぎて……つい」

「てっしーが開発したの!? これ!?」

「あ、ほら! ユカリ先輩に追いつきましたよ! さっそく捕獲を試みます!」


 ドット絵の2DのUFOが、光の玉を追いかけまわす。

 光の玉目掛けてマジックアームのようなものがUFOから伸びるのだがタイミングがシビアで難しい……あぁ、違う! もっと上……じゃない下! 下!!

 あぁーーじれったいーー……!


「ってそうじゃねぇぇ!! なんでこう肝心な救済プログラムがいい塩梅の操作性醸し出してんだよ!! グラディウスか!! っつーか……気のせいかなぁ? 気のせいだよねぇ……この光の玉めっちゃ逃げてない?」

「すごく逃げてますね……」

「え、なんで? ねぇ、なんで??」

「あ、ジャンプして逃げてますね……」

「バカなの? ねぇ、バカなの? あの子」

「ひょっとして、先輩……こっちに戻る気ないんじゃないですか?」

「・・・」


 モニターを見ると、光の玉がこちらを煽るように縦横無尽に動き回っていた……。


「あ……あの現実逃避女……!!」


 こんなにも心配してんのに、現実逃避満喫してるってことか?

 まさか異世界転生を果たしてハッピーライフになってるんじゃないだろうな……だとしたら納得いかねぇぞ……なにせ俺はめちゃくちゃ殴られてるわけだからな!


「てっしー……」


 俺の意思決定は思いのほか早かった。

 考えていることは簡単だ。

 神様に楽園を追い出されたのなら――。


「俺にも……雷を落とせるか?」

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