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第23話 賢者アレクの喪失(五聖勇者アレクのやり直し・5)


  プロローグ 7241


 晴れた空の下。

 俺は月へ行くと邪竜のケイを連れて魔女の棲む魔書島へ来た。


 初対面のドミナさんに、俺の背中に隠れるようにして立つケイを紹介する。

「ドミナさん、この子が混沌竜のケイです」


「は、初めまして、魔女さん」

 怯えの交じる声で金髪を揺らして頭を下げる。


「あらぁ、可愛い子。混沌竜ならうまくいきそうね。頼りにしてるわ、ケイちゃ――」

 ドミナさんが言い終わる前に、地面が揺れた。



 魔神が復活しようとしていた。

 島の中央にある、本の山の中腹が盛り上がっていく。


 俺はケイの手を引いて山を目指して走り出す。

「急ごう! 魔神が世界を壊す前に倒すんだ!」


「は、はい! アレクさんのために頑張ります!」

 本でできた階段を駆け上がって山の中腹へ向かう。


 山の中腹には、大きな穴が開いていた。穴の底から本を崩しつつ巨大な丸い玉が、触手をうごめかせて這い上がって来る。



 穴を覗き込んだケイの青い瞳に怯えが走る。

「き、気持ち悪いです……」


「頼む、ケイ。あいつを消し飛ばしてくれ」

「はい、アレクさん。えいっ――【次元消滅竜撃破アポカリプスデトネーション】!」


 すらりと伸ばした右手から、黒とも透明ともつかない無の波動が迸った。


 魔神の触手が触れたととたん、消しゴムで消したかのように、存在が消える。

「クォォォ――……」

 魔神が苦悶の声を上げた。



 そのまま無の波動は、魔神の本体を砂のように消し去る。

 そして本の山を、大地を、吹き上がるマグマを、星そのものを――。


「――あっ」

 しまった。

 威力が大きすぎて、魔神を世界ごと消してしまった。


 俺は眼前に広がった巨大な黒――何もないという認識すらできない空間――の穴に慄きつつ、時を戻した。



 山の中腹。

 横には魔神がいる穴を覗き込んだケイが、金髪を揺らして怯えている。

「き、気持ち悪いです……」


「えっと、ケイ。あれを消してほしいんだけど、力を抑えて必殺技を打てるかな?」

「使ったことがないので難しいですけど……やってみます」


 ケイは右手を伸ばして立つと、眉間に可愛いしわを寄せて気合を入れた。

「えいっ――【次元消滅竜撃破アポカリプスデトネーション】」


 右手から無の波動が放たれる。



 だが、またしても消しすぎてしまう。

 やり直し。


 同じように説明するものの、今度は弱すぎて魔神の半身が残ってしまい、爆発する。

 やり直し。やり直し。やり直し。


 何度か繰り返して、ようやく魔神だけ消すことに成功した。

 無の波動が魔神をじわじわ消していく。


「オワァァァァ……――」

 魔神は玉のような不気味な巨体を振るわせて断末魔を上げた。


 そして、破片となって消えた。



 島に静けさが戻る。

「うまく、いきました、か……?」


 奥義を放ってふらつくケイを、俺は手を伸ばして抱きしめる。

「ああ、ありがとう――【超越全回復エクストラヒール】」

 回復魔法を唱えて、混沌に蝕まれた彼女の身体を癒す。


 俺の腕の中でケイは嬉しそうに微笑んだ。

「アレクさんの役に立てて、あたしは嬉しいです」


「本当にありがとう。ケイのおかげで世界は救われたよ」

 彼女は俺の胸に顔をうずめた。金髪が広がって、花のような香りが漂う。


 それは遠い昔に嗅いだことのある懐かしい可愛さだった。


 俺は感謝の気持ちと、もう失われた時間を慈しむように、優しく撫でる。



 すると背後から大人びた女性の声がした。

「あらぁ、よかったわね、アレクくん」


「あっ! ドミナさん!」

 俺は浮気が見つかった男のように、慌ててケイから体を離した。


 ドミナさんは、怪しげな笑みを浮かべて近づいてくる。

「お邪魔して悪かったかしら?」


「違います、ドミナさん! 彼女は奥義を打つと弱ってしまうので、回復魔法が必要だったんです」


「へぇ、抱き合って唱える魔法なんて初めて知ったわ」

「ぐっ……ご、ごめんなさい」

 俺は何もかも負けてる気がして頭を下げるしかなかった。



 するとケイが拳を小さく振って抗議した。

「あたしだってアレクさんと仲良くする権利、あります!」


「わたくしを差し置いて?」

 ドミナさんが大きな胸を強調しつつ不敵に笑う。

 ――世界が平和になりそうなのに、新たな不穏が発生しそうだった。


 俺は丸く収めようと、ケイとドミナさんを両腕で抱きしめて叫んだ。

「ケイとドミナさんのおかげです! 二人とも大好きです!」


「ああ~! その言い方、ずるいですっ」

「アレクくんも言うようになったじゃない」

 どちらからともなく、くすくすと笑いだす。


 俺もつられて笑いだす。

 青空の下で、俺たちの笑い声は抑えきれないほど大きくなっていた。



 これが幸せって言うんだろうな。

 ようやく手に入れた平穏な空気の中、ふと頭に嫌な予感がよぎる。


 ――本当にもう大丈夫か?


 そんな不安。だが、すぐに打ち消した。

 あとは魔王ルベルを説得すればいいだけだ。


 もうすぐ、念願の平和な世界が――。


       ◇  ◇  ◇


 だけど、世界は崩壊した。

 やはり。知ってた。案の定。


 今度はパワーアップした魔王ルベルが、怒りの化身となって世界を劫火の炎で焼き尽くした。

 灼熱の炎に包まれた彼女は、赤髪を振り乱して地上のすべてを黒い消し炭に変えていく。


 島を出て魔界へ向かおうとした俺は、惨状に気付いて膝から崩れ落ちそうになった。

 横にいるドミナさんが慰めるように俺の肩へ手を置く。

「……大丈夫? 倒しに行く?」


「倒しても無駄でしょう。また、やり直さなきゃ……でも、いったいどうしてルベルが」

「どうやら魔神の力を引き継いだみたいね。倒しきれてなかったんだわ、きっと」


「あれだけ消し飛ばしてでもですか!?」

「もっと違う方法が必要なのよ」

 彼女の言葉は淡々としていたが、どこか寂し気に聞こえた。



 ――わかってる。

 最初からやり直すってことは、ドミナさんと積み重ねた日々がすべて消えるってことだ。

 ケイと過ごした時間が幻になってしまったときと同じように。


 でも、やるしかなかった。

 俺は涙をこらえてドミナさんを振り返った。


 彼女はもう理解しているかのように、悲しげに微笑んでいた。

「決心したのね、アレクくん」


「ごめん、ドミナさん。……また最初からやり直します」

「ええ。次こそは、平和な世界を頑張りなさいね、アレクくん」


「ありがとう、ドミナさん……好きでした」

 俺は別れを告げると、速攻で時間を戻れる最初まで遡った。

 うだうだしてたら踏ん切りがつかなくなることがわかっていたから。


 ――愛し合った関係が何度もなかったことになる。繰り返しの中で、これが一番つらかった。


       ◇  ◇  ◇


 十歳に戻った俺は雨降る曇天の下で、このあとするべきことを整理する。

 魔王、邪竜、魔女、魔神。


 十七歳になって世界滅亡が始まったら、すごい勢いで立て続けに解決していかないといけない。


 ――あと何回失敗すれば、俺は正解にたどり着けるんだろう。


 すべてが終わるころには涙なんて残ってないんだろうなと思うと、自虐的な笑みが浮かんで仕方なかった。


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