第22話 賢者アレクの奮闘(五聖勇者アレクのやり直し・4)
プロローグ 4732
十三歳の俺は魔女ドミナが契約を結ぶ前に会いに行った。
魔書島で本の世話をしていた彼女に話しかける。
「お願いします。魔神との契約は、もう少しだけ待ってください」
「なぜ、知っているの?」
「何度も時を戻りましたから」
「ふぅん。時さかしまのオーブかしら?」
「よくご存じで。さすがです」
「でも、わたくしの望みを叶えるためには契約しないといけないのよ」
「わかってます。だから、しないでとは言いません。少しだけ遅らせて欲しいんです」
「どのくらい?」
「十年ぐらい」
「わたくしにとってメリットは?」
「俺が幸せになれます。ドミナさんも幸せにします」
俺の発言にドミナさんは片方の眉だけ上げて驚きを露わにした。
「子供なのに大胆ね」
「見た目は子供ですが、過ごした年月の合計は、年寄りです」
「なるほど。だからどこかしらおじさんみたいなのね」
「えっ、おじさんですか!?」
「ふふっ。冗談よ……でも、それだけじゃねぇ」
「目的を諦めてくれとは言いません。ドミナさんが契約していない間に魔神を倒す方法を探します。ここならあらゆる知識が探せるはずなので」
「ふうん。それで?」
「魔神を倒せる方法がわかったら、契約してもらい、その後魔神を呼び出します。そして倒せば、ドミナさんには手に入れた能力だけが残るはずです」
「そううまくいくかしら?」
「できることはすべて挑戦したいんです! ドミナさん、お願いです。力を貸してください」
俺は頭を下げて、手を差し出した。
ドミナさんは首を左右に揺らして考えていたが、最後には手を握ってくれた。
「わかったわ。協力しましょう」
「ありがとうございます、ドミナさん!」
俺は両手でドミナさんの手を握り返した。とても柔らかくて優しい手だった。
プロローグ 6675
月日が流れた。
俺はドミナさんと島で過ごして、あらゆる文献を漁った。
読み尽くす前に滅亡がくると、俺は時間を遡ってまた違う書物を読んだ。
だから必然的に、ドミナさんと過ごした時間は俺だけ増えていった。
彼女が思う以上に、俺は彼女のことを愛おしく思っていった。
それぐらい、お姉さんのように優しくて、また素敵な女性だった。
でも、魔神を倒す方法は見つからなかった。
◇ ◇ ◇
十七歳になったある日。
ドミナさんの小屋で俺が本を読みふけっていると、彼女がお茶の載ったトレイを持ってやってきた。
「あらあら。まだ読んでるのね。少しは休憩しなさいな」
「ありがとう、ドミナさん。いただきます」
二人並んで座ってお茶を飲む。
幸せなひと時。
ドミナさんが尋ねてくる。
「それで、魔神の対処法はわかった?」
「いえ、まだです……意図的に隠されているのかもしれませんね、これ」
「そう……あのね、アレクくん」
「なんです?」
「もし倒し方が見つからないなら、見つかるまでは契約を延期してもいいわよ」
「え!? それって……」
ドミナさんは、ふふっと微笑む。
「もうしばらくは一緒にいてもいいってこと」
「本当ですか! ありがとうございます、ドミナさん!」
俺は小屋の外へと駆け出す。
ドミナさんが慌てて呼び止める。
「どこ行くの、アレクくん!?」
「ちょっと世界を救ってきます! 当分、契約しないなら問題は解決したも同然ですから!」
小屋を出てゲートへと向かう。
――まずは魔王を退治だ!
ドミナさんと一緒にいられる時間が増えると知って、俺は心が弾むのを抑えられなかった。
◇ ◇ ◇
その後、魔王を倒して蛇竜姉妹を救った。
ドミナさんが魔神と契約していないので世界が滅ぶこともない。
あとはのんびりと魔神を倒す方法を探していけば、世界は救われる。
俺は島で青空を見上げながら呟く。
「長かった……」
「うまくいったの?」
「あとは魔神の倒しかたを探しつつ、魔王の娘を説得すれば終わりです」
「そう、がんばったのね」
ドミナさんは俺の腕に抱きついてきた。大きな胸が押しつけられる。
それだけで俺の胸は高鳴った。
緑の瞳を見つめながら言う。
「……でも、すべてが終わったら、ドミナさんは異世界へ行ってしまうんですよね」
「そうね……そうなるわね」
「……もっと俺のそばに居てくれませんか?」
「もう魔神との契約もあきらめて?」
「俺じゃ、だめですか?」
彼女の顔をのぞき込んで、真剣な声で尋ねる。
ドミナさんは目尻を下げて、困ったように笑う。
「ふふっ。ここに来たときはまだまだ小さかった男の子が、大人の男みたいなことを言うのね」
「もう子供じゃありませんから」
「じゃあ、もっと大胆にせめていいのよ?」
「えっ? ……わかりました。ドミナさん、ずっと一緒に居て欲しい。必ず幸せにするから」
「はいっ」
ドミナさんは緑の瞳を潤ませて勢いよく頷いた。笑顔の頬に涙が伝う。
俺は彼女の方に手を回しつつ、そっと抱き寄せる。視線の絡み合い、顔が近づく。
「ドミナさん……」
「……アレクくん」
彼女が目を閉じて顔を上げた。大人びた表情だけど、頬が少女のように赤く染まる。
俺は肩を抱く腕に力をお込めて、ふくよかな唇に唇を重ねた。
――カッ!
そのときだった。
突然、島が光とともに揺れた。
「な、なに!?」
「地震、かしら!?」
振動はますます激しくなり、島の中央に積みあがっていた、そびえ立つほんの山が崩れていく。
そして名状しがたい肉の塊が、触手のような手足を蠢かせて這い上がってくる。
「魔神!? どうして!」
「まさか、世界を滅ぼす契約者がいなくなったら、自分で世界を滅ぼす気なの!?」
「そんなことは、させない!」
俺は腰の剣を抜きつつ、山に向かって駆けだした。
本でできた階段を駆け上がって、山の中腹に出現した魔神に切りかかる!
サァン――ッ!
「えっ?」
俺は後ろに飛びつつ、斬った場所と剣を交互に見た。
――まったく手応えがなかった。まるで布を切ったかのような軽さ。
蠢く肉の玉である魔神の体には傷一つついていなかった。
俺を敵と認識したのか、ねじくれた触手が襲いかかる。
軽くかわしつつ触手を斬ろうと剣を振るうが、切っ先はすり抜けてしまう。ただ相手の攻撃だけが俺に届く。
「な、なんでだ!? どうなってる?」
階段を駆け上がってきたドミナさんが叫ぶ。
「アレクくん! 魔神は旧世界の存在よ! 現世界の法則やルールが通用しないの!」
「なんだって! いや、でも! 前に一度戦った時は、倒せたんだ! ――なにが違うって言うんだ!」
俺は攻撃を交わしながら考える。
そして、一つの違いに気がついた。
――まさか、ドミナさんが契約した後だと、攻撃が通じるようになる!?
理屈はわからないが、この世界との結びつきが強くなるためか?
――じゃあ、失敗だ。
また最初からやり直しだ。
今度はドミナさんが契約したあとに会わないといけない。
失敗だ。
ドミナさんと二人で過ごした時間すべてが失敗だ。
……嫌だった。
この記憶を幻にしたくなかった。
その時、まだ終わりじゃないと気付いた。
倒す方法はまだ残されている!
俺はドミナさんを振り返ると、早口でまくしたてた。
「ドミナさん、三日前に戻ります! それなら魔神を倒せますから!」
「えっ? ――わかったわ、この三日間は夢になってしまうのね」
「でも、俺は覚えてますから! 待っててください!」
「気を付けて……」
ドミナさんは悲しそうに微笑んで俺を見送った。
俺は能力を発動して、時を遡った。




