第21話 聖騎士アレクの失恋(五聖勇者アレクのやり直し・3)
プロローグ 2347
最初は意味が分からなかった。
何度やり直しても突然、世界が消滅してしまう。最初から何もなかったかのように。
千回以上繰り返した頃、ようやくわかった。
月が光ると、その次に世界が消滅していた。
月に何かあるらしい。
――でも、どうやってあそこまで行く?
俺はため息をはいた。
「頑張ればいい。失敗したら、やり直せばいいんだ」
プロローグ 2502
俺は月にたどり着いた。
月の裏側には驚いたことにドラゴンたちが住み着いていた。
地上を追われてここに住んでいたらしい。
ゲートをくぐり抜けると、砂と岩の荒涼とした地表が広がっていた。すぐ上には星空が見える。
体の動きが軽い。足跡から舞い上がる砂が、煙のようにふわりと漂った。
気配を消して村の中へ入っていく。
それぞれの家を外から探ったが、おかしなところはなかった。
村のはずれにも小屋があることに気づいてそこへ行く。
すると中でもめていた。少女の悲鳴が上がる。
「ケイ――ッ!」
窓からそっと小屋の中をうかがうと、床に魔法陣が描かれていた。
部屋の中央にはベッドがあり、横たわる金髪の少女を三人の男がナイフで刺していた。
部屋の隅に転がる黒髪の少女が泣きながら叫ぶ。
「やめて! 誰か、ケイを助けて!」
俺は窓枠を乗り越えて部屋に飛び込んだ。
剣を抜き放ちつつ駆け寄る。
「お前たち、やめろ!」
しかし、男たちは憑りつかれたように、ねじくれた禍々しいナイフで少女の胸やわき腹をえぐることをやめない。
そのナイフを通して黒とも白ともつかない魔力が少女から男へと流れていた。
俺は一人の男を真後ろから袈裟切りに斬り捨てた。
しかし別の男は俺の登場など気にせずに、髭を震わせながら笑う。
「おお……っ。なんという力……これが混沌竜の力、ちか、ちか……ちか……ららら」
様子がおかしかった。
え? と思ったときには、男が爆発した。
いや、正体不明の波動が放出されたと見るべきか。
もう一人の男も爆発する。
そして横たわる少女が金髪を扇のように広げつつ、傷口からさらなる力を放出した。
白か透明かわからない力が、部屋を、月を、世界を消していった。
――この子か。
消え去る前に俺は時を戻した。
プロローグ 2548
何度かやり直して、魔王を退治してすぐに邪竜姉妹を助けることに成功した。
結果、ケイにとても懐かれた。
ベッドに寝るケイを毎日見舞う。
ある日のこと、彼女はいつものように夢見る瞳で俺を見上げてきた。
「アレクさん」
「なんだい?」
「アレクさんは彼女はいるのですか?」
「いないよ。今は自分一人助けるのに精一杯なんだ」
「でも、あたしを助けてくれました……あの、アレクさん……好きです。あたしとつき合ってください」
青い瞳を切なく潤ませて見上げてくる彼女を、俺は拒否できなかった。
儚げな美少女であり、ずっと寝たきりの彼女に生きる希望を与えたかった。
それに何度も繰り返す中で、初めての純粋な好意を向けられたと思った。
俺はケイの頬に手を当てつつ、ほほえんだ。
「ありがとう。俺も好きだよ、ケイ」
「わぁ……嬉しいです、アレクさん――あっ」
俺は顔を近づけて、彼女にキスをした。
唇が重なりあった唇はとても柔らかかった。離れがたくて、すぐに二度、三度と重ねる。
「アレクさん……んっ」
苦しげに息をもらしつつ、それでもおずおずと舌を絡めてくる。
愛しさがこみ上げてきて、彼女を抱きしめつつさらに重ねた。
突然、扉が開く。
「あっ、ごめんっ」
姉のノクティだった。黒髪を揺らして戸惑っている。
俺は慌てて体を離した。
ベッドに寝るケイは顔を真っ赤にして、両手で口元を押さえていた。
なんだか気まずい雰囲気が流れたが、ノクティが大きな笑顔を作った。
「アレク、妹をよろしくね! 幸せにしてあげなさいよ!」
「あ、ああ。――任せろっ」
俺は拳を前に突き出した。ノクティも拳を作って軽く触れ合わせてきた。
姉妹の両方と仲良くなれた。
これですべてうまくいったと思った。
しかし、ケイを大切にすればするほど、ノクティの負担になっていたことに俺は気付かなかった。
――暴走。
俺にとっては突然だった。
いつものように月の裏側の小屋で、ケイとの穏やかな時間を過ごしていた。
すると、小屋の外で大きな音がした。
「なんだ?」
「大丈夫でしょうか……?」
「見てくる」
俺は半裸のケイにシーツをかけてやると、ベッドから離れて外へ出た。
すると小屋のそばでノクティがうずくまっていた。
駆け寄って華奢な肩を抱く。
「大丈夫か、ノクティ?」
「アレク……ダメなの。アタシ、自分を押さえきれないっ」
ノクティが黒い瞳に涙を浮かべて顔を上げる。
胸をぎゅっとつかんでいた。
何かどす黒い魔力が膨れ上がる。
「どうしたんだ、ノクティ!?」
「アタシだって……アタシだって、アレクが好きなのよっ」
「えっ?」
ノクティが抱きついてくる。そのスレンダーな体は、マグマのように熱かった。
「こ、これは……暴走してる!?」
「ああ! アタシが看病してきたのに、幸せはケイが掴むなんてっ。アタシはどうしたらいいのよっ」
「ノクティ! 俺もノクティのこと尊敬してるし、好きだよ」
「でもアタシを選ばなかったじゃない――あああっ!」
ノクティの体がビクンッと跳ねた。
闇より黒い波動が膨れ上がる。
俺は彼女の体を抱きしめながら叫ぶ。
「ダメだ、ノクティ! 押さえて!」
「アタシだって……アレクに幸せにしてもらいたかったっ」
「ノクティ――ッ!」
黒い波動が爆発した。月を飲み込んで、地上までも吹き飛ばしていく。
俺は力の奔流に飲み込まれながら思う。
――ああ、また失敗だ。
姉妹は健気で元気に見えて、お互いに精神的依存しあっていたんだ。
それを俺が奪ったから……おそらくノクティと付き合ったら今度はケイが暴走するんだろう。
別の方法で助けなくちゃいけないんだな……。
また、最初から頑張ればいいんだ。
そう……最初から。
ケイとの穏やかな日々を思い返して涙を流しつつ、俺は時を遡った。
プロローグ 3936
ケイを別の方法で助けるには、彼女の病を治すしかないと考えた。
しかし通常の治癒魔法はほとんど効かない。
そこで完璧に治す魔法を手に入れるため、俺は二十年以上の時間を繰り返して、魔法のエキスパートである賢者になった。
魔王を倒して、すぐに邪竜姉妹の救出に駆けつけ、魔法で治す。
姉妹二人との等距離の付き合いを心がけた。
こうして俺は心の平穏と世界の平和を手に入れた。
◇ ◇ ◇
しかし、ある日のこと。
月から地上に戻ると、世界は一変していた。
草木は枯れ、動物たちは地に倒れていた。
俺は死の光景を呆然と眺める。
「え……なんで?」
にわかには信じることができなかった。
――いったいなにが起こった? 災害?
前にも一度、魔王を倒すのに手こずってしまい、地上に戻ったら世界が滅んでいたことがあった。
でも、邪竜姉妹を相手にしている間、この滅亡は発生しなかった。
心がどんよりと曇っていく。感情が死んでいく。
「今度はいったいなんだよ……ちくしょう」
俺は滅びた世界を歩き回った。
時には邪竜姉妹に手伝ってもらった。
そして、魔女が原因と知り、また時を戻った。
プロローグ 4591
魔女の対処法がわからなかった。
何百回目かのやり直しの時、箒にまたがって空を飛ぶ魔女を見かけた。
俺は三日三晩追いかけて、ついに彼女の居場所を探り出した。
◇ ◇ ◇
海の真ん中、断崖絶壁に囲まれた孤島。
俺は島に乗り込んで魔女のドミナと会った。
見た目は胸の大きなお姉さんと言った感じで、妖艶な色気を放っているが悪い人には見えなかった。
そこで自己紹介のあと、率直に頼んでみた。
「ドミナさん。世界を滅ぼすのはやめてもらえませんか?」
「さあ、なんの話かしら?」
青い長髪を手で後ろへ払いつつ、とぼけた笑みを浮かべた。
俺は剣に手をかけつつ睨む。
「あなたが滅ぼすのは知ってます。俺は勇者で賢者ですから」
「ふぅん。わたくしが倒せるとでも思っているのかしら?」
「世界を滅ぼすというのであれば、残念ですが」
「面白い冗談ね。わたくしに勝てるはずがありませんわ」
「いいや、俺は絶対に止めてみせる!」
ドミナは緑の瞳を光らせて、妖しげにほほえむ。
「もう、遅いのよ」
「え?」
ドミナがパチンと指を鳴らした。
そのとたん、地面からいくつものキノコが生えた。一瞬で塔のように高く大きくなり、開いた傘から大量の煙をまき散らす。
俺は咳込みながら、剣を構えて突進する。
「でやぁ! ――聖烈斬!」
剣が白く輝き、煙の向こう側に消えようとするドミナを捉えた。
ザンッ!
切っ先がしなやかな肢体を斬る。
「うっ! ――雷炎爆光破」
青い髪を乱して振り返りざまに、指先から無数の光の玉を飛ばしてくる。
しかし今度は煙が煙幕のように俺の姿を隠して、狙いが定まらない。
光弾をすべて避けた俺は、とどめの一撃を放つ。
「――聖導刺閃!」
全身の力を乗せた鋭い突き攻撃。切っ先が彼女のお腹を貫いた。
血を流しながら地面に倒れるドミナ。
俺は倒れた彼女に駆け寄ると、喉元に剣を当てて見下ろす。
「さあ、ドミナ。もうやめるんだ! そうしたら手当してやる!」
「無理よ……もう遅いって言ったでしょ……」
「どういうことだ!?」
彼女は仰向けに寝転がると、焦点の定まらない目で空を見上げつつほほえんだ。
「すでに菌糸はすべての地下に張り巡らせてあった。もう世界はきのこの森に沈んだのよ」
「そ、そんな……どうして」
「帰りたかった」
「え?」
「生まれ育った世界に帰りたかった、ただそれだけ……」
「だからって世界を滅ぼす必要ないだろう! そのまま帰ればよかったじゃないかっ!」
「時空を渡って異世界へ帰るには自分だけの力では無理だったわ。だから旧世界の魔神と契約したの……世界を滅ぼすのは魔神との契約……これで、帰れるわ……」
ドミナは疲れきった笑顔を浮かべて目を閉じた。
俺はどうすることもできない。
感情を高ぶらせて叫ぶしかなかった。
「ちくしょう! ほかに方法はなかったのかよ!」
「いい子ね……もっと早く会えていれば。未来は変わったのかもね……」
「もっと、早く?」
俺は拳を握りしめた。
――だったらやるしかない。
もう一度、何度でも!
俺はスキルを使って、逆戻れる一番昔へと戻った。
明日もたぶん三話更新




