第20話 勇者アレクの戦い(五聖勇者アレクのやり直し・2)
プロローグ 805
時さかしまのオーブは、知識だけでなく経験を持ったまま時間を戻す。そのため、やり直すたびに俺は強くなった。
すでに英雄だった俺は、さらなる力を求めた。
そして、滅亡が始まる十七歳から十歳に戻って、七年という時間を五回やり直して――つまり三十五年分の時間をかけて、ついに勇者になった。
細かいやり直しを含めると八百回越え。さすがにそろそろ決着をつけたかった。
◇ ◇ ◇
赤い空の下に広がる荒野に、いびつな形をした巨大な城が聳えている。
魔界にある魔王城。
俺は通路や階段で魔物を切り伏せながら、赤い絨毯を黒い血で染めていく。
そして玉座の間に突撃した。
「魔王! 勝負しろ!」
広間の奥の数段高くなった壇上に、角の生えた四つ目の男が座っていた。俺を見るなり白い牙をのぞかせて残忍に笑う。
「ふんっ、貴様が勇者か。わざわざ殺されにくるとは、探す手間が省けたわ、ふははっ!」
「殺せるかどうか試してみな! ――でやぁ!」
俺は剣を魔力で光らせると、振り上げながら切りかかった。
魔王は魔力を集中させた右手を掲げて刃を防ぐ。が、魔王は足を踏み出しながら左手を延ばした。すでに左手に集まっていた黒い波動が鋭い刃となって俺を襲う。
――くっ、かわせない!
とっさに時間を少し戻した。
魔王が凄惨な笑みを浮かべて言う。
「ふんっ、貴様が勇者か。わざわざ殺されにくるとは、探す手間が省けたわ、ふははっ!」
「お前は俺に勝てないよ! ――でやぁ!」
俺は剣を魔力で光らせると、腰の辺りで構えて突進した。
体重を乗せて鋭い突きを放ったが、魔王は魔力を集めた右手で横に払った。さらに左手から黒い波動を刃に変えて飛ばす。
俺は突きを放った勢いのまま魔王の横に出て黒い刃を避ける。
そして剣を水平に払った。
ザンッ!
「ぬっ!」
魔王の右手をマントごと切りつける。辺りに黒い血が飛び散った。
「先手は俺だな」
俺はニヤリと笑うと、さらに切りかかった。
――不利になったときは何度もやり直して。
数時間に及ぶ戦闘は俺の圧倒的有利で進んだ。
しまいには魔王は全身血塗れになって片膝をついた。
頭の角が片方折れており、額に血が流れている。
悔しそうに奥歯を噛んで俺を睨む。
「ぐぅ……! なんたる強さ! 我輩をここまで追いつめるとは!」
「これで終わりだ!」
俺は剣を上段に構えた。
しかし魔王が状況にそぐわない余裕の笑みを浮かべる。
「――果たしてそうかな?」
魔王が自分の首元に手を当てた。そのとたん、魔力が吹き出してみるみるうちに魔王の怪我が治っていった。角まで復活する。
「なにっ!?」
「さあ、仕切り直しといこうか。ふははははっ!」
「くそっ!」
高笑いする魔王に、俺は剣を掲げて突進した。
その後も戦いは続いた。
削っても削っても、後少しのところで全快される。
結果、戦いは一週間続いた。
霊薬やポーションを使いつつ、ふらふらになりながら戦った。
そして魔王の謎の回復もついに尽きる。
最後にようやく俺の剣が魔王の胸を貫いた。
口から大量の黒い血を吐いて魔王が倒れる。
「ば、ばかな……我輩を倒す者が現れるとは……何者だ……?」
「俺の名はアレク。勇者アレクだ」
「ふっ。よくやったと誉めておこう……。さらばだ」
魔王は体を保てなくなったのか、指先から粉々になって消えていった。
あとには静けさが残された。
俺は極度の疲労にふらふらだったが、妙な解放感に包まれていた。
――これで世界を滅亡から救った。
俺も、みんなも助かるんだ。
そう考えて、魔物や魔族が逃げ出した魔王城を後にして地上へと帰った。
みんなに世界は救われたと伝えるために。
だが、そこは地獄が広がっていた。
あるべきはずの太陽がなく、世界は無数の長い芋虫に覆われていた。
いや、違う。これはツタだ。植物のツタだ。
不気味に波打つツタが、すべての自然、生き物、畑、建物、人々を破壊し尽くしていた。
「そ、そんな……」
いったいなにが起こったのかわからなかった。
ただ失敗したことだけはわかった。
膝から崩れ落ちそうなほどのショックを受けたが、俺は気持ちを奮い立たせた。
――やり直せばいい。もう一度、頑張ればいい。
ただ、闇雲にやり直してもまた失敗するだけだ。
対策を立てるためには原因を知らなくてはいけない。
俺は生き物がいなくなった世界を放浪する。
滅亡した原因を探るため。
どうやら魔王を倒すのに時間がかかりすぎて、その間に別の災厄が発生したらしい。
すでに滅亡級の存在は立ち去ったらしく、誰がやったのかわからなかった。
だったら――世界を救うには魔王を速攻で倒せばいい。その後すぐに地上へ戻ってこっちの滅亡も防ぐ。
そのためには魔界へ戻って、魔王が何度も回復した仕組みを探る必要があった。
魔王城を調べると、地下に秘密があるとわかった。
ところが城の最深部に行ってみると、白髪の少女が倒れているだけだった。スタイルがよく人形のように色が白くて美しい。
ただ、もう息はしていなかった。
この少女の魔力を吸い取って自分の力にしていたことはわかった。
俺は寝ているように見える美しい顔を見ながら思った。
……可哀想に。魔王に利用されている被害者がいたなんて。
――ならば、まずはこの少女を救い出す。その後、魔王を瞬殺する。
そう作戦を立てて、俺は時を遡った。
プロローグ 1331
何度かやり直して魔王城の地下に忍び込んだ。
薄暗くて長い廊下の奥に厳重な鉄格子の降りた扉があった。
鍵を破壊して中へ入る。
天井の高い白い部屋。ベッドに寝ていた少女が、俺を見るなり飛び起きた。
警戒しながら右手を前に構えて尋ねてくる。
「貴様、何者だ!」
「あなたを助けにきました」
白い髪を揺らして首を傾げる。細い眉は不審そうに寄っていた。
「助け、だと? ふんっ、戯れ言は程々にしてもらおうかっ」
「本当です。あなたは魔王に利用されているんです。あなたの魔力を吸い取って自分の力にしているんですよ。だから逃げましょう。今すぐに」
できるだけ丁寧に説得したが、少女は耳を貸さない。
整った顔に怒りをみなぎらせて叫ぶ。
「そう言って、私を人質にでもする気だろう! 狡猾な人間が考えそうなことだ!」
「いや、違う。本当に魔王が――」
「――紅蓮爆嵐破!」
ドォォンッ!
逆巻く炎の直撃を食らった俺は、吹っ飛ばされて廊下の壁に激突した。
さらに少女の声が響く。
「――絶対守鍵」
壊れていた扉が音を立てて閉まり、黒い光に包まれる。
俺は慌てて扉に手を伸ばしたが、火花が散って手が弾かれた。
「くそっ!」
――しまった! 扉として機能しないほどに破壊しておけばよかった!
やり直そうかと思ったとき、廊下に男の低い声が不気味に響いた。
「何事かと思えば、こそ泥が忍び込んでいたとはな」
「くっ、魔王!」
「くだらん策略を労した罰だ、血祭りに上げてやろう。ふははははっ」
魔王は高笑いを響かせながら襲いかかってきた。
俺は剣を振って応戦するしかなかった。
◇ ◇ ◇
その後、さらに何度かやり直した。
けれども、地下の少女――魔王の娘ルベルディアだと知った――は、完全に父親である魔王を信じていた。
自分は守られている、大切にされていると思いこんでいた。
なにを言っても拒絶される。説得を無視して部屋に閉じこもってしまう。
気絶させて運び出したら、ルベルが魔王をサポートしつつ身を挺して守ってしまい、手が付けられなかった。
どう頑張っても、魔王と一緒に死んでしまう。
騙されて利用されているのに、助けてあげられない。
結局、打つ手がなくなった俺は、魔王から倒すしかなくなった。
でも、やはり時間がかかる。
彼女を見捨てることができたら簡単だった。でも、それはできない。大人に苦しめられたのは俺も同じ。
彼女を助けないことには俺も救われない。
大人に利用されて捨てられる子供はみんな助けたい。
そのためには、彼女の負担にならないように魔王を瞬殺する力が必要だ。
幸いにも俺は時間さえかければ、どんな力だって手に入れることができる。
俺にはその時間がある。
結果、何度もやり直して聖騎士をマスターした。
――これで大丈夫。
今度こそ、世界を救う。
そう思った瞬間、世界が消滅した。




