第19話 英雄アレクの決意(五聖勇者アレクのやり直し・1)
プロローグ マイナス72
灰色の空から雨が降る。
十歳になったばかりの僕は、お腹から血を流して倒れていた。着ていたぼろ着は無残に破れている。
顔へ当たる雨に反応することもなく、呆然と灰色の空を見続けていた。
さっきまであんなに痛かった傷口の痛みは、もう感じない。
ただ、ただ。頭の中には一つの疑問があるばかりだった。
――どうして誰も助けてくれないの……?
孤児の僕には助けてくれる家族がいない。
だから村が魔物に襲われたら、村の端にある水車小屋に逃げ込めば助かると、村の大人たちに教えられていた。
安全な避難場所のはずだった。
でも、実際に魔物が現れると、魔物は真っ先に水車小屋を襲った。
僕は小屋を作っていた木の破片に埋もれつつ疑問を繰り返す。
――避難場所はここだったよね? どうして魔物に襲われたの? なんで誰も助けてくれないの……?
しばらくして村の大人たちがやってきた。
「うはっ、小屋がめちゃくちゃだ」
「いやぁ、今回は危なかったなぁ!」
「村人に被害が出なくてよかった」
「ほんとそれ。おとりがいて助かったぜ」
笑顔を交えて楽しげに話す大人たち。
指一本動かせなくなった僕は、彼らの会話をただ聞いていた。
――えっ。村人はって……おとり? どうして? 僕は、村人じゃなかったの?
僕は焦点の定まらない目で大人たちを眺める。
一人が気づいて声を上げた。
「うわ、アレクだ。まだ生きてら」
「どうせ死ぬよ。さっさと埋めとけ」
僕の上に土が被せられていく。
――助けて……誰か……誰か、僕を助けて……。
土が完全に僕を覆って、なにも見えなくなった。
プロローグ マイナス26
僕は生き返った。
いや、時間が巻き戻ったことに気づいた。
なぜか僕だけが巻き戻る前の記憶があった。全部ではなかったけれど。
そこで僕はこのまま村に居ても死んでしまうので、村を逃げ出して助けてくれる人を捜した。
けれど、大人に騙されて奴隷として売られたり、悪人が罪を擦り付けるためだけに育てられたりした。
大きな光に飲み込まれて消えたこともあった。魔物に襲われて死んだこともあった。体からキノコがたくさん生えて考えをやめたこともあった。
でも、気がつくとまた村を抜け出す前に戻っていた。
ただ一つ変わらなかったのは、身よりのない子供なんて誰も助けてはくれないってことだった。
でもでも、やり直すたびに僕は諦めなかった。
毎回違うことをして探し回った。僕を騙した甘い言葉にはついていかないようにした。
そしてついに守ってくれる人を見つけた。
それは英雄のタナトおじさんだった。
いつも大きくて元気な笑い声を上げていた。みんなに頼られていた。
――なぜか僕には苦しんでいるように見えた。
時間が巻き戻っていることを話したら、連れて行ってくれた。
「てきごうしゃ、か」
と、タナトさんは独り言のように呟いたけれど、僕にはよくわからなかった。
そんなことはどうでもよかった。気にならなかった。
初めて大人に助けてもらえたと思った。
けど、タナトさんはやっぱり苦しんでいた。
何度もやり直すのが大変らしい。タナトさんが時間を戻していたのだった。
時間が戻ってまた出会えると、僕は笑顔で挨拶した。
「おじさん、また会ったね!」
「ぼうず。また来たのか」
ごつごつした大きな手で僕の頭をなでてくれる。
ちょっと痛いけれど、とてもうれしかった。
――死んじゃうこともあったけれど、僕はもう安心だった。
プロローグ マイナス1
今回のやり直しは、いつもと違った。
物心ついたとき、タナトさんが村へいきなりやってきた。
僕の頭に手を置きつつ、村の大人たちに向かって声を張り上げた。
「英雄タナトだ。このぼうず、もらってくぞ!」
大人たちは困り顔だったが、どうせ僕はいらない子だったのでタナトおじさんと一緒に行けることになった。
村を出て、木漏れ日の降る森の道を歩いた。
僕はとてもうれしかった。タナトさんのほうから来てくれるなんて。
「どうして僕を迎えに来たの、おじさん?」
「ぼうず、剣を習ってみないか?」
「ええ~、僕が? きっとおじさんのようにはうまくできないよ」
「時間さえあれば、なんだってできる。――ほれ」
タナトさんは僕に木の枝を渡してきた。
二人で打ち合いながら森の道を歩いていく。
――遊びみたいで楽しかった。
プロローグ 0
薄暗い灰色の空から雨が降る。
十歳の僕は両膝をついて、地面に横たわるタナトさんの胸を両手で押さえていた。薄汚れた鎧は胸の辺りに大穴が開いていた。
「おじさん! 死なないで、タナトおじさん!」
タナトさんは胸から血を流していた。どれだけ押さえても、僕の小さな指の間から赤い血がすり抜けていく。
魔王を撃退したものの、大怪我を負ってしまったのだった。
いつもと違って覇気のない、弱々しい声でおじさんが言う。
「すまんな、ぼうず……本当にすまん」
「謝らないで、おじさん! ――あ! やり直そうよ! また最初からやり直そうよ!」
僕の言葉にタナトさんの目に涙が浮かぶ。泥だらけの顔がしわくちゃになる。
「もうダメなんだ……おじさんはもうだめだ」
「どうしてっ」
「俺じゃあ、世界を救えない。何度やり直しても救えないんだ。もう疲れちまった……」
「おじさん! おじさんは強いよ! 次はきっと勝てるよ!」
僕は必死で訴えかけた。
しかしおじさんは涙を流しながら首を振る。
「もう無理なんだ。世界は滅ぶ運命なんだ。魔王を倒しても、邪竜を倒しても、その間に別の滅亡級の存在が滅ぼしてしまう」
「えっ!? どうして……?」
「今まで、問題を先延ばしにしてきたせいだ……」
「先延ばし……?」
「自分が大変な思いをするより、誰かがしてくれた方がいいもんな……結果、多数残った滅亡級が同時出現して、もう滅ぶしかないところに来てしまったんだ」
「お、おじさん……じゃあ、もうダメなの? もう誰も助けてくれないの?」
タナトさんは震える手を伸ばして僕の頬を撫でた。
「だから、ぼうず。すまん……そのために利用させてもらった」
「えっ?」
「お前に、時さかしまのオーブを託させてくれ。俺はもう、頑張れない。ダメな奴だ。でも世界滅亡を七年先送りした……。だから、頼む」
「そんな! おじさん! 僕を、僕を一人にしないでっ!」
僕は必死に訴えかけた。
しかし、僕の声はもう、タナトさんには届いていなかった。
タナトさんは焦点の定まらない目から、たくさんの涙がこぼれ落ちる。
誰に言うとなく呟く泣き声は、偉大さを感じさせる響きは一つもなく、ただどこにでもいるおじさんの嘆きにすぎなかった。
「頑張ったんだけどなぁ……ほんとうにダメだぁ……俺ぁよぉ、ただ、みんなに英雄として、ちやほやされたかっただけなんだよぉ……すまねぇ、アレク。ほんとすまねぇ……」
「おじさん……! おじさぁぁん!」
タナトさんの目から光が失われていく。
そして動かなくなった。
僕はおじさんにすがりついて泣いた。
泣きながら思う。
――また一人だ。また誰も僕を守ってくれなくなった。助けてくれなくなった。
雨降る空を見上げながら、僕は叫んだ。
「どうして誰も助けてくれないのっ! 誰か助けてよ! 僕を、おじさんを、みんなを助けてよぉぉぉっ!」
泣いても泣いても涙があふれた。
泣きながら頭のどこかで考える。
――どうして誰も助けてくれないんだろう。僕やみんなを救うために、どうして頑張ってくれないんだろう……。
涙を流しながら、辺りを眺めた。
すると、おじさんのお腹の上に丸い玉が転がってることに気がついた。
直感的に、これが時をさかのぼるオーブだと思った。
じっと見つめる。雨に打たれて丸い表面に水滴がついていく。
それから、僕は手を伸ばした。
玉に触れたとたん、僕の中へと能力スキルが染み込んでいく。
僕は震えながら目を閉じた。涙か雨かわからない水滴が頬を伝っていく。
――わかった。今わかった。
どうせこの世界は僕を救ってくれない。大人は弱い人を利用するばかりだ。
タナトおじさんですら。
だったら――。
僕は決意して、目を見開く。曇天をにらみ上げて叫んだ。
「誰も救ってくれないなら、僕が僕を救ってやる! 世界も一緒に救ってやる! 弱い人たち、苦しむ人たち、みんな救ってやる!! ――大人なんて嫌いだ! でもそんな大人だってできる限り救ってやるからなっ!」
僕は震える拳で地面を殴りつけると、タナトさんの装備を拾いつつ立ち上がった。
そして、穴を掘ってタナトさんを埋めると、明るいほうへ向かって歩きだした。




