第18話 四回目の評議会(後編)
次元のはざまにある薄暗い大広間。
円柱の林立する中央に円卓があった。
そこに並んで座る美少女たちのうち、邪神スクラシスと混沌竜ケイが冷たい笑顔で見つめ合っていた。
二人とも満面の笑顔だが目は笑っていない。
周囲の空間がキシキシと歪み始める――。
俺は雰囲気を変えるために、円卓の上に立ち上がると両手を広げて強気に笑った。
景気づけにドンっと卓上を踏み鳴らす。
「大丈夫! 俺の愛は無限大! 全員を正妻として大事にしますよ!」
「破滅しそうな発言じゃな。たぶん無理なのじゃ」
スクラシスが呆れた吐息とともに言った。
そんな否定的な空気を振り払うかのように、俺は円卓に膝をつくとバンバンと叩いて前のめりで訴えかける。
「いや、できますって。だったら今から試してみましょうよ! もちろんベッドの上で! そして全員で愛のきずなを深めましょう!」
しかし美少女たちは顔を寄せ合ってひそひそと話し合う。
「また言い始めたのじゃ」
「諦めてなかったのね」
「死ねばいいのに」
「あたしだけじゃダメなんですかぁ……?」
ケイが青い瞳に涙を浮かべて訴えてくる。可愛い。
しかしルベルが赤い瞳でジトっと見てきた。
「だいたいそれ、前に無理だとわかったはずだが?」
「それは俺の勉強が足りてなかったせいです!」
俺は四つん這いになってルベルに迫りつつ、円卓を叩いて熱弁した。
スクラシスが幼い顔に大人びた表情を浮かべると、妖艶な流し目で俺を見てくる。
「ほほう? 勉強でどうにかなるとは思えぬがのう?」
「そう! 確かに俺一人では無理でした。でも準備すれば不可能じゃないと気付いたんです! そこで今日は、こんなものを用意してきました――はい、これがノクティ用。こっちがケイ用。これが……」
俺は懐から紙を束ねた小冊子を取り出すと、円卓の中心から五人の彼女たちに配った。
表紙には拙い筆致で裸の男女が描かれている。
パラっと中を開いて見たノクティの顔が険しくなる。細い眉が怒りで痙攣した。
「あ、あんた……これをアタシにしろっていうの?」
「ふぇぇ、あたし、お姉ちゃんと一緒に挟み込むんですかぁ?」
「美人姉妹の魅力を最大限に引き出すためには必須ですよ!」
一方、小冊子を見ていたルベルは、顔が茹で蛸のように赤くなっていく。
「わ、私が、こんな、こんなこと……」
「これならルベルも上に下にと参加できるでしょう?」
スクラシスが片方の眉だけ上げて睨んでくる。手に持つ小冊子に力が入ってしわになっていた。
「アレク……わらわが後ろからこんなことすると思うておるのか?」
「これはだめねぇ。顔の上に乗ったら、わたくしの胸が楽しめないんじゃないかしら?」
「そのぶん、下から見上げる景色が、きっと雄大になります! ――スクラシスは何が不満なんです? 小さな体と大きな胸で俺を楽しませるチャンスですよ?」
「これほどの上から目線は、万年生きてて初めてじゃな」
そして俺は、彼女たちの不満げな声など一向だにせず、俯いた顔に紅の髪がかぶさっているルベルに近づいた。
「どうです! 逆転の発想ですよ! 一人で五人を攻めるのが無理なら、五人が俺を攻めればいいんです! 素晴らしいでしょう? ――目くるめく桃色の官能を想像するだけで、興奮が押し寄せてきます!」
俺は胸に手を当てつつ目を閉じた。想像しながら身をよじる。
すると裸体に近い体を大きく震わせたルベルが、真っ赤な顔を俯かせたまま小冊子を、くしゃっと握り潰した。
そして地の底から響くような声を震わせる。
「よかろう……ならば望み通り、全員で、攻めてあげようではないか――紅蓮爆嵐破」
灼熱の炎をまとった拳が俺に直撃した。
ドゴォォォンッ!
「ふぎゃぁ!」
俺は紅蓮の業火に包まれながら盛大に吹っ飛んだ。
続いてスクラシスの幼い声が諭すように響く。
「いくらわらわがアレクを好いておると言うてもじゃな、親しき仲にも礼儀ありぞ? ――【邪滅凝闇破】」
銀色の玉が無数に生まれて俺を襲う。
ドガガガガガァァァン!
「ほげぇぇぇ!」
多数の闇の爆発に、俺は空中で踊るように翻弄される。
そしてドミナさんが、くすくすと笑いながら呪文を唱えた。
「次はもっと女性側の気持ちに沿って作りなさいな――【雷炎爆光破】」
青白い光が指先から放たれた。
ドガァンバリバリバリ――ッ!
「ひぎゃぁぁ!」
電撃で痺れつつ燃えた。
最後に、ぼろきれになって落下してくる俺に対して、ノクティが細い足を大きく踏み込みつつ右手を全力で振りぬいた。
「いっぺん、その煩悩を消し飛ばせ! ――【破局大災竜撃破】!!」
ドゴォォォン――ッ!
「ぐひゃぁ!」
俺はもう一度天井へ激突すると、円卓の上に音を立てて落ちた。ゴミのように潰れている。
――ただ、落ちる時にろうそくの炎が燃え尽きているのを確認していた。
ルベルたちが呆れた声を出した。もう円卓から立ち上がっている。
「本日は終了だ。終わり終わり」
「さて、帰るとするかの」
「このあと、どうしましょうかねぇ。あの薬を試してみましょうか」
「おーい、ケイ。帰るわよ~」
俺を置いて去っていく足音がするが、見ることはできない。
ぴくぴくと痙攣することしかできない。
――いや、でも前よりかは余裕がある。なんでだ……あ、ケイの攻撃がまだだからか。
俺は手を震わせつつ、それでも【超越全回復】を唱えるために指を交差させた。
すると、ケイが金髪をなびかせて俺の前まで来た。小さな拳を作って俺の頭をこつんと叩く。
「もう。おいたはダメですよ。めっ、です。無茶はしないでくださいね。あたし、アレクさんのことが大好きですから」
「ケイ……」
ケイは微笑みつつ顔を近づけてくる。
そして、ぼろぼろの俺の額に軽く唇を付けると、頬を恥ずかしそうに染めつつ踵を返して去っていった。
俺は湿った柔らかさの残る額に手を当てつつ、円卓の上へ仰向けに寝転がる。
高い天井を見上げながら内心、想う。
――今日も一日、うまくいった。
これで今日も世界は平和だった。
俺が犠牲になるだけで、決議は滞って世界は救われる。
明日も、明後日も、その次の日も、平和を積み重ねてやるんだ。
その上、俺が共通の敵を演じれば、みんなは一致団結する。
今はお互いに敬意を払っているだけで、実はそんなに仲が良くない。
ささいな軋轢が世界を滅亡させるケンカへと発展する。
この間のルベルとスクラシスのように。さっきのケイとスクラシスのように。
それはかつての評議会でもそうだった。長時間話し合うとストレスが溜まってケンカになる。
だから、ろうそくが燃え尽きるまでの短い時間が設定されているのだった。
俺が共通の敵でいれば、きっとそのうち、みんなの仲は今以上に良くなっていく。
時間をかければ壊したくない大切な関係だって生まれるはず。
――俺は、このまま永遠に、平和な世界を維持してやる。
ずっと思ってきたことを、再度決意しながら円卓の上に起き上がった。
すると、目の端を赤い影がよぎる。
顔を向けるとルベルがイスに座っていた。頬杖をついて俺をジトっとした目で見ている。
「あれ? 帰らないんですか?」
「アレクに話がある」
「なんでしょう? まさか抜け駆けして愛の告白!?」
「違うっ! ――そんなことされてもアレクは嬉しくないんだろう?」
「いやぁ、何を言うんですか。嬉しいに決まってるじゃないですか」
「でも、誰か一人を愛するのではなく、ハーレムを作る気だ」
「そうです。俺の夢ですから」
冗談ぽく言ったが、ルベルの疑うような半目が変化することはなかった。
「そのハーレムだが。……君はハーレムを作る気は本当にあるのか?」
「あるに決まってるじゃないですか! 見たでしょ? 愛の巣を町ごと用意してまでみなさんを抱きたいんですよ、俺は!」
俺はこぶしを握り締めて力説した。
しかしルベルは表情を変えずに、どこか呆れた響きを声に含ませて言う。
「世界平和のために、か?」
「え、いや……」
「君はすべてわかっていたんだな。ここにいる五人を懐柔することが、世界平和に繋がると」
「すべてじゃないです。それどころか、何度も失敗しました」
「でも、諦める気はない、と」
俺は円卓の上から主のいなくなった椅子を順番にぐるっと眺めていった。
最後に正面に座るルベルをまっすぐに見る。
「はい。素敵な女性ばかりでしたから。誰一人、失いたくありません」
「美少女以外は見捨てる、と」
「当然ですよ! 男なんて自分勝手で悪辣! この世に必要なし! 美少女さえいれば――」
「…………」
ルベルの向ける、じとーっとした赤い目の光が強くなる。
俺は言葉を区切ってから、姿勢を正した。
「真面目に答えます。本来なら全員助けるべきですが、さすがに俺でも無理です。だから子供を利用するような大人や、子供を騙すような大人は容赦なく切り捨てます。弱者だけは幸せにしてあげたいと思っています」
「そうか……私も弱者だったか……アレク」
「なんでしょう?」
「――ありがとう」
ルベルは白い歯の輝く笑顔でお礼を言った。
それから紅の髪を揺らして立ち上がる。
半裸を隠すマントをなびかせつつ、颯爽と部屋を去っていく。
俺はその背に呼びかけた。
「ルベル。俺は何度でも助けますからね!」
「ふふっ。今まで以上に、私を惚れさせる気なのか?」
「当然です! ルベルが好きだ、大好きだ~!」
大声で叫ぶと、顔を真っ赤にして彼女が振り返った。
「や、やめないか! そういうところがダメなんだ!」
ぷいっと顔を背けると、さっきよりも速足で立ち去った。
やがて広間に一人になると、円卓の上から降りた。
「さあて、俺も帰りますか」
伸びをしながら円卓の周囲を探すように見る。
ゴミになったはずの夜伽用小冊子を拾って帰るつもりだった。
しかし、見当たらなかった。
「……あれ?」
ひょっとして、みんな持って帰ったのかもしれない。
嬉しい反面、また火種が増えたかと思うと、ははっと乾いた笑いが出た。
「まあ、いっか」
俺は入口へ向かって歩き出す。
やることは今日も明日も変わりない。
――俺が頑張ればいい。
待ってたって誰も救ってくれないから、俺がみんなを救えばいい!
暗闇の広間には俺の足音が明確に響いていた。
四章終わりです。五章ですが長いので明日は、たぶん3話だけ更新します。




