第17話 四回目の評議会(前編)
暗闇の中、円柱が天井を支える広間。
円卓には六人の男女が座っている。
世界滅亡評議会。世界の命運を決める会議だった。
上座に座るルベルがすらりとした肢体を反らして、凛とした声を張る。
「では、第1079回、私たちでは第4回の世界滅亡評議会を始める」
「議題は、俺とのハーレム生活についてですね!」
「なぜそうなるんだ、君は! ……アレクはそんなにハーレムじゃないと嫌なのか?」
「当然です! ルベルもデレてくれたことですし!」
ルベルは頬を染めて俯く。
「あ、アレクは、私だけでは不満なのか? やはり、胸も大きくないし物足りないんだろうか?」
ルベルは恥ずかしそうに、ちらっとドミナさんの胸を盗み見た。
彼女は大きな胸を目立たせるかのように、髪を手で梳きつつ胸を反らした。
「それは違うわ、ルベルちゃん。いろんな胸を楽しめるのがハーレムのだいご味ってものじゃないかしら?」
「その通りです、ドミナさん! ――大きい胸に、美しい胸。両方味わえるなんて最高じゃありませんか!」
俺は瞬時に移動して、まずはドミナさんを後ろから大きな胸事ぎゅっと抱きしめる。
次にまた瞬間移動して、ほとんど素肌のルベルの半裸を後ろからギュッと抱き締めた。
ルベルは頬を染めると、握った拳を震わせた。
「き、君と言うやつは……っ」
俺は腕をほどくと前のめりになって、震えるルベルの顔を覗きこんだ。
「あれ? 殴らないんですか?」
「もう殴ったりしないつもりだ」
「どうしてです?」
「気づかなかったとはいえ、私を大切に思ってくれていた人に暴力を振るってしまった。これでも、すまなかったと思っているんだ」
「え~。むしろ気持ちいいから、どんどん殴ってくれていいんですよ?」
「そういう気持ち悪いことを言うな! ――わ、私だって、アレクのことを大切にしたいんだっ」
耳まで顔を真っ赤にしてルベルは俯く。上気した頬から湯気でも出そうな勢いだった。
白いドレスを身じろぎして揺らしたケイが、目尻を下げて心配そうにつぶやく。
「なんだかルベルさん、とっても可愛くなっちゃいました」
「結局、アタシたち全員、アレクを好きにさせられちゃったってわけね。アタシはそこまで好きってわけじゃないけど」
「お姉ちゃんなんて、寝言でアレクさんの名前を呼んじゃうぐらいには好きですもんね」
「ち、違うわ! あれは夢にあいつが勝手に出てきたせいよ! アタシは悪くないのっ」
ノクティは腰を浮かせて反論した。黒いドレスの裾が揺れて足が見えた。
俺は一瞬にしてノクティの後ろに立つと、後ろから彼女を抱き締める。
「すまない、ノクティ。そんなに会いたがってたなんて。俺のことを夢にまで見てしまうぐらいに。そう言えば、さいきんあまり構えてなかったもんな。愛してるよ、ノクティ」
「だ、だから違うって言ってるでしょ――ひゃんっ!」
抱き締めつつ後ろから耳たぶを甘噛みした。
ノクティはつま先までピーンと足を延ばして喘ぐ。
「ドラゴンも耳は弱いんだな」
「しゃ、喋らないで、変態! 息がかかる!」
頬を染めて暴れたので、俺は手を離した。彼女はお尻から椅子に落ちるように座った。
隣に座るケイが指をくわえて物欲しそうな上目使いで言った。
「アレクさん。あたしにも、して欲しいです……」
「わかってるよ、ケイ。君にはこういうのはどうだい?」
俺はケイの後ろに回ると手を前に回して抱きしめつつ、金髪をついばむように唇で触れた。
ケイが華奢な体を震わせて、か細い声で喘ぐ。
「あんっ……! アレクさんっ」
「って、そこ! 何してるんだ! 議題が進まないじゃないか!」
ルベルがバンバンと円卓を叩いて抗議した。
俺もまたバンッと音を立てて円卓を叩き返す。
「俺のハーレムメンバーと愛を確かめ合って何が悪いんですか!」
「ほう? わらわはまだ何もされてないようじゃがの?」
スクラシスが頬を可愛く膨らませて文句を言った。
俺は「あっ!?」と声を上げると、すぐにスクラシスの隣へと移動する。片膝をつくと小柄な彼女の肩を抱き寄せて頬にキスをしつつ囁いた。
「もちろんスクラシスだって忘れてませんよ。というか忘れるはずがないじゃないですか。俺の可愛い女神さま」
「ふぁぅ……っ」
スクラシスは耳まで真っ赤になってうつむいて震えた。そんな姿が可愛い。
ルベルが眉間にしわを寄せて円卓を叩いた。
「アレクはいったい何がしたいんだ!」
「美少女ハーレムとの愛の語らいに決まってるじゃないですか!」
「ここは世界の滅亡を話し合う場所なんだ!」
「俺が全力で愛しますから、世界滅亡している暇なんて与えませんよ! 愛し合うのに精一杯でしょうからね、ぐふふっ」
「気持ち悪い笑いは健在だな」
ジトッとした半目で睨んでくるルベル。
俺は茶髪を揺らして立ち上がると、円卓の周囲を歩きながら笑顔で尋ねた。
「じゃあ、ルベルは今も世界を滅ぼそうと考えているんですか?」
「む……今すぐには無理だ」
「ほら、俺と愛し合いたいからでしょ? 世界滅亡させちゃできませんものね」
「違う。誰かたちのせいで、魔界が半壊したからだ」
「誰でしょう~? それは大変でしたね……ん? なにか?」
ルベルは腕組みをしつつ疑う目つきで俺を追う。
「なぜか、やられたのは全員ヌエルパドスの関係者だけだったんだが。あの状況で選別して倒したというのか?」
「さあ、偶然ですよ、偶然。よかったじゃないですか、統治しやすくなって」
俺は笑って答えたが不振そうな目つきは変わらなかった。
「ふんっ。どこまでもすごい奴だ。ほめておこう」
「俺の嫁のためですからね。頑張るのは当然ですよ」
「や、やめんか! 嫁って言うな! ――まだ正式には……」
「全員、俺の嫁です。ハーレムですから」
「くぅぅ! どこまでも非常識で誠実な奴なんだ!」
ルベルは唇を噛んで悔しそうに見上げてきた。
――なんだかこれ以上は泣きそうな気がする。
俺は雰囲気を変えるため、円卓をバンッと叩きつつ笑顔で身を乗り出した。
「さあ、もう全員俺のハーレムに入ったことですし、提案があります」
「なんじゃ? どうせろくでもないことであろ?」
「何を言うんですか! みんなのためを思ってですよ? ――提案と言うのは、場所を変えて話しませんかってことです。こんな暗い部屋で話し合ってたら、考えまで暗くなってしまいますよ! だいたい全員美少女なんだから、もっと明るいところが似合いますって。――ね?」
「まあ、それぐらいなら悪くない話なのじゃ、が……」
スクラシスは考えるように顔をしかめてルベルを見た。
ルベルもまた眉間にしわを寄せて腕組みをする。
「確かに、気分転換にはなるだろうけど……ここでするしきたりなんだ」
「しきたりも大切ですが、世界の現状を知らないと滅亡させていいかどうか判断できないと思います。特にルベルは部屋にこもりっきりだったから、あんまり外の世界のことは知らないんじゃないですか?」
「何を言うんだ。私は次期魔王として、ちゃんと学んでいた! 君と一緒にしないでもらおうか」
「でもそれって、本や書類で、ですよね? 自分で世界の街並みや人々の暮らしを体験してみるのも、評決を取るにあたっての大切な判断材料になるのではと考えます」
「むぅ……アレクにしては、まともな意見じゃないか」
ルベルは頬に手を当てて頷いた。
俺は邪竜姉妹の間で立ち止まると、ケイの肩に手を置いて覗き込む。
「ケイだって海辺の喫茶店でおいしいスイーツを食べながらみんなで話し合いしたくないかい?」
「わぁ! すごく興味ありますっ!」
ケイが手を合わせて青い瞳を輝かせた。
ノクティが呆れた顔をして天井を見上げつつ、頬を掻きながら言った。
「妹が喜んでるみたいだし、まあ一回ぐらいなら別の場所でもいいんじゃない?」
「でしょう!? スクラシスやドミナさんもまんざらではないようですし、外で会議することは決定ですね! ――じゃあ、さっそく温泉で会議しましょう! もちろん混浴で!」
「「「はあ?」」」
みんなが冷たく響く声をハモらせた。
俺はめげずに言葉を続ける。
「なんですか、その疑うような目つきは! 裸で付き合えば今以上に仲良くなれますって! 一糸まとわぬ肢体、ピンク色に染まる火照った肌! お互いの恥ずかしいところまで見せ合えば心のわだかまりも解けますって! だから、俺に! すべてをさらけ出してくださいよ! 俺も、もろに出しますから!」
「まずはその欲望をしまいなさいよっ! ――破局大災竜撃破!!」
ドゴォォン!
ノクティの拳が素晴らしい速さで俺の顎に突き刺さった。
「はぶぎゃーっ!」
俺は真上に吹っ飛ばされて天井へ激突すると、真っ逆さまに円卓の上に落ちて痙攣した。
ルベルが呆れた半目で睨んでくる。
「君はなぜ、一足跳びに事態を進めようとするんだ」
「ぜ、全員に好かれたと思ったら……いても立ってもいられ、なくて……」
「順序を踏めと言っているんだ!」
ルベルが可愛い声で怒鳴ると、くすっとドミナさんが笑った。
「あらぁ、まるで順序を踏んだらハーレム作ってもいいみたいな言い方ね、ルベルちゃん」
「ち、違う! 違うんだ、これは――」
「あーあ。ついにルベルの本音が出ちゃったじゃない」
「でもあたしは、ハーレムには反対ですっ」
ケイは細い眉を寄せつつ、声に強い意志を滲ませていた。
俺は猛烈な勢いで上体を起こすと、金髪碧眼の少女を見て叫ぶ。
「なにを言うんだ、ケイ! 俺が魅力的に見えるのは、ハーレムエンドという夢に向かっているからなんだよ!」
「あたしエンドを頑張ってくれたら、もっと魅力的です!」
ぷくっと白い頬を膨らませて上目遣いで睨んでくる。
俺は円卓の上を勢いよく滑ってケイの前へ来た。
彼女の頬に手を当てつつ上を向かせて、青い瞳を覗き込む。
「ケイとの結婚はいつでもできるようにしてあるよ。愛してる」
「はわぁ……アレクさん。あたしも好きです。愛してます」
ぼうっと夢見心地で見上げる彼女を抱き寄せると、秀でた額にキスをした。
とたんに彼女が耳まで真っ赤になって頭の上から湯気を出す。
隣にいたノクティが苦々し気に顔を歪める。
「はぁ。アレクは結局ケイばっかり構うよね。妬けちゃうわよ」
「そうかしら? むしろわたくしはアレクくんとスクラシスの、阿吽の呼吸で助け合う関係に嫉妬してしまうわ」
ドミナさんの流し目に、スクラシスは咳込みながら声を上げる。
「な、なにを言うのじゃ、いきなり」
「でも、アレクくんがハーレム作っても文句言う気はないんでしょう?」
「まあの。奴のことは認めておるからの」
「心が広い!」
ノクティの驚きに対して、スクラシスは大人びた態度でニヤリと笑った。
「ふふん、こう見えても数万年生きた邪神ぞ? わらわ以外を抱いたとしても浮気ぐらい許して当然であろ?」
「えっ? なんですか、その言い方。……まさか、正妻のつもりなんですかぁ? それはちょっと、あたしは認められませんけどぉ?」
ケイの青い瞳がギラリと光る。
――なんだか一瞬、冷たい空気が流れた。
いや、一瞬ではなく変質しただけだ。
邪竜と邪神の出す圧力によって、会議場の空間がキシキシと音を立てて歪み始めた。




