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第16話 魔王女ルベルディアの真実

 赤く染まった空が広がる魔界。

 荒野の中に不気味な影を落とす魔王城が聳えている。


 黒いゲートから飛び出したルベルが、すらりとした足で大股に動かして歩く。

 マントが後ろになびいていたため、局所を隠しただけのほとんど裸の素肌がさらされていた。



 魔王城に入ると、靴音を響かせてエントランスを歩く。

「誰か! 誰かおらぬか! 魔王ルベルディアが帰還したぞ」


「はは、こちらに」

 ずんぐりした体躯の、三つ目の男が現れた。禿げた頭を撫でつつ駆け寄る。


 ルベルは厳しい目つきで彼を見る。

「ヌエルパドスか。私の使っていた隠し部屋に案内するんだ」

「え……っ!? 突然、どうされたのです?」


「調べたいことがあるんだ。大したことじゃないが」

「わ、わかりました! すぐに鍵を取って来ますゆえ、しばしお待ちを!」

 ヌエルパドスは短い足を動かして、どたどたと奥の廊下へと走っていく。



 その後、鍵をとって戻ってきたヌエルパドスに連れられて、ルベルは魔王城の地下へと続く階段を降りていった。

 降りるにつれて、他者を拒絶するような寒々とした空気になっていく。


 ルベルは、ぶるっと体を震わせつつ、前を行くヌエルパドスに話しかける。

「なあ。私は父上に愛されていたか?」


「もちろんでございます、ルベルディアさま」

「じゃあ、どうして一度も直接会ってはくれなかったのだろうか?」


「それは……外は危険ですゆえ、ルベルディアさまを守るためにしかたなく隠し部屋に」

「そう。そのはずだ」

 ルベルは自分自身を説得するかのように自答した。


 ヌエルパドスはチラッと肩越しに振り返りったが何も言わずに足を進める。



 そして最下層へ着くと、薄暗い廊下を歩いていく。片側には似たような扉が等間隔で続いていた。

 廊下はまっすぐなものの、果ては暗くて闇に消えている。


 すると、一つの扉の前でヌエルパドスが足を止めた。

「つきました」


「中を」

「はい」

 ヌエルパドスが鍵を差し込んで開ける。


 ギィィィ……と、断末魔のようなきしむ音を立てて扉が開いていく。



 中は真っ暗闇に包まれていた。

 ルベルが魔法を唱えようと手を挙げたが、それより先にヌエルパドスがカンテラを掲げた。

 部屋の中が照らされる。


 壁もベッドもカーテンも真っ白な部屋。

 ヌエルパドスが入って、白いテーブルにカンテラを置いた。

 高い天井まで照らされるが、同じように白かった。


 ルベルが颯爽とマントを揺らして入ってくる。紅の髪が白い部屋によく映えた。

「昔と変わってないな」


「はい。修繕しましたゆえ――では、ごゆっくり」

 ヌエルパドスが深くお辞儀して退室しようとした。



 しかし、彼の首元にキラリと輝く飾りを見て、ルベルが眉をひそめる。

「待て! 貴様、なぜ父上の首飾りをつけているんだ!」


「あ、はい! 申し訳ございません、ルベルディアさま。わたくしめも先代魔王様を尊敬しておりましたゆえ、レプリカを形見として身につけさせていただいておりました。許可を取らなかったこと、深くお詫び申し上げます。すぐにはずします」

 ヌエルパドスが首に手をかけた。


 しかし、ルベルが首を振った。紅の髪が広がるように流れた。

「もうよい。そなたの気持ちはわかった。下がっているんだ」


「ははっ。慈悲深きお言葉、まことに嬉しゅうございます。では、なにかありましたら、お呼びください」

 ヌエルパドスはすごすごと部屋を出ていく。



 しかし、廊下に出たところで、ガシャンッと激しい金属音がした。

 はっと顔をこわばらせてルベルが振り返ると、入り口に鉄格子が降ろされていた。

 可愛い声を荒らげて叫ぶ。

「なにをする、ヌエルパドス!」


「なに、を? 簡単なことです。またこの部屋で魔力を無限に供給なさってください――我輩にね」

 ヌエルパドスは首元にある飾りを指さして、ニタリと笑った。


 ルベルは髪を振り乱して叫ぶ。

「どういうことだ! 貴様、死にたいのか!」

「おやおや。すでに閉じこめられたあなたになにができるというのです?」


「こんなもの! ――紅蓮爆嵐破イグニステンペスタス

 ルベルが手を突き出すと、燃え盛る炎が放たれた。


 部屋を赤く染め上げつつ、入り口へとほとばしる。



 ――しかし。

 鉄格子に当たって、煙のように消えた。


 ルベルが赤い目を見開く。

「なっ! なぜだ!?」


「この部屋はあなたの魔力を吸い上げるために作られていたのですよ」

「なんだって!?」


 ヌエルパドスの首元にある飾りが赤く光った。

 光は彼の全身に広がり、肌に張りが出て体つきがたくましくなった。


 両手を見ながら喜びの声を上げる。

「おお、すばらしい魔力だ。しかも土属性の我輩に、炎の魔力が流れ込むとは。マグマのようにたぎってきましたぞ、ふははっ!」



 その様子を見て、ルベルは悔しげに唇を噛む。赤い目の端には涙を滲ませていた。

「私は父上に愛されてはいなかったというのかっ」


「あなたは大切にされていたんじゃない、魔力を供給するために生かされていたにすぎないのですよ」


「じゃあ、父上は! 私のことなど、どうとも思っていなかったというのか! 外敵から守るため、というのは嘘だったんだな!」


 ヌエルパドスは肩をすくめると、三つの目に侮蔑の光を浮かべた。

「気がつかない方がどうかしてますよ。一度でも直接会いに来たことはありましたか? いや、気づいていたのに、自分の心を守るために目を背けていたのですな。魔王にふさわしくない弱さだ」


 バカにして笑うヌエルパドスに、ルベルは拳を握りしめて涙を流す。

「くそぉ! 信じていたのに! 父上も! おまえたちも!」


「この世は弱肉強食。騙される奴、利用される奴が悪いのですよ。これからは我輩が魔王だ、ふははっ」

 入り口のすぐ外で高笑いするヌエルパドス。



 ルベルは涙目で睨んでいたが、ふいに腰が抜けるように膝をついた。

「こ、これは……」


 ルベルの髪がどんどん白くなっていく。上体を起こしていられず、床に倒れ込む。半分白くなった髪が床に力無く広がった。


 赤い瞳にますます涙を満たして、悔しそうに顔を歪めた。頬に涙が伝う。

「ああ、この感じ。全身に力が入らないこの感覚。昔と同じだ……」


「そう。物心着いたときから、ずっと吸われていましたものね。これがあなたにとっての日常ですよ。懐かしくて涙が出るでしょう? ふははっ」


「くぅ……っ! 悔しいっ。利用した父上も、騙された自分自身も――! 情けない……こんなのは、嫌だ……。助けて。誰か……アレク、助けてっ!」

 ルベルは凛々しかった顔をくしゃくしゃにして泣き叫んだ。



 その瞬間、魔王城に男の声が轟き渡る。

「待たせたな! 任せろ――聖雷斬テスタメント!」


 ズアァァン――ッ!


 広い空間を真横に横切る聖なる光。

 巨大な斬撃が扉を壁ごとぶった切った。


 ヌエルバドスの首も閃光が過ぎる。首飾りにひびが入ると細かい破片となって砕けた。


「な、に……今の、我輩は、最強……ぐふっ」

 ヌエルパドスが吐血しつつ、真横に倒れた。切られた首がごろごろと廊下を転がる。



 アレクが入り口前に姿を現した。片手には抜き身の剣を下げている。

 入り口の鉄格子をけ飛ばして破壊すると、ルベルへ駆け寄って抱き起こした。

「大丈夫か?」


「アレク……あれくっ……!」

 ルベルは彼の体にしがみつくと、胸に顔を埋めて泣き出した。


 アレクは優しく頭を撫でる。紅白に染まった髪の、特に白いところを優しく撫でた。

 それから薄い腰に腕を回して立ち上がらせる。

 ルベルは泣きながら、彼の首に腕を回してしがみついた。



「さあ、ここはまずい。魔力を吸われない場所へ移動しよう」

「うん、うん。アレクぅ……」

 髪を揺らして何度も頷くルベル。聞いてるのか聞いていないのかわからなかった。

 アレクがルベルのこぶりなお尻を片手で抱え上げて部屋を出る。


 ――と。

 廊下にはまだヌエルパドスの死体が転がっていた。


「おっと、忘れてた。――聖導烈斬ジャスティススラッシュ

 アレクが剣を無造作に降った。青白い刃が斬撃となって飛ぶ。


 廊下に転がっていたヌエルパドスの頭を真っ二つにした。

「ぎゃぁぁぁ!」


「ぐすっ……。えっ? 生きてた……?」

「ここで逃すと、あとで厄介なことになったんでね――部屋も破壊しとくか」


 アレクは剣を無造作に、縦横無尽に振り回した。それだけで勇者スキルや聖騎士スキルが発動して、斬撃が白い部屋を木っ端みじんに破壊する。


 アレクはルベルをしっかり抱くと、踵を返して去っていく。



 しばらくして去り行くアレクの背後で轟音と共に崩壊の煙が上がった。彼はルベルを抱きしめつつ、ゆっくりとした足取りで廊下を戻っていく。


 ルベルは泣き止んでいたけれど、彼のたくましい体に子供のようにしがみついている。


 地上へと通じる長い階段を上っている頃、ルベルが口を開いた。少し甘えるような声だった。

「ねぇ、どうして? どうして、言わなかったんだ?」

「なにを?」


「父上のことで責めたとき、反論すればよかったではないか。もしくは父上を倒したときに、私に真実を告げればよかった」


「それは、ルベルに俺を恨んでほしかったからだよ」

「え? どういうことだ?」



「魔王を倒した時には、どう頑張ってもルベルは魔力も体力も限界まで奪われてしまう。その状態で真実を告げると心が折れて死んでしまうんだ。心が恨みでいっぱいなら、それが生きる気力になる。俺はどうしてもルベルを助けたかった」


「私のために、そこまで……」

 ルベルの驚きで見開いた目から、涙があふれる。


 アレクはルベルを抱きしめつつ頭を優しく撫でる。

「ルベルを、大切にしたかったんだ」


「ああ……っ! アレクッ!」

 ルベルが細腕に力を込めて主一霧抱きついた。


 アレクは優しい微笑みを浮かべて、ほおずりして彼女の気持ちに答える。

「こんなに名前で呼ばれるのは初めてだ……ありがとう、ルベル」 


 二人は抱き合いながら、階段を上っていった。



 魔王城の一階に出ると、美少女たちが待っていた。

 特にスクラシスの幼い顔が、ニヤニヤと笑っていた。

「どうやらうまくいったようじゃの」


「まだ、仕上げが残ってるけどね」

 抱きついていたルベルが不思議そうにアレクの顔を見上げる。

「仕上げ? なにがあるんだ? ……わ、私はもう……アレクの……」


「次期魔王の座を狙っていたのはあいつだけじゃないってことだよ」

「えっ?」

「きた」


 城の外からも内からも、足音が押し寄せてくる。

「あいつが死んだ」「次は俺が!」「娘を食らって魔王になる!」



 すぐに大量の魔物や魔族がアレクたちを取り囲んだ。げへへ、と欲望に満ちた笑い声を立てている。

 スクラシスとドミナ、それに邪竜姉妹がアレクを守るように四方に立つ。目に気迫を込めて、鋭く睨んだ。


「あやつと、あやつ」「それにあの奥の三人かしら?」「こっちのトカゲの集団もおっけーよ、ケイ」「はい、お姉ちゃん」


 魔王城の高い天井に頭が付きそうなほど大きな巨人が、こん棒を肩に担いで入って来る。

 大きな一つ目に侮蔑の光を宿して、見下してくる。

「裸を見せるぐらいしか能のない娘が偉そうに。二度と逃げ出さないよう、手足は切り落とすべきだな」


 アレクの腕の中で、赤い瞳で睨み上げたルベルが声を震わせて叫ぶ。

「さ、サイクロプス……お前まで! 許さん――ひゃっ!?」


 突然アレクは彼女をぎゅっと抱きしめた。頬をくっつけながら大見得を切る。

「皆の者、よく聞け! 魔王ルベルディアはもう五聖勇者アレクたる俺の嫁だ! 文句がある奴はかかってこい!」


「よ、嫁!?」

 頬を真っ赤に染めて目を白黒差せるルベル。


 アレクは至近距離で微笑みかける。

「まだ力は戻ってないでしょ? ここは俺に任せて」


 潤んだ瞳で呆然と見ていたルベルは、すぐに少女のようにアレクの胸に頬を寄せた。

「ん……アレク……頼む」


「任せろ!」

 アレクが剣を降り抜く。最前列にいた魔物の首がいくつも飛んだ。



 それを合図に、大乱闘が始まった。

 もちろん、結果は決まっていた。


 ただルベルが周囲の激しい戦いなどどこ吹く風で、アレクのたくましい体へ幸せそうに身をゆだねていた。


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