第1話 君が必要なんだ
本作は、読みやすさ重視で、新たに書き起こした作品です。
前日起きたトラブルは、開発中の新型搬送ロボットの緊急停止だった。
一トンもの鋼材を扱うロボットが、原因不明で突然止まった。「周りに人がいなくて良かったね」で済ませるわけにはいかない。原因究明が最優先。
開発部のあっちこちから人を出して原因究明中。そのうちの一人に選ばれたのが、ちょっと嬉しい二年目の私。
先輩たちは「センサー故障」でほぼ意見が固まっていた。
「とりあえずセンサーを持ち帰って分析するか」
「待ってください!」
「ん? 何?」
「水野君、新人の君が何か言いたいの?」
先輩たちは、いくぶん、ムッとした顔で私の顔を見た。なんでだろ? でも、ソフトウェア解析の役割は私だもん。
この発見を伝えるのは私の仕事だ。
「ログを見てください」
「見たよ。壊れた部分なんてなかっただろ」
「いえ、止まる〇・二秒前だけ、モーターの電流値が跳ねています」
「いや、電流値の瞬間変動は計算のうちだぞ。実際の工場で、多少の変動があるのは普通のことだからな」
「そうだぞ。むしろ、この異常値はセンサーの故障って見た方が……」
「でも、これはセンサーが壊れたんじゃなくて、作動系統のどこかで発生したノイズを……そうですね、静電気か何か。それを信号線が拾っている可能性があるのでは?」
私は赤ペンで印を付けたドキュメントの束の1箇所に付せんを貼って、先輩たちに見せた。
異常値を検出した後、全てのセンサーは、通常の値に戻ってる。
「もしも、ノイズを拾っているのなら、センサー交換じゃ直らないというか、停まったから良いいですけど」
「そうか。ノイズで動きが変わったら…… 他の安全装置もあることはあるが、ここにノイズが届くのは、まずいよな」
「よし、その方向で、もう一度チェックをかけてみよう」
先輩たちも、さっきまでの嫌な雰囲気を消し飛ばして、慌てて各担当のログや配線を再チェックし始めた。
そのチェックが終わりそうなときだった。課長が慌てたようにやって来た。
「水野君、ちょっといいかな?」
「はい。課長。少しだけ待ってください。あと少しで、ここの再チェックが終わるので」
「すまないが」
苦笑いをする課長は、今日に限って、私の前に立ったままだった。
「会社として、急ぎで、君を呼ぶ必要があるんだ。だから、こちらを最優先としてほしい」
「はい。ただいま」
それなら初めから「ちょっといいかな?」なんて聞かなければ良いと思うけど、もちろん、こんなことで課長に逆らえるはずがない。
愛用の赤ペンをさっと胸ポケットに刺してから、ちょっと首をひねった。
「課長、どちらに?」
「会議室に一緒に来てくれ。それと…… この後で聞く話は社外秘になるから」
「え? あ、はい……」
開発棟の最上階にある会議室。
この部屋だけは、分厚そうな木製のドアと、金文字で「第一会議室」と書かれている。
脇にあるセキュリティカードリーダーと、重厚な金文字がひどくチグハグに見えた。
「えっと、ここって、役員なんかが使うところですよね?」
「そうだ。まあ、最上等の会議室だな。入ったことは?」
「入社したばかりの時に見学だけしました」
「そうか。君のカードも通したまえ。ロックとは関係なく、出入りは、必ずカードを通すのが、ここのルールだ」
「はい」
「君も、これからは、覚えておくことだ」
「え? これからは? あの、かちょ……」
ノックをして、さっさとドアを開ける課長。
「遅くなりました。専務。水野を連れて参りました」
え? 専務? 役員がなんで私を呼ぶの? なんかのクレーム? 悪いことなんてしてないのに……
とにかく、頭を下げて部屋に入った。うわぁ~、なんかエライ人に見られてるんでしょ? 怒られませんように……
頭を上げられない私は、ついつい、コソコソと歩いていたかも。
「急にお呼び立てしてすみません。阿部課長、それに水野さん。お待ちしてましたよ」
爽やかな声に頭を上げると、そこにいたのは、一人の男性。
柔らかな笑顔で、少しも偉そうな態度が見えない、好青年風のイケメンと言って良い感じ。
イスから笑顔のまま立ち上がった。
なんだか、歩き方が自信に満ちあふれた人だ。こんなに若い専務? ウチの役員っておじいちゃんばかりじゃ…… あ!
思い出した。社員広報にちゃんと載ってたじゃん。それに、社内で何度も見ている。もちろん、専務だなんて思ってなかったけど。
えっと、えーっと、創業社長の御曹司で、名前は……
私が思い出す前に、専務はにこやかに歩み寄ってきた。
「初めまして、と言っても役員面接で一度会っていますね」
「あっ、は、はい」
全然覚えてないよ。こんなに若くて、イケメンな役員。
私の反応に、小さく首をひねった専務は、気を取り直したように、目を見つめて静かに言った。
「改めて名乗りますね。私は大槻崇人。専務取締役をしております」
仙台市の老舗機械メーカー、大槻技研の三代目。次期社長だとウワサされる大槻専務が、私に向かって右手を差し出していた。
目の前で大槻専務が少しだけ困った表情をして、差し出した手を見て固まってる。
握手?
「す、すいません!」
すぐに手を出して握手。日本なのに、握手であいさつする人がいるなんて!
でも、思った以上に優しい手だった。そして、気付いたら、私の手をじっと見つめてる。
指には、ボールペンの赤い線が付いてた。資料を見ながら書きこもうとすると、ついつい、付いてしまう。
「あ、こ、これは、チェック用にペンを取る時に、資料から目を離さないもので。あの…… すみません」
「いえいえ。頑張って仕事をしている手ですね。ありがとうございます」
グッと優しく、でも力強く手を握った後、専務は「どうぞこちらに」と手を離して、案内してくれた。
大きな会議デスクの横に置かれた、キドニーシェイプの会議テーブル。
微笑む専務と、その直角の位置に座らされる私。そして、私を挟んだ阿部課長がハラハラした雰囲気だ。
「あなたの記録を見ました」
「記録、ですか?」
「はい。東北大の工学部出身。専門はシステム制御の研究で、それも、ソフトウエア寄りみたいだね。そして、教授からの覚えめでたき優秀な学生で、大学院も有望視されてたそうだね?」
大学院…… ホントは行きたかったけど、母に強く反対された。まだ、あのセリフは覚えてる。
「誰にでも好かれる、お姉ちゃんとは違うのよ? あなたが大学院なんて行ったら、ますます結婚相手がいなくなるでしょ」
あの時の父は、ちょうど、今の阿部課長みたいにハラハラしながら横で見てたけど、結局、何も言ってくれなかった。
幸い、師事した教授が産学協同で、この大槻技研と懇意にしていた。その教授が推薦してくれたおかげで入社できた私だ。
私は、専務の言葉を否定もできずに、ちょっと苦笑いっぽい顔で頷くしかできなかった。
「入社してから地道にシステムの改修を研究してきたようだし、実際、提案も多い。阿部課長、そうでしたね?」
「はい。大げさではなく、システム課の期待のホープと言えると思います」
わっ、課長、いっつも私のことを苦笑いして見ているのに、今日は、すっごく褒めてくれるのね。お父さんもあの時、お母さんにひと言、言ってくれてたらなぁ……
「大学でも、我が社でも、水野さんは優秀だということは間違いないわけです」
「恐れ入ります」
いっつも、お姉ちゃんに言われてきた。「理央は、人間関係がダメな分、仕事でカバーしないと、居場所がなくなるわよ」って。
だから、人一倍頑張って来たつもり。でも、いったい専務は、何を? わざわざ呼び出して褒めてくれる? 小学校じゃあるまいし。何か裏がありそうだよね?
「さて、本決まりになるまで詳細は説明できないが」
ん? 何か秘密を話すって前振りっぽい。
「我が社が、今まで開発してきた製品を、いよいよ、プロジェクトとして、全社一丸となって取り組むべき時期が来ました」
え? まさか、私が、新製品の開発? そんなの、嬉しすぎる! けど、でも、新人になんてやらせないよね?
「その責任者は私になる予定だ」
次期社長と言われている専務が、プロジェクトの責任者だなんて!
「今度のプロジェクトは、ウチのロボットが人と同じ場所で働けるようにするものだ」
阿部課長が、控えめに声を出した。
「専務? まだ、水野は守秘義務承諾書にサインをしておりませんので」
けれども、専務は、キラッとした笑顔で、その声を断ち切った。
「この程度は私の権限に任されているので、問題ありません」
「はい。出すぎた言葉、申し訳ありません」
「いえいえ。阿部課長は、いつも慎重に仕事をしてくれますからね、むしろ安心です。でも、ここで話すことは、私に任せてください」
「もちろんでございます」
お辞儀をする課長に笑顔で軽く返してから、今度は、こっちにグイッと身を乗り出してきた。
「私は経済学部だったんだ。技術畑には疎いと父が…… んっ、社長が心配してね。プロジェクトを率いるなら、技術の分かる補佐が必要だろうという話になった」
「はい」
「どうだろう? 一年くらいのプロジェクトになるが、私の補佐を務めてくれないか?」
「補佐、ですか?」
「所属は今のままだが、今度のプロジェクトについて、リーダー補佐という臨時の役職を付けようと思う」
「臨時で、役職ですか……」
「管理職というわけではないが」
微笑みかけた専務は、クッキリとした目をくくっと、広げて見せた。
「どうかな。一年間、私を助けてくれないか?」
イケメン専務は、ペコリと頭を下げたのだった。
新製品のプロジェクトに抜擢! 嬉しすぎる! だけど、なんで私が選ばれたのかは、きちんと聞いておかないと。
「質問してもよろしいでしょうか?」
「あぁ、話せることに限りはあるけど、できる限り答えましょう」
「あの、自分の専門の安全工学とか制御のソフトウエアについてなら、それなりに勉強してきました。でも、新製品の開発だなんて、私がお役に立てるかどうか」
「あぁ、水野さんの心配は分かる。でも、私が期待しているのは、それに父が期待しているのも、そこではないんだ」
あれ? 今回は社長って、言い直さないんだ。さっきと違うことに、ちょっとだけ戸惑う私に、専務は真摯な顔で説明を続けた。
「今回の製品の基本的な開発は終わっている」
「え? もうできているんですか?」
「まだ、完成品ではない。けれども、ロボット自体は新技術というよりも、ウチの総決算みたいなものだからね」
自他共に認める「産業用ロボットの中堅」として、日本でも指折りの技術力を誇るのが大槻技研だ。
「しかし、製品と売り出すまでにはいろいろとある」
確かに、ロボットを作っただけじゃダメかも。
「市場に出すに当たって、いろいろな部署で調整をしながら、様々な経営判断が必須だ。その時、支えてくれて、なおかつ、私の新しいやり方に対応できる柔軟な発想ができる補佐が必要なんだ」
ん? でも、それって秘書さんみたいな仕事?
だったら、私には向いてない。
「あの、差し出がましいようですが」
「何でも言ってほしい」
「秘書でしたら、私の姉が、こちらにお世話になっておりまして。むしろ、姉の方が適役かと」
「ん? お姉さん?」
「水野君のお姉さまは、総務にいるそうです」
さすが課長。お姉ちゃんのことまでよく知ってますね。しかし、専務は、即座に首を振った。
「私は秘書が欲しいわけではない。技術の話を理解出来る補佐が必要だと考えているのだが、わかるかい?」
「あっ!」
ピーンと来た。
つまり、技術者と専務の橋渡し役ね。文系の専務が理解しにくいことを、まとめたり、説明したり、資料を用意する役だ。
「それなら……」
できるかも。
「それに、君には教えておくべきだろうな」
ふわっと、いたずらっぽい光を浮かべた、御曹司スマイルがまぶしい!
「最初に君の名前を挙げたのは、私ではないんだ」
「え?」
「誰だと思う?」
チラッと課長を見たけど、課長も訝しげ。
じゃあ、誰?
専務は、笑顔のまま私の目を覗き込むようにして言った。
「父だ。社長が、君を指名したんだ」
旧作を読んでいただいた方へ
面倒なことをしてごめんなさい!
ストーリー進行と読みやすさを優先して、改定されていますが、旧版とのストーリーは変わっていません。
どうぞ、ごゆっくりお楽しみください。




