↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/10

第9章 ほどけるもの

『たまには遠回りしたっていいんじゃないか』


ソラは文章をもう一度読んだ。


そして、もう一度。


ただの一文。


休め。


頑張るな。


無理をするな。


そういう言葉なら、何度も聞いた。


ミナトからも。


医療端末からも。


家族からも。


だが。


聞くたびに思った。


「じゃあ誰がやるんだ」


自分が休んだ分。


誰かが働く。


自分が止まれば。


誰かに迷惑がかかる。


それが嫌だった。


本当に、それだけだったのだろうか。


ソラは考えた。


自分は。


「必要とされている自分」を手放すのが怖かったのかもしれない。


忙しい。


頼られている。


自分しかできない。


その状態が苦しい一方で。


それが自分の価値だとも思っていた。


だから。


誰も「働け」と言っていない夜にも働いた。


誰も「完璧でいろ」と言っていないのに、自分で自分へ命令した。


もっと速く。


もっと正確に。


もっと役に立て。


遅れるな。


休むな。


止まるな。


「僕……」


声が震えた。


「ずっと急いでたんだな」


涙が一滴、頬を流れた。


悲しいのではない。


悔しいのでもない。


張り詰めていた糸が。


ただ。


切れた。


息を吐く。


長く。


自分の肺にこれほど空気が入ることを、久しぶりに知った。


ガイドロボットが近づく。


コツ。


コツ。


ソラの靴先へ頭部を軽く触れた。


「慰めてる?」


『質問内容を認識できませんでした』


「知ってた」


笑う。


涙を拭く。


その瞬間。


バッグの中で仕事端末が振動した。


反射的に身体が強張る。


取り出す。


未読メッセージ。


四十七件。


警告。


会議連絡。


問い合わせ。


画面を見ただけで、身体の奥に昔の緊張が戻ってくる。


ソラは指を伸ばす。


そして止めた。


レナードの文章を見る。


もう一度。


端末の設定を開く。


通知。


すべてオフ。


緊急連絡のみ受信。


確認。


『休暇期間中の通知を停止しますか?』


「はい」


押す。


画面が静かになる。


たったそれだけ。


世界は壊れなかった。


警報も鳴らない。


リングも崩れない。


ソラは苦笑した。


「こんな簡単だったのか」


ガイドロボットが方向転換する。


『次の目的地へご案内します』


「まだあるの?」


『はい』


「どこへ?」


『中央プラットフォーム』


帰る時間だった。


ソラは制御室を見回した。


マグカップ。


毛布。


古い椅子。


三百年前に働いていた誰かの生活。


「レナード」


誰もいない部屋へ声をかける。


「ありがとう」


返事はない。


それでよかった。


ソラは外へ出た。


帰り道。


昨日と同じ住宅街。


同じ橋。


同じ商業区。


なのに。


景色が違って見えた。


橋の途中で、ガイドロボットが止まった。


『最短経路へ変更可能です』


ソラは尋ねた。


「何分短くなる?」


『二十七分』


少し考える。


「そのままでいい」


『遠回りコースを継続しますか?』


「うん」


ソラは笑う。


「そっちの方が景色がいいんだろ」


ピッ。


ロボットが先へ歩く。


その日の午後。


ソラは一度も時計を見なかった。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。