↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/10

第8章 最後の三日間

翌朝。


旧中央制御室へ戻る。


個人記録保管庫のランプが緑になっていた。


扉が開く。


内部は小さかった。


記録媒体が何百本も並んでいる。


ほとんどは停止している。


その中。


一つだけ点灯。


『L.VAL-10 PERSONAL ARCHIVE』


ソラはアクセスした。


ファイル群。


保守日誌。


設計メモ。


住民からの苦情。


勤務表。


個人的な写真。


そして。


『FINAL 3 DAYS』


映像を開く。


画面に男が現れた。


五十代くらい。


黒髪に白いものが混じっている。


作業服。


深い隈。


その顔を見た瞬間。


ソラは、知らない相手なのに懐かしさを覚えた。


疲れた管理者の顔だった。


一日目。


『最後の住民が退去した』


レナードがカメラへ話している。


背後は、この制御室。


『環境維持システムは予定通り段階停止に入った。僕も今夜の便で移住船へ乗る予定だった』


少し間。


『でも、乗らなかった』


映像終了。


二本目。


レナードは旧中央駅にいた。


誰もいないホーム。


『理由を聞かれると困る』


レナードが笑う。


『三十七年間、この環を守ってきた。だけど僕が知っているアルカディアは、警告表示と数値と配管図だけだった』


彼はカメラを駅の外へ向ける。


『最後になって、歩いてみたくなった』


次の映像。


住宅街。


レナードは子どもの遊具へ腰掛けていた。


『ここ、初めて来たよ』


苦笑する。


『担当区域なのに』


また別の映像。


商店街。


『この店の環状焼き、評判だったらしい。食べておけばよかった』


次。


展望広場。


夜。


ソラが昨夜見た景色。


レナードは長い間、何も話さなかった。


星を映している。


やがて声だけが聞こえる。


『僕らはずっと効率を考えてきた』


『最短距離。最小資源。最速処理』


『もちろん必要なことだった』


風の音。


『でも最後になって思う』


カメラがゆっくり夜空を映す。


『最短距離しか通らなかった人生には、見えない景色もあるんじゃないかな』


ソラは息を止めた。


次のファイル。


テキスト。


『0300-RELAX』


一バイトの処理と接続されている。


文章が現れる。


――もしあなたがこのログを見ているなら。


――僕がいなくなったあとも、この環はまだ動いているのだろう。


――あなたがどんな人かは知らない。


――観光客かもしれない。


――管理者かもしれない。


――偶然ここへ迷い込んだ人かもしれない。


改行。


――でも、この環を歩いていると、不思議なことに気づく。


――急いでも。


――ゆっくり歩いても。


――いつか同じ場所へ戻ってくる。


ソラの指が止まる。


――だから僕は思うんだ。


――たまには遠回りしたっていいんじゃないか、と。


そこで文章はいったん終わる。


だが、下に小さな追記があった。


――この言葉を必要とする誰かが、いつかここへ来たなら。


――僕が最後の船を一本遅らせたことも。


――三日間、この環を歩いたことも。


――無駄ではなかったと思える。


「一本、遅らせた……?」


ソラは記録を検索する。


レナードは死んでいなかった。


三日後。


最終保守便でアルカディアを離れている。


その後、別の星で環境技術者として働いた記録が短く残されていた。


ソラは思わず笑った。


「何だ」


てっきり。


ここで死んだ人の遺言だと思っていた。


違った。


ただ、三日間。


遠回りしただけだった。


それが妙に嬉しかった。


「君は、逃げたんじゃないんだな」


最後に歩いた。


そして。


また人生へ戻った。


ソラには、その方がずっと救いだった。


足元でガイドロボットが、


ピイ――。


と長く鳴いた。


「これ、君も知ってたのか?」


ロボットは答えない。


だが、その青い目が。


少しだけ優しく見えた。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。