第8章 最後の三日間
翌朝。
旧中央制御室へ戻る。
個人記録保管庫のランプが緑になっていた。
扉が開く。
内部は小さかった。
記録媒体が何百本も並んでいる。
ほとんどは停止している。
その中。
一つだけ点灯。
『L.VAL-10 PERSONAL ARCHIVE』
ソラはアクセスした。
ファイル群。
保守日誌。
設計メモ。
住民からの苦情。
勤務表。
個人的な写真。
そして。
『FINAL 3 DAYS』
映像を開く。
画面に男が現れた。
五十代くらい。
黒髪に白いものが混じっている。
作業服。
深い隈。
その顔を見た瞬間。
ソラは、知らない相手なのに懐かしさを覚えた。
疲れた管理者の顔だった。
一日目。
『最後の住民が退去した』
レナードがカメラへ話している。
背後は、この制御室。
『環境維持システムは予定通り段階停止に入った。僕も今夜の便で移住船へ乗る予定だった』
少し間。
『でも、乗らなかった』
映像終了。
二本目。
レナードは旧中央駅にいた。
誰もいないホーム。
『理由を聞かれると困る』
レナードが笑う。
『三十七年間、この環を守ってきた。だけど僕が知っているアルカディアは、警告表示と数値と配管図だけだった』
彼はカメラを駅の外へ向ける。
『最後になって、歩いてみたくなった』
次の映像。
住宅街。
レナードは子どもの遊具へ腰掛けていた。
『ここ、初めて来たよ』
苦笑する。
『担当区域なのに』
また別の映像。
商店街。
『この店の環状焼き、評判だったらしい。食べておけばよかった』
次。
展望広場。
夜。
ソラが昨夜見た景色。
レナードは長い間、何も話さなかった。
星を映している。
やがて声だけが聞こえる。
『僕らはずっと効率を考えてきた』
『最短距離。最小資源。最速処理』
『もちろん必要なことだった』
風の音。
『でも最後になって思う』
カメラがゆっくり夜空を映す。
『最短距離しか通らなかった人生には、見えない景色もあるんじゃないかな』
ソラは息を止めた。
次のファイル。
テキスト。
『0300-RELAX』
一バイトの処理と接続されている。
文章が現れる。
――もしあなたがこのログを見ているなら。
――僕がいなくなったあとも、この環はまだ動いているのだろう。
――あなたがどんな人かは知らない。
――観光客かもしれない。
――管理者かもしれない。
――偶然ここへ迷い込んだ人かもしれない。
改行。
――でも、この環を歩いていると、不思議なことに気づく。
――急いでも。
――ゆっくり歩いても。
――いつか同じ場所へ戻ってくる。
ソラの指が止まる。
――だから僕は思うんだ。
――たまには遠回りしたっていいんじゃないか、と。
そこで文章はいったん終わる。
だが、下に小さな追記があった。
――この言葉を必要とする誰かが、いつかここへ来たなら。
――僕が最後の船を一本遅らせたことも。
――三日間、この環を歩いたことも。
――無駄ではなかったと思える。
「一本、遅らせた……?」
ソラは記録を検索する。
レナードは死んでいなかった。
三日後。
最終保守便でアルカディアを離れている。
その後、別の星で環境技術者として働いた記録が短く残されていた。
ソラは思わず笑った。
「何だ」
てっきり。
ここで死んだ人の遺言だと思っていた。
違った。
ただ、三日間。
遠回りしただけだった。
それが妙に嬉しかった。
「君は、逃げたんじゃないんだな」
最後に歩いた。
そして。
また人生へ戻った。
ソラには、その方がずっと救いだった。
足元でガイドロボットが、
ピイ――。
と長く鳴いた。
「これ、君も知ってたのか?」
ロボットは答えない。
だが、その青い目が。
少しだけ優しく見えた。




