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第7章 環状線の夜

旧展望広場へ向かう途中。


ソラは住宅区画を通った。


誰もいない家。


開いたままの玄関。


壁に残された家族写真。


家具は撤去された家もあれば、生活用品がそのまま残された家もある。


一軒の窓辺に、鉢植えがあった。


当然、三百年前の植物そのものではない。


鉢からこぼれた種が周囲へ広がり、部屋全体を小さな森に変えていた。


「人がいなくなっても、続くものってあるんだな」


『はい』


ロボットが答えた。


ソラは驚いて顔を見る。


「今の、質問じゃなかったぞ」


シングルアイが一度だけ明滅した。


展望広場へ着いた頃、リングに夜が訪れ始めていた。


アルカディアには、惑星のような自転がない。


昼夜は巨大な遮光装置によって作られている。


遠くの大地から、ゆっくりと影が伸びてくる。


街が暗くなる。


森が黒くなる。


やがて星々が現れる。


だが。


リングの反対側はまだ昼だった。


空の中央に、青い海と白い雲が逆さまに浮かんでいる。


一つの空の中に。


昼と夜が同時にあった。


「これは……」


言葉にならない。


ガイドロボットが広場の隅で止まる。


『夜間定時パトロール、完了しました』


腹部が開く。


小型暖房ユニット。


赤い熱源が灯った。


「そんな物まで入ってるのか」


『夜間観光客の低体温症予防用です』


「今まで何人に使った?」


沈黙。


「三百年で」


さらに沈黙。


ソラは笑った。


ベンチへ腰を下ろす。


風。


草の匂い。


金属の匂い。


遠くで水が流れている。


「君、ずっとここにいる?」


『運用開始から百十二万九千三百四十一日』


「長いな」


『はい』


「寂しくない?」


数秒。


『質問内容を認識できませんでした』


「だよな」


ソラは星を見上げた。


沈黙。


昔から苦手だった。


仕事場で一分手が止まるだけで不安になった。


何かしなくては。


メール。


ログ。


資料。


勉強。


予定。


何もしない時間は「無駄」だと思っていた。


いや。


誰かに言われたのではない。


自分でそう決めていた。


今は。


何もしない。


ただ星を見る。


それだけで時間が進む。


しばらくして、ソラが言った。


「レナードもここに来たんだ」


アクセス履歴。


最終日前夜。


この展望広場。


一時間四十二分。


作業記録なし。


「何してたんだろ」


ガイドロボットは、ゆっくりシングルアイを空へ向けた。


ソラも同じ方向を見る。


一筋の光が横切った。


輸送船。


流星のように見えた。


「遠回りコースの方が星が綺麗」


ロボットを見る。


「本当だったな」


ピッ。


青い光が一度だけ瞬いた。


その夜。


ソラは展望施設の簡易宿泊区画で眠ることにした。


仕事端末を枕元へ置いた。


だが。


電源は入れなかった。


眠る前。


昔のことを思い出した。


子どもの頃。


父親と乗った各駅停車。


急行なら三十分で行ける場所へ、わざわざ一時間かけて行った。


途中の小さな駅で降り。


名前も知らない川を見た。


父は言った。


「早く着くことだけが、出かける理由じゃないからな」


その言葉を。


ずっと忘れていた。


ソラは目を閉じた。


耳の奥は静かだった。


挿絵(By みてみん)

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