第6章 レナード・ヴァル=10
立入禁止区域の先は、空気さえ違っていた。
観光区画のように清掃されていない。
配管。
太いケーブル。
錆びた非常灯。
壁には古い文字。
『酸素循環』
『水資源制御』
『人工重力調整』
『気象管理』
リングワールドを世界として成立させるための生命維持設備。
「こっちの方が落ち着くな」
思わず口にした。
仕事場によく似ていた。
違うのは。
誰にも急かされないこと。
警告音が鳴らないこと。
ガイドロボットは一つの扉で止まった。
『旧中央環境制御室』
扉は半分開いていた。
中へ入る。
壁一面のモニタ。
巨大な操作卓。
三百年前の職場。
机の上にはマグカップが残っている。
底には乾いた染み。
椅子の背には作業着。
机の下には毛布。
引き出しの中には栄養バーの包装。
仮眠用の枕。
ソラは立ち尽くした。
「……同じだ」
自分の机にも似たような物がある。
カップ。
仮眠用ブランケット。
栄養補給食。
「三百年前でも、管理者は同じことしてたんだな」
笑おうとした。
けれど、うまく笑えなかった。
ガイドロボットが操作卓の横へ移動する。
カタン。
何かを床へ落とした。
金属製IDプレート。
ソラは拾う。
『主任環境システム技師』
『LEONARD VAL-10』
「レナード・ヴァル=10」
LV-10。
一バイトのコードの作成者識別子と一致した。
ソラは制御端末へアクセスする。
IDを入力。
古い記録。
閉鎖七日前。
住民退去率、八十七パーセント。
閉鎖三日前。
九十九・九パーセント。
閉鎖当日。
ゼロ。
それから。
奇妙なログ。
全住民退去後も、中央環境制御室だけが三日間稼働していた。
アクセスユーザー。
LEONARD VAL-10。
「全員が出たあと、三日?」
移動履歴を開く。
中央制御室。
食堂。
第三区住宅地。
旧中央駅。
展望広場。
再び中央制御室。
翌日も似た経路。
その翌日も。
最後。
個人アーカイブ室。
そこで記録が終わっていた。
「避難船に乗らなかったのか」
ガイドロボットは答えない。
「どうして?」
当然、答えはない。
ソラは部屋の奥を見る。
『個人記録保管庫』
扉を操作する。
反応なし。
端末に表示。
『補助電源容量不足』
『復旧予測:9時間18分』
ソラは思わず額を押さえた。
「九時間待ち?」
仕事なら許さない。
予備経路を探す。
電源をバイパスする。
強制起動する。
何としてでも今すぐ開ける。
手が自然に端末へ伸びる。
その時。
『休憩を推奨します』
ガイドロボットが言った。
「でも」
『復旧時間は短縮できません』
「それはわかるけど」
『次の観光地点まで十四分です』
ソラはロボットを見る。
急いでも。
結果は変わらない。
九時間。
なら。
「……わかった」
端末を閉じた。
「行こう」
それだけの選択が、妙に新鮮だった。




