第5章 一バイトの痕跡
旧市街のアーケードへ入った頃には、三時間近く歩いていた。
それでもソラは疲れていなかった。
仕事の後なら、駅から自宅まで歩くだけで億劫だった。
今は逆だった。
もっと先が見たい。
何があるのか知りたい。
そんな気持ちが少しずつ戻ってきていた。
その時。
古い公共情報端末の前で足が止まった。
「……待って」
画面はほとんど真っ暗だ。
だが右下だけが、規則的に光っている。
点灯。
消灯。
点灯。
「これ、生きてる」
ソラの声が変わった。
ガイドロボットが振り返る。
職業病だった。
気づいた以上、放っておけない。
バッグから仕事用端末を取り出す。
休暇へ入ってから、初めて電源を入れた。
社内ネットワークには接続しない。
古い規格の接続端子を探す。
幸い、変換アダプターが使えた。
ケーブルを差す。
「観光客がやることじゃないな」
ロボットがピッと鳴った。
端末内を読む。
ほとんどの記憶領域は破損していた。
しかしローカルキャッシュの一部だけが残っている。
定時処理。
実行時刻。
毎日午前零時。
『PACKET:0300-RELAX』
『DATA INCREMENT:1 BYTE』
「一バイト……?」
ほとんど情報とは呼べない。
文字一つに満たない場合さえある。
それなのに。
毎日。
三百年間。
途切れず処理されている。
回数を計算する。
十万回を超える。
「こんな無意味な処理を……」
通常ならエラー。
あるいはバグ。
だが違う。
コードは意図的に単純化されている。
何かを残すためだけの処理。
「メッセージだ」
ソラは呟いた。
「これ、誰かが意図して残してる」
作成者識別子。
一部だけ読める。
――LV-10。
その文字列が表示された瞬間。
ガイドロボットのシングルアイが激しく明滅した。
「どうした?」
『観光ルートを更新します』
「え?」
『次の目的地を変更します』
ロボットはアーケードの奥を向く。
そこには古い扉。
『関係者以外立入禁止』
「観光区域じゃないよな」
返事はない。
ガイドロボットが歩き始める。
ソラはその背中を見た。
今なら引き返せる。
宿泊区画へ行く。
観光地を見る。
何も考えず休む。
その方が正しい休暇かもしれない。
だが、知りたかった。
なぜ三百年間、一バイトだけが積み重なっているのか。
誰が。
何のために。
これは仕事とは違った。
誰にも頼まれていない。
締切もない。
成果報告もない。
評価もされない。
ただ、自分が知りたい。
その感覚が、ソラには嬉しかった。
「待って」
ロボットのあとを追った。




