第4章 遠回りコース
四角い胴体。
短い脚。
中央に大きなシングルアイ。
旧式のガイドロボットだった。
塗装は剥げ、車体は傷だらけ。
側面には、かろうじて「AC-17」という識別番号が読めた。
右脚の関節に癖があるらしく、歩くたびに、
コツ。
コツ。
と音がする。
ロボットはソラの前で停止した。
ピッ。
シングルアイが青く光る。
『お客様の乗車記録を確認しました』
「僕の?」
『観光利用者、一名』
カタン。
腹部のスロットから紙片が出た。
ソラは受け取る。
三百年前の日付が印刷されたペーパーチケットだった。
「今どき紙?」
『アルカディア中央区画観光記念券です』
意外にも質問に答えた。
ソラは少し笑う。
『目的地:中央プラットフォーム・最終休憩所』
ロボットが続けた。
『なお、本日の通常ルートはメンテナンス中のため、遠回りコースを推奨します』
「本日って、何年くらい続いてる?」
答えはない。
『遠回りコースは、通常ルートより三十二分長くなります』
「効率が悪いな」
『景観満足度は二・七倍です』
ソラはロボットを見る。
「それ、誰が測ったんだよ」
シングルアイが一回転した。
『そちらの方が、星の綺麗に見える区画ですので』
妙な言い方だった。
情報端末なら、
「展望区画を通過します」
で済むはずだ。
星が綺麗。
そこには、人間の好みのようなものが混ざっていた。
「荷物は自分で持つよ」
ソラはバッグを肩に掛け直した。
「遠回りコース、案内して」
ピイ。
電子音が少し嬉しそうに聞こえた。
『かしこまりました。お気をつけて、旅の続きをどうぞ』
旅。
ソラはその言葉を心の中で繰り返した。
これは仕事ではない。
調査でもない。
期限もない。
旅なのだ。
ロボットの後を歩く。
旧商業区へ入った。
両側に店舗が並んでいる。
服飾店。
書店。
食堂。
映画館。
ガラスの向こうには、三百年前の服を着たマネキンが立っている。
飲食店のテーブルには、空の食器が置かれたままだ。
一軒の店先で、ロボットが止まった。
『当地域名物、環状焼きを販売しておりました』
「どんな食べ物?」
『円形の焼き菓子です』
「そのままだな」
『中央に穴があります』
「さらにそのままだ」
歩いているうち、巨大な広場へ出た。
中央に時計塔がある。
針は止まっていた。
午後三時十二分。
「時計、壊れてる?」
『電力供給終了時刻です』
「三百年前の?」
『はい』
ソラは時計を見上げた。
人間にとっては、街は午後三時十二分で終わった。
だが。
植物は伸びている。
風は吹く。
生き物は繁殖する。
水は流れている。
時間は止まっていない。
人間だけが、ここからいなくなったのだ。
さらに進む。
高架が崩落していた。
通常なら近道できたらしい。
ガイドロボットは迷うことなく脇道へ入る。
狭い階段。
古い住宅地。
小さな公園。
遠回りというだけあって、ずいぶん歩いた。
ソラは自分でも驚いた。
苛立たない。
仕事なら「最短ルートはないのか」と真っ先に調べていただろう。
歩数。
時間。
効率。
すべて数字にしていたはずだ。
だが今日は、急ぐ理由がなかった。
公園の滑り台には蔦が絡んでいた。
砂場には小さな青い花が咲いている。
「ここ、子どもがいたんだよな」
『旧第三区住宅街。最大居住人口、一千八百四十二万人』
あまりにも大きな数字だった。
だが目の前にあるのは。
小さな靴の片方。
錆びた自転車。
壁に残された子どもの落書き。
数字よりも、その方が人間の暮らしを感じさせた。
壊れた橋へ着く。
眼下は森。
かつて街だったものを木々が覆い尽くしていた。
リングの大地は、その向こうからゆるやかに持ち上がり、空へ続く。
夕暮れが遠くから近づいていた。
『休憩しますか?』
珍しくロボットが疑問形で聞いた。
「まだ歩ける」
『景観ポイントです』
「そっちか」
ソラは手すりにもたれた。
遠回りしなければ、この景色を見ることはなかった。
その事実だけが、なぜか心に残った。




