第3章 誰もいないプラットフォーム
ホームへ一歩降りた瞬間、空気が変わった。
冷たい。
少し湿っている。
そして、静かだった。
列車の扉が閉じる。
銀色の車体が動き出す。
「ちょっと待って」
思わず口から出た。
もちろん列車は止まらない。
数十秒後。
車体はカーブの向こうへ消えた。
走行音が遠ざかる。
最後には何も聞こえなくなった。
ソラは、広いホームに一人きりになった。
「……本当に誰もいないんだな」
自分の声が反響する。
かつて一度に何万人もの乗降客を受け入れた駅だったらしい。
改札機が何十台も並び、巨大な電光掲示板や広告スクリーン、売店、待合室がそのまま残されている。
床には砂埃。
ひび割れたコンクリートの隙間から、青緑色のシダが伸びている。
柱を蔦が覆う。
風が吹くたび、葉が擦れた。
ホームの端へ歩いた。
錆びた線路。
遠くまで続く高架。
その上を小さな動物が横切った。
灰色の毛。
大きな耳。
二本の尾。
観光案内で見たアルカディア固有の人工生態系動物だ。
人が去ったあとも、生態系は残った。
「君たちの方が、今は住民なのか」
動物は当然答えず、草むらへ消えた。
カサリ。
背後で音がした。
振り向く。
古い案内端末。
消えていた画面が、淡いオレンジ色に灯っている。
『――ようこそ、アルカディア中央区画へ』
音声は少し割れていた。
『本日のおすすめ観光ルートは、旧モノレール展望台となっております』
「まだ動くんだ」
ソラが近づく。
端末はそれ以上何も言わない。
すると隣の自動販売機が突然震えた。
ガタン。
『お疲れ様です、お客様。冷えたミネラルウォーターはいかがですか?』
「水?」
ガチャン。
取り出し口から何かが落ちた。
ソラが拾う。
黄ばんだ空のプラスチック容器。
底には何も入っていない。
プシュー。
内部から情けない空気音がした。
ソラは数秒それを見つめた。
そして、笑った。
「空じゃないか」
誰もいない駅で声を出して笑った。
いつ以来だろう。
販売機は得意げに、
『ありがとうございました』
と答えた。
ソラはまた笑った。
それから、少し胸が痛んだ。
誰もいなくなって三百年。
それでも。
売る。
案内する。
掃除する。
待つ。
決められた仕事だけを繰り返す。
(ここにも、ずっと働いてる奴がいるんだな)
販売機の側面に手を置いた。
「お疲れさま」
不意に、その言葉が自分自身へ返ってきた気がした。
誰かにそう言われたかった。
あるいは、自分で自分に言う必要があったのかもしれない。
コツ。
遠くから音がした。
コツ。
コツ。
金属が床を叩く。
ホームの暗い端から、小さな影が近づいてきた。




