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第2章 天空の環

二日後。


ソラは地球軌道港発、アルカディア行き星間直通特急の窓際に座っていた。


荷物は小さなバッグ一つ。


着替え。


洗面用品。


携帯端末。


非常用バッテリー。


そして仕事用端末。


最後まで持っていくか迷った。


出発直前、ミナトにも言われた。


「休暇に仕事端末を持っていく奴、初めて見た」


「何かあったら困るだろ」


「その『何か』を俺らに任せるのが休暇なんだけどな」


結局、バッグの底へ入れた。


列車が軌道港を離れる。


窓の向こうで、地球が少しずつ小さくなっていく。


青い惑星。


白い雲。


夜側に散らばる都市の光。


これほど美しい景色なのに、最初の十分ほどソラは携帯端末ばかり見ていた。


社内メッセージ。


五件。


九件。


十二件。


指が画面へ伸びる。


その時、車内アナウンスが流れた。


『まもなくアルカディア重力圏へ進入いたします。右側座席のお客様は、ぜひ車窓をご覧ください』


客室の遮光ガラスが透明になる。


ソラは顔を上げた。


そして、息を止めた。


宇宙に巨大な弧が浮かんでいた。


最初は惑星の縁かと思った。


だが違う。


巨大な人工構造物が視界の端から端まで延び、さらにその先へ続いている。


「これが……」


リングワールド・アルカディア。


完成まで二百年以上。


最大居住人口、数千億。


直径数万キロ。


人類が「土地の不足」という概念を、一時的に忘れた時代の象徴。


列車が外壁ゲートへ近づいていく。


リングはどんどん巨大になり、やがて構造物ではなく、一つの世界に見え始めた。


外壁を通過する瞬間、車内が一度暗くなる。


数秒後。


再び光が差した。


ソラは言葉を失った。


内側に、空があった。


大地がある。


海がある。


都市がある。


そしてそのすべてが、遠くへ行くほど上方へ湾曲している。


地平線がない。


地面がそのまま空へ登っている。


頭上の遥か彼方には、リングの反対側の海が青い帯となって浮かんでいた。


そこにも雲があり。


都市があり。


山脈がある。


まるで世界が自分自身を抱きしめるように、円を描いていた。


「……すごい」


ありふれた言葉しか出なかった。


携帯端末が振動する。


仕事の通知。


ソラは画面を見る。


一秒。


二秒。


そして、電源を切った。


それだけで胸の奥に、小さな罪悪感が生じた。


ソラは窓の外へ目を戻した。


列車は森林地帯の上を進んでいる。


かつて住宅街だった場所らしい。


建物の間から巨大な樹木が伸び、道路を植物が覆っている。


自動清掃機が、誰も歩かない歩道を今も掃除していた。


遠くに小さな町が見える。


信号機は点滅している。


噴水は動いている。


けれど、人はいない。


「まだ、生きてるみたいだ」


向かいの席に座っていた年配の女性が、窓の外を見ながら言った。


ソラは振り向いた。


「昔、ここに住んでいたんですか?」


女性は首を振った。


「祖母がね。退去した時、まだ子どもだったそうよ」


「三百年前ですよね」


「長寿処置の初期世代だったから。祖母から母へ、母から私へ。話だけが残ってる」


女性は目を細めた。


「人間がいなくなっても、場所って案外しぶといのね」


次の観光駅で、女性は降りていった。


ソラだけが車内に残る。


列車はさらに旧中央区画へ向かう。


耳を澄ませる。


チリチリという音がしない。


代わりに聞こえるのは、車輪の一定の振動。


ゴトン。


ゴトン。


ゴトン。


仕事場なら、処理が一秒遅れるだけで苛立っていた。


だが今は、このゆっくりしたリズムが心地よかった。


『次は旧中央区画。旧中央区画です』


ソラはバッグを持って立つ。


乗客は他にいない。


列車が減速する。


窓の外に、古びた巨大駅舎が現れた。


壁面には、三百年前の文字がまだ残っている。


――WELCOME TO ARCADIA CENTRAL.


誰に向けたものでもなくなった歓迎の言葉。


扉が開いた。



挿絵(By みてみん)

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