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第10章 新しい旅

休暇の最終日。


旧中央区画のプラットフォーム。


最初に降りた時と同じ場所だった。


同じ柱。


同じひび割れ。


同じシダ。


同じ自動販売機。


ソラが近づくと。


販売機がガタンと動いた。


『お疲れ様です、お客様。冷えたミネラルウォーターはいかがですか?』


「もういいよ」


ガチャン。


また空容器。


ソラは笑った。


「だから空なんだって」


『ありがとうございました』


「こちらこそ」


空容器を回収箱へ入れる。


ホームの向こうから、列車の音がした。


銀色の車体が近づいてくる。


ガイドロボットはソラの隣にいた。


「ここまでだな」


『観光ルート終了です』


「そういえば、君の名前」


側面を見る。


AC-17。


「これ、型番だよな?」


『登録名称:ARCADIA CENTRAL GUIDE UNIT 17』


「長い」


『はい』


「セブンティーンでいい?」


シングルアイがくるりと回る。


ソラは笑った。


「ありがとう、セブンティーン」


少し間を置く。


「それから、レナードにも」


ロボットの青い光が瞬いた。


列車が停止する。


扉が開く。


『またのご乗車を、心よりお待ちしております』


ソラが一歩踏み出す。


『……それと、管理官様』


振り返る。


ガイドロボットがこちらを見ている。


『本日のステータスは「良好」です』


一拍。


『どうか、ご無理のないように』


ソラは黙った。


その言葉が最初からプログラムされていたのか。


レナードが追加したのか。


長い年月のどこかで偶然生成されたのか。


わからない。


わからなくていいと思った。


「了解」


ソラは答えた。


「君もな」


列車へ乗る。


扉が閉じる。


車体が動き出す。


窓の向こう。


セブンティーンが小さくなる。


最後に青い光が一度だけ瞬いた。


やがて駅が見えなくなる。


ソラは座席へ腰を下ろした。


仕事端末を開く。


通知は止めたまま。


メールだけを一通作る。


宛先。


星間インフラ管理センター。


――システムは正常。


入力する。


そこで止まる。


以前の自分なら。


――予定通り帰還します。


と書いただろう。


ソラは窓の外を見る。


環状線は、大きなカーブに差しかかっていた。


遠く。


展望広場が小さく見える。


遠回りしなければ。


知らなかった場所。


そこで見た星。


レナードの映像。


セブンティーンの赤い暖房。


全部。


最短距離にはなかったものだ。


文字を続ける。


――管理者は、もう少しだけこの美しい景色を見てから帰還する。


送信。


数十秒。


返信。


ミナト。


『了解。こっちは壊れてない。ゆっくり帰ってこい』


ソラは笑った。


続けてもう一通。


『あと、お前がいない一週間で新人がログ監視できるようになった。仕事取られたな』


「何だよ、それ」


小さく笑う。


以前なら。


自分がいなくても回ったことに、少し傷ついたかもしれない。


今は。


安堵した。


自分が休んでも。


世界は続く。


それは、自分が必要ではないという意味ではない。


一人ですべてを背負わなくていいということだった。


端末を閉じる。


ポケットへ手を入れる。


色あせたペーパーチケット。


三百年前の日付。


今ではどの路線でも使えない。


ただの紙。


それでも、捨てるつもりはなかった。


それはもう。


行き先を失った迷子の証明ではなかった。


いつかまた。


自分が急ぎすぎた時。


もっと速く。


もっと正確に。


もっと役に立たなくては。


そんな声に追われ始めた時。


遠回りを選んでもいいと。


自分自身へ思い出させるための。


小さな旅のお守りだった。


列車が速度を上げる。


巨大な環を走る。


進めば。


道はいつか、出発した場所へ戻ってくる。


だが。


同じ場所へ戻ったからといって。


戻ってきた人間まで。


同じである必要はない。


列車は旧中央区画を離れた。


頭上に逆さの海。


さらにその向こう。


リングの反対側に朝日が差し始めている。


少しずつ。


影が消えていく。


世界が明るくなる。


ソラは額を窓へ寄せた。


その時。


車内案内が流れた。


『次の目的地まで、通常経路で二時間十八分』


少し間。


『なお、展望軌道を経由する場合、到着は三十一分遅れます』


ソラは顔を上げた。


表示画面に二つの選択肢。


通常経路。


展望経路。


乗客が自由に選べるらしい。


三十一分。


以前なら。


迷う理由などなかった。


最短経路。


それ以外の選択肢は、見ることすらなかっただろう。


ソラは指を伸ばした。


――展望経路。


選択。


『到着時刻が変更されます。よろしいですか?』


ソラは小さく笑った。


「よろしい」


確定。


列車が静かにポイントを切り替えた。


本線から外れる。


窓の外。


まだ見たことのない海が現れた。


リング内壁に沿って、どこまでも続いている。


恒星の光を受け、水面が銀色に輝いていた。


その先。


空と大地の境目などない世界で。


道は大きく、大きく曲がっている。


ソラは窓の外を見つめた。


そして、もう時計は見なかった。


旅は。


まだ終わっていなかった。


挿絵(By みてみん)

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