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王太子殿下にお会いしましょう
王城の奥にある王太子殿下の執務室に向けて、お城の中をずんずか進んだ。
お城の中はきらびやかすぎて目が痛い。豪奢だけど何がいいのかわからんタペストリーとか、こんなとこ照らしてどうするシャンデリアとか、意味不明なものも多い。
がっしりとした石造りのお城の、そこかしこに置かれている絵画だとか置物だとかは、どう考えても高級品だろう。あの壺一個で我が家は半年食えるんじゃないかと、いらん計算を働かせてしまう。
セレナイト様について歩く私は注目の的だ。セレナイト様は見た目が目立つ人だから、役職のありそうな人から下働きの下女までみんな顔を知っているみたいだ。いつも一人でいる穏やかにこやか男が、女連れてしかも自分の色を身につけさせてる。あれ誰だ、と好奇心を刺激されて目立ってしまっている。
すんごい目立っちゃってるけど、みなさんごめんなさい。私モブだから。仕事終わったら即座に辺境に帰るから。そんなにざわざわしなくていいよ。できれば目を逸らして無かったことにして。
普段屋敷の中では仏頂面なもんで、相変わらず見慣れない穏やかにこやか仮面のセレナイト様は、重厚な扉の前で立ち止まった。ここが王太子殿下の執務室か。扉の前の護衛らしき人がセレナイト様の姿を確認して扉を開ける。
私はセレナイト様のエスコートを受けて入室した。
広い室内には高級そうな応接セットがあり、侍女が一人と護衛らしき人が二名待機している。王太子殿下の姿はない。あれ?
「アイサ、ここで待機してくれ。殿下をお呼びしてくる」
「わかりました」
セレナイト様が隣室に続くドアに向かった。王太子殿下はあちらなのね。
私は入り口のドアの傍で立ったまま待機していた。
侍女がそっと近づいて来た。
「お座りになってお待ちください」
「いえ、ここでいいです」
「そうおっしゃらずに」
「いいえ。王太子殿下がいらっしゃるまで、このままお待ちします」
「……そう」
侍女はふいに気配を変えた。唐突に空気が張り詰めたのだ。
私の顔に向けてぶん、と拳が飛んでくる。とっさによけたが二発目が追ってきた。
何何何何何、何なの? どういうこと??
二発目の拳をすり抜けて距離を取った。侍女がそのまま私に迫って来る。
私は手のひらを下から上に突き上げて侍女の顎を狙った。侍女が避けた瞬間に彼女の腕を取り反対にひねる。痛みで崩れ落ちた侍女の肩を膝で抑えこんだ。護身術である。
この間、数秒。
だから唐突に何? どういうこと? 私は敵認定されたの? 王太子殿下の刺客に間違われた?
侍女を取り押さえちゃった形のまま呆然としていると、突然手を叩く音がしてきた。
奥の執務室から出てきた銀髪の青年が、私に向けてにこやかに拍手していた。その後ろをセレナイト様が頭の痛そうな顔で従っている。
銀髪に碧眼の、少年の気配の残る男性。それがカルヴィン王太子殿下だった。
応接セットに座らされて、私はお茶とお菓子を振舞われていた。さっき床に組み伏せた侍女さんから。
聞けば殿下の護衛兼侍女として勤めている、子爵家のご令嬢だそうだ。私より身分が上だ。聞いたとたんに私は五体投地の勢いで謝罪した。やっちまったー!!
侍女さんは指示を受けて私を襲撃しただけだったため、逆に慌てさせてしまったが。
私の様子を観察してカルヴィン殿下はひたすら笑っている。涙を拭きながら(それくらい笑ってた)カルヴィン殿下が話しかけてきた。
「アイサ、面白い子だね」
「……恐縮です」
「ヘレンも……この侍女も同期の中では格闘は優秀な方なんだよ。アイサにはまったく歯がたたなかったね」
「私の故郷は……地理的に、紛争に巻き込まれやすい地帯なんです。女子でも護身術は身につけておきなさいと、おばあ様……祖母が言うものですから」
うちの領地は辺境の端っこだ。端っこということは隣の国と土地がつながっているということで。歴史をひもとけば、隣の国の領土になったこともあるような地域なわけである。だから隣国が侵攻しようとするとうちの領地を狙ってくることがある。
実際に私のおばあ様が子供の頃、我が家に兵士がなだれ込んできたことがあるそうだ。女子供は攫われるか、犯されて殺される。おばあ様は運よく逃げられたけど、姉弟や、おばあ様のお母様は、悲惨な目に合ったと聞いた。
だから、自分の身は自分で守れるようになりなさいと、小さいころから護身術を身に着けてきた。ちょっと指導が行き過ぎたのか、私の体幹が強すぎるのはそのせいだ。
私がそんな説明をたどたどしくすると、カルヴィン殿下はにこりと笑われた。うわあ、どっかの仮面と違ってナチュラルでさわやか。出るよね、人柄って。
「ある程度動ける子だと聞いていたから、侍女に仕掛けさせたんだけど。そんな理由があったんだね。突然で悪かったね」
「いいえ。驚きましたけど」
「パーティ会場の端から端までダンスしながら移動するなんて、信じられない報告を受けたけど。アイサだから可能だったんだね」
「いえ、あれはセレナイト様が無理やり」
「そうだね。無理やりやらされたんだよね。ひどい男だな、ラッセル」
……ラッセル?
聞きなれない単語に頭がバグりかけたが、紺色の男のフルネームを思い出して得心した。
セレナイト様は、ラッセル・フォン・セレナイト、がフルネームだった。そうだったそうだった。色んな名前覚えさせられたから、雇主の名前がこぼれてた。
セレナイト様は完全無表情のままカルヴィン殿下に答えた。
「……仕事を遂行したまでです、殿下」
「そういう割にはさ。自分の色のドレスをアイサに纏わせるとか、どういうつもりかな。アイサは私の婚約者候補なのに」
「アイサは便宜上の、婚約者候補です。カルヴィン殿下の決まったお相手ではありません」
「私を牽制してるの? らしくないね、ラッセル」
セレナイト様は無言だ。答えるつもりはないらしくそっぽを向いている。
それを確認して、カルヴィン殿下は再びにこりと笑われた。
「ラッセルが誰かに執着を見せるのは、アイサが初めてなんだよ」
「殿下」
「本当のことじゃないか。ラッセルは隙を見せないからつまらなくて。
アイサは私とラッセルの関係を聞いてる?」
「いいえ。セレナイト様は宰相補佐である、としか」
「大事な仕事を任せるアイサに、その説明を省くなんて論外だね。
ラッセルは私の直属の部下だ。仕事を覚えるために宰相補佐も務めている、というのが正しい」
「カルヴィン王太子殿下の直属、となると。セレナイト様は側妃様派閥、ということになるんですか」
カルヴィン殿下は側妃様の子供だ。ということは、カルヴィン殿下とセレナイト様は側妃様派閥になるわけだ。だったら、側妃様派閥に有利になるように動くものだと思うんだけど。
あれ? よく考えたら、婚約者候補を白紙に戻すなんて、側妃様派閥に有利な状況ではないよな。
カルヴィン王太子殿下が、ファリス侯爵令嬢を王太子妃に選べばいいだけのはず。どうして婚約者候補を、なかったことにしたいんだ?
私がもやもやしているのが分かったのか、カルヴィン殿下は少し身を乗り出してきた。
「どうして私の婚約者候補をなかったことにしたいのか分からなくなった、ってとこかな」
「はい。よくお分かりで」
「ラッセルの言う通り、アイサは敏いな。いい人材を見つけてきた。
なぜ私が婚約者候補を白紙にしたいのか。……私が側妃派閥じゃないからだよ」
……ん?
側妃様の息子が、側妃様派閥に属さない?
んん?
頭をひねりまくっている私に、カルヴィン王太子殿下は朗らかに笑った。
「あんな泥沼化している派閥になんて、入りたくもないもの。利用はさせてもらっているけどね。
私は、私の派閥を作っている」
「……!」
「私とラッセル、他十数名の弱小派閥だが。側妃派閥の狸じじいの言いなりなんて、まっぴらだ。私は私のしたいように動く。
今回の婚約者候補の件は、その筆頭案件だ」
「全部なかったことにして……主導権を握る?」
「ああ、いいね、アイサ。気に入ったよ。君はよく頭が回る。話していて気持ちがいい」
「……殿下、お控えを」
「うるさいよ、ラッセル。アイサは仕事で使っているだけで、君のものではないだろう。
私はただアイサを褒めたいだけだよ」
セレナイト様は苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
そういえばカルヴィン殿下の前では穏やかにこやか仮面かぶっていない。素のセレナイト様でいるんだ。
それだけ、自分をさらけ出して信頼しているということ。セレナイト様がそれだけ信頼しているなら、カルヴィン王太子殿下は信用できる人、ということだろう。
セレナイト様は、カルヴィン王太子殿下といい関係性なんだね。望んで殿下の部下でいるんだね。
その直後にカルヴィン殿下から「アイサと二人きりで話したい」と言われたセレナイト様は、さっきより苦くてマズイ苦虫を嚙み潰したような顔になった。
セレナイト様と王太子殿下が繋がってました、という回。裏事情ですね




