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お呼び出しを申し上げます。アイサ様、アイサ様、王太子殿下がお城でお待ちです。
夜会から一週間経ち。
私はセレナイト伯爵家のダイニングで、セレナイト様と夕食をとっていた。
この前の夜会以降、時間が合う限りセレナイト様は私と食事の時間を共にするようになった。
今までは私の自室に食事が運ばれてきてたんだけど、執事さんからダイニングルームで食事をするよう指示された。そうしたらセレナイト様も自動でついてきた。まあ、セレナイト家の主が自分ちのダイニングで食事するのは当たり前だ。忙しい人らしくて、朝夕のどちらかしか合わないことが多いけど、なんかいる。
セレナイト様はいつもの微動だにしない綺麗な無表情で、綺麗な所作で食事をしていた。この美しいテーブルマナーを見習えってことなんだろうか。
私、おいしいもの食べるとうっかり執事さんに感想言っちゃうからなあ。でも別にそれをうるさいとか注意してくるわけではないんだよなあ。
執事さんによれば、セレナイト様はこれでも私に気を使ってくれているらしい。食事の内容も北の辺境では手に入らないものなど使うように言われてるとか。あと、炭酸水飲み放題になった。
確かに食べたことないものいっぱい出てくる。今日のココナッツミルクのスープとか、なんじゃこりゃあと思ってた。白くて甘い香りなのに塩味のスープなんだ。なんじゃこりゃあ。
私は目の前のメインにナイフを入れた。今日のメインは子羊のパイ包み焼きだ。肉なんてそのまま焼けばいいものをなんでパイに包んで焼くのか意味わかんねえと思ってたのに、びっくりするほどお肉が柔らかくてジューシーだった。ついでにソースに果物とか入れてて意味わかんねえと思ったらこれがめちゃくちゃ美味かった。なんじゃこりゃあ。
「アイサ、君に呼び出しがかかった。明日、私と共に王城へ登城してもらう」
「なんじゃそりゃあ」
「王太子殿下直々の指示だ。偽の婚約者候補とはいえ、君に会ったことがないのはよくないだろうと」
「いや、どうせ婚約者候補を白紙にする計画なんだから、私は王太子殿下と接点なくてもよくないですか。王太子殿下もそれは知っているんでしょ」
「もちろん、この企画は私と王太子殿下の発案だからな。アイサには会う必要はないと、私もそう言ったのだが」
セレナイト様は鉄壁の無表情に、わずかに不満をにじませた。ぐいっとグラスのワインを空けた。侍女さんが追加のワインを注ぐ。
「王太子殿下にアイサの言動を報告したら、君に興味を持ったようだ」
「あなたね。王太子殿下に私のことを、どんな風に報告をしてくれよったんですか」
「アイサはいろいろと規格外だから。実物を見たくなったのだろう。
まあ、私が無理をさせたというのもあるのだが」
「あ、自覚あるんだ」
「無理が効くんだよな、君」
あの、私が半分宙を浮いていたダンスですね。
二度とするな。
「私からの話だけではなく、本人と話したいとおっしゃって」
「珍獣の観察じゃないですか」
「王宮には生息してないからな。野生の男爵令嬢」
「マナーは大体できてんだから、野生って言葉取り消せ」
「王太子殿下にも困ったものだ。殿下はとにかく、好奇心が強い」
「そんな命令、断ればいいのに」
「殿下の命令を断ったら、どんな難癖つけられることか。そしてどんな仕事を押し付けられることか。しばらく私は屋敷に帰れないだろう」
セレナイト様は憂いを帯びた雰囲気のまま、またワインを口にした。今日はなんだか酒量が多い。ストレスのせいだろうか。
屋敷内の人間は慣れてるからいいけど、少し酔ったセレナイト様は色気がだだ漏れている。艶っぽさでしっとりキラキラしている。
これ、その辺の居酒屋に置いといたら、男女問わず問答無用で押し倒されるんじゃないだろうか。
「セレナイト様、人前で飲酒は控えた方がいいですよ。その艶々の顔世間に晒すと、不特定多数に襲われて塵も残らなくなります」
「……私のことは、名前で呼べと言っているだろうが」
「だからあ、ファーストネームは無理だっての」
「君は至る所が無礼なくせに、なぜ私の名前は呼べないのだ」
「すんっごく、失礼なこと言ってる」
「失礼なことを言い続けている君が言うか」
「だって、ファーストネームで呼ぶのって、仲良くなった人でしょ。セレナイト様と私、親しくないじゃないですか」
セレナイト様は酔って艶めいた視線を私に向けた。男の人で綺麗で艶めいてるとか見たことないんで、胸がざわつくからこっち見ないでほしい。ただ、艶めいてはいるけど、機嫌は悪そう。イラぁっとした気配が存分に滲み出ていた。
セレナイト様はグラスに入っていたワインを飲み干した。結構な量が入ってたのに、一気飲みしたよね、今。本当に今日、飲みすぎじゃない? 酔っているせいか、私を見る目が熱いんだ。もう少し気を抜いて食事しようよ。
「……アイサは、私とは親しくない、と思っているんだな」
「事実でしょ」
「そうか。親しくないのか」
「まあ、雇用者と被雇用者の関係ですし」
「仕事だけの関係だと」
「いや、他に何かある?」
「アイサがそのつもりなら。
……明日、思い知るがいい」
え?
何、どういうこと?
とは思ったものの、私の目の前にデザートが運ばれてきて、そのひと皿に夢中になった。
小さなチョコケーキとパンナコッタにマンゴーソース。ライチとカットオレンジを添えて!
うひょー、なんじゃこりゃあ! 今日もおしゃんな皿だぜ、料理長さん! 結構腹いっぱいなのに、デザートは入っちゃうんだよな、これが。綺麗なデザートは乙女のエネルギーだわな!
うきうきとデザートを攻略にかかった私は、ジト目のセレナイト様の存在を忘れた。
もう、ここんちのデザート最高。
翌日、登城するために軽くドレスアップさせられた私は、憮然とした表情のまま馬車の前で待つセレナイト様の元へ向かった。
今朝しずしずとメイド長が持ってきたのは、ラメの入った濃紺のロングワンピース。その上に上品な薄めの空色のショールを重ねている。ピアスとネックレスは、ラピスラズリに金の装飾の入った、凝ったデザインのものが用意された。
大人っぽいきちんとした装いで、登城するには相応しいものだとは思う、のだが。
どっからみても紺色で仕立てあげられた、セレナイト様仕様の私、の出来上がりである。
私はセレナイト様を見上げた。紺色の髪で濃紺の瞳を持った伯爵様は、珍しく口角を上げて私を出迎えた。すげー、してやったり感が全面に出ている。
「アイサ良く似合うな。私の色に染まった、感想は」
「てめえ、ふざけんな。
なんでこんなの用意してんだよ」
「私の母が着道楽でね。屋敷の衣装部屋を探ればこれくらい」
「メイド長と濃密に画策したとしか思えねえな」
「今日は一段と口がキレているね、アイサ。本音がダダ漏れている君はとてもイキイキとしている。そばにいてとても爽快感を感じる」
「おい、あんた大丈夫か。特に、頭」
「ああ本当に、アイサは素晴らしい」
セレナイト様は私の顎を指ですくい上げた。放っておいても美形な顔がやたら近くで注目してくる。口角の上がった数多の令嬢を蕩かしてしまうだろう美しい仮面が、冷たい声を発生した。
「しかしながら、これから王太子殿下との面会となる。そろそろ分をわきまえた男爵令嬢の猫の皮、被ってもらおうか。
そういうの、得意だろう」
「……この都合のいい狡猾伯爵め……」
「本当に耳に心地よい減らず口だね。だが、君を黙らせる方法なら、いくらでもあることを忘れないように。具体的に今から実行してもいいんだぞ」
「……男爵家令嬢アイサ・ドゥ・カロライナ、ただ今より稼働を始めます」
「いいね、アイサ。いい子だ」
セレナイト様は珍しく目尻を下げて、私の頬をすっと撫でた。なんだか上機嫌な伯爵様を目の前にして、私はただ黙るしか無かった。
この人、なんでこんなにご機嫌なんだろう……。
おっと、王太子殿下出なかったぜ。
明日からは一話ずつ投稿します。




