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『王太子殿下と婚約するのはこの私!』を、ぶち壊すだけの簡単なお仕事です  作者: 工藤 でん


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4/13

ダンス、楽しい……よね?

 パーティ会場に音楽が流れ始めた。音楽隊の流暢な調べが会場を満たしている。ダンスタイムである。


 セレナイト伯爵が自然体で私をダンスに誘ってきた。キラキラした穏やかな風情で、軽やかに何気なく私と一曲どうですか、みたいな雰囲気を出している。まあ、作戦を遂行するために演技と欺瞞を盛り込める、詐欺師であるからして。


自分から女性をダンスに誘うセレナイト伯爵が珍しいのか、周辺から密やかな「きゃあ、セレナイト様がダンスにお誘いしてるう」という令嬢たちの声が聞こえた。密やかだけど全部丸聞こえだよ。


多分、セレナイト伯爵の真意は、彼女たちの期待に添った行動じゃないぜえ。

二人でこそこそ話すなら、密着して移動するダンスは都合がいい。私も踊れないこともないし。


 伯爵に手を取られ身体を寄せる。見上げると、周囲を騙くらかして平然としている穏やかにこやか仮面が私を見下ろしていた。

 うーん、やっぱ。きしょい。


「どうだ。婚約者候補の、実物を見た感想は?」

「やっぱ、あの二人の婚約話白紙にすんの、やめません? めっちゃ強そうな女子じゃん。穏便に白紙に戻すとか、無理でしょ」

「そうかそうか。

君の故郷の復興は、今を持って絶望的になったな」

「……ちくしょう、こっちの足元見やがって」

「アイサ、笑顔キープして。

 婚約者候補の彼女たちは、立場もプライドも高いところにあるから、心を折られた経験がないんだ。やるからには潔くぽっきりやらないとね」

「そのぽっきり役、セレナイト伯爵がやればいいのに。そういうの得意でしょ」

「私がやると私の立場が危うくなる。

君は立場とは無縁な人だろう?」

「へいへい、そうすね。田舎の男爵家は社交界関係ないですからね」


手を取られてターンを決める。昔やった淑女教育が活かされる日がくるとは。セレナイト伯爵のリードが上手いというのもある。仕事で夜会に出る度に、踊る機会があるのだろう。


なんならセレナイト伯爵は、夜会の度に美女と毎回踊りまくってるはず。この美貌ではお相手は引きも切らないだろうし。その後のお誘いとかも受けてるだろうし。私では想像もつかないような、大人の関係とかたくさんあるんだろうし。


なんだか、胸がもやもやしてきた。なんでだろう。

イライラとか、ムカムカとか、なんでこのタイミングで起こるのかな。セレナイト伯爵の女性関係なんて、私には関係ないはずなのに。


私は努めて仕事に集中することにした。

私は今、仕事中。セレナイト伯爵のプライベートには関与しません。この人が何人女たらしこんでようが、濃密な夜を取っかえ引っ変えで過ごしてようが、関係ありません。勝手にやってろ。


私は穏やかにこやか仮面を見上げた。いっそ、いい人そうに見えるのが腹立つ。


「夜会の最中に、あの二人のご令嬢が直接対立するような場面って、あるんですか」

「今まではなかった。だが婚約者候補が公にされてからは、お互いに意識を高めているようだ」

「一触即発かよ」

「……おや、あの様子では。今夜がその時かな」

「マジか」

「近づくぞ」


気づけば、ルミニエール公爵令嬢とファリス侯爵令嬢が、にこやかに相対しているのが見えた。後ろにはゾロゾロと派閥の令嬢を従えている。ご令嬢たちは何事かを囁きあってはクスクス笑ったりしている。小馬鹿にしたような雰囲気がとても女子っぽい。あー、嫌だ嫌だ。


傍に寄るのも嫌なんだけど、セレナイト伯爵は強引に彼女たちに近づいていく。対立の場が私たちのいる所からものすごく遠いんだけど。端と端なんだけど。

それでもセレナイト伯爵は進む。もちろん私とダンスをしながらだ。


「ちょっと、セレナイト伯爵! この距離を踊りながら縮めるの無理くない?!」

「アイサなら行けるだろう。思った通り君の身体はしなやかで強靭だ。体幹の強さは微動だにしないカーテシーで確認済みだからな」

「体幹関係ないじゃん! 足速いよ、ついてけないよ!」

「がんばれ。

あと、私のことは名前で呼べ」


長い足のセレナイト伯爵……セレナイト様が大きく一歩進めると、私には三歩分くらいなわけで。距離を補うために私は腰を持たれて半分輸送されている。これはダンスなんだろうか。搬送業務なんだろうか。


遠くに見える令嬢たちは、対立を深めているようだ。扇で口元を覆いながらルミニエール公爵令嬢がファリス侯爵令嬢に何か言ってる。さすがに聞き取れないな。

つんと澄ました様子のファリス侯爵令嬢が何事かを返すと、ぱっとルミニエール公爵令嬢の頬に朱が差した。ああ、もう、喧嘩始まっちゃってんじゃない? 何なの、なんて言ったの?!


「セレナイト様、あの二人、今まさに喧嘩始めてません?!」

「私のことは名前で呼べと言っただろうが」

「ファーストネームなんて呼べるわけないじゃん。

ていうか、今そんなこと言ってる場合か?」

「ああ、無理が利く相手とのダンスは楽しい。いくらでも遊べる。アイサ、すごくいい」

「だからこれ、ダンスじゃねえってば!」


セレナイト様は力ずくで二人に近づいていく。私はほぼ宙に浮いてるようなものだ。私の足、床についてる時間短くないか?


楽曲は終わりに差し掛かっている。ダンスも佳境に入っている。セレナイト様はにこやか鉄仮面のまま、腕力とリズミカルな足さばきで会場を移動していく。

しかもターンのタイミングでもないのに、私は回された。つか、投げられた。

ほっそいくせして腕力だけはあるよな、セレナイト様よ!


私はルミニエール公爵令嬢とファリス侯爵令嬢のど真ん中に、唐突に投げ込まれた形になった。ぽーんと放たれた私は、無様に転ぶこともなくなんとか着地はできたものの。


……ふざけんな、危ねえから! アドリブでやる軽業じゃないから! 人巻き込んで怪我とかしたらどうすんだ!

おいこらセレナイト、突然何してくれてんだよ、テメエ……


そのタイミングで、音楽隊の演奏が終了した。

ジャジャジャン、ジャン、ジャーーーン……!


私とセレナイト様は、ルミニエール公爵令嬢とファリス侯爵令嬢の間で、華麗にダンスを終えた。……ような形にどうにか収めた。

お互いに片手を胸に当て一礼する。


……じゃ、ねえよ、おい! 事故らなかったの奇跡だかんな!


私はバクバクの心臓のままセレナイト様を見つめた。腹の立つにこやか仮面は、私の手を取りながら周囲を見回していた。周囲にはたくさんのご令嬢がいらっしゃる。二つの派閥の取り巻きさんたちと、その他だ。


穏やかな濃紺の瞳は、ご令嬢たちのハートを綺麗に射抜いているようだった。ご令嬢たちの口から声にならない悲鳴と、「なんてこと。セレナイト伯爵よ」「わたしのこと見つめてらっしゃる」「まあ、今夜は一際お美しい」などの囁きが交わされている。


いや、これってお美しい? この鉄壁偽装笑顔の、世間あざむきエセ男が? たった今常識外れのダンスかました張本人だよ? こんなアクロバティックなぶん投げダンス、あなた方したいの? かなり危ないから。ねえねえ、ちゃんと見てた?


「失礼、お嬢様方。私の連れが失礼した」


しれっと、私のせいにした!


「田舎者なせいか、粗忽なダンスをするようだ。少し教育が必要だな」


テメーが投げたんだぞ?


「お嬢様方、この娘の有り余る勢いでお怪我などされていませんか? 」


その勢い、あんたの腕力で生み出されたもんだけどな!


ご令嬢たちは「いいえぇ」「平気ですわぁ」「セレナイト伯爵、今宵はご機嫌ですのね」などと言いながらセレナイト様を囲み始めた。鉄壁の穏やかにこやか仮面が私の手を離すと、私はぽんと人の群れから追い出された。

追い出された先にいたのは、セレナイト様とご縁を繋ぐ必要のない、二人の高貴なご令嬢。


ルミニエール公爵令嬢とファリス侯爵令嬢である。

うわ、近くで見ると威圧感あるわあ。気品の塊みたいなルミニエール公爵令嬢と、美貌の権化みたいなファリス侯爵令嬢。


私は黙ってカーテシーを披露した。なんせ身分が違いすぎる。


ルミニエール公爵令嬢が扇で口元を覆いながら、私に目を据えた。


「あまりお見かけしないダンスを披露されていましたわね。あなた、お名前は」

「アイサ・ドゥ・カロライナと申します。カロライナ男爵家の娘です」

「カロライナ男爵家……ファリス様、聞いた事ありまして?」

「いえ」

「辺境の辺境にある、小さな男爵家ですので」

「まあ。そんな遠い所からいらしたのね」

「聞いたことがないわけですわ」

「まさか、そんな田舎の娘が、カルヴィン王太子殿下の婚約者候補になるなんて」


ルミニエール公爵令嬢がひそやかに眉を寄せた。


……もう私の事、噂になってる。

仕事上の建前とはいえ、王太子殿下の婚約者候補だもんな。注目されてるのか。


ファリス侯爵令嬢は私の姿を、頭の先から爪先までじっくり観察している。綺麗なアイラインを引いた目はそもそもが大きくて迫力満点だ。そんな目でじっくり見られるといたたまれなくなってしまうよね。

ファリス侯爵令嬢は、ふと目を逸らすと小さくため息を漏らした。


「あなたのそのドレスは、どこで?」

「新しいドレスの仕立てが間に合わなかったので、セレナイト伯爵家にお借りしたものです。サイズだけ調整しました」

「私たち以外のもう一人の婚約者候補は、セレナイト伯爵の推薦と聞いていたけど……どういうおつもりなのかしらね」

「どういうつもり、ですか?」

「そのドレス、多少変化はつけてますけど数年前に流行ったデザインですわ。締め付けるドレスに対してシンプルな意匠で楽に着こなせますから、随分流行ったんですって」

「ああ、確かに着ていて楽ですね」

「シンプルなので、殿方が脱がせやすい仕様になっているのです」


……は?

ルミニエール公爵令嬢が咄嗟に扇で顔を覆った。金色の髪が少し揺れている。笑い声が出るのを堪えているようだった。

ファリス侯爵令嬢は綺麗にマニキュアされた指で私の肩口のリボンに触れた。


「意匠は可愛らしく見せてますけど、この両肩のリボンを解けばストンと落ちてしまいます」

「確かどこかのご令嬢が、意中の男性との逢い引き後に事件を起こしていましたね。急いで着直したものの、大勢の方の前でうっかりリボンが解けてしまって。ねえ、ファリス様」

「ええ、ルミニエール様。そのご令嬢はその事件から夜会に出られなくなりました。それ以来、この意匠のドレスは敬遠されるようになりましたの」

「殿方でその事件を覚えている方がいらっしゃったら、うっかりこのリボンを解きたくなってしまうやも」

「男性の悪戯心を刺激してますわよ」

「アイサ男爵令嬢? あなた、気をつけた方がよろしくてよ」


はああああああ???

なんだよこのドレス。

そんないわく付きなのかよ。欠片も聞かされてないぞ。

……あんのヤロー、セレナイト!

ついでに共犯者、メイド長ぉ!

あいつらああああ!!


可憐にエロチックってそういうことか!

分かっててやりやがったな!


これじゃ私、痴女じゃないか。露出少ないドレスに見せて、肩のリボン引っ張れば全部見える仕組みなんだろ。私今ポロリの危機なんだよね? どこのどいつだ、こんなドレス考えた奴。絶対脱がすの苦労したバカ男だろうが。


ヤロー、どこ行きやがったセレナイトめ。一発殴ってやる。殴った上で価格交渉だ。追加で報酬貰わなきゃやってられっか。


私は夜会会場を見回した。ちょうど作りこんだ穏やかにこやか仮面が、どこぞのご令嬢と華麗にダンスを終えたところだ。

てめえ、セレナイト! 一発殴らせろー!


私が拳を握ってセレナイト様に駆け寄ると同時に、セレナイト様も私に駆け寄ってきた。セレナイト様は振りかぶられた私の拳を受け止めて、そのまま拳を自分の頬に当てた。すりすりと私の拳がセレナイト様の滑らか頬にすりつけられる。にこやかながらも眉間に哀愁を添付しながら、セレナイト様はきゅっと私の腰を抱き寄せた。

なんだこいつっ! 手馴れ感、キモっ。


「ああ、アイサ。一人にしてすまない。心細かっただろう。大丈夫だったかい?」

「……あ゛?」

「マナーとしてダンスの誘いを断るわけにもいかないんだ。そんな顔をして。一人で寂しかったんだね」

「あ゛あ゛?」

「さあ、おいで。なんだか顔が火照っているようだね。庭園に出て外の風を浴びよう。この庭のバラは見事だよ」

「あ゛あ゛あ゛??」

「大丈夫だ、安心して。君の隣には私がいるから。

さあ行こう。さあさあさあさあ」


セレナイト様は私の腰を押しながら強引にテラスへ向けて歩き出した。

呆気に取られた王太子殿下の婚約者候補お二人が、私たちを見送っていた。



さあさあさあさあw

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