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王太子妃候補のお二人に会いに行こう!
ついでにセレナイト伯爵の二面性が露に。
本日も二話投稿します。
ルミニエール・ルイ・フェンニル公爵令嬢。
ファリス・オルクル・クインベール侯爵令嬢。
この二人が、王太子妃候補となるご令嬢である。
ルミニエール・ルイ・フェンニル公爵令嬢は現宰相の孫で、正妃様の姪にあたる。十七歳。もちろん血縁関係から分かる通り、正妃派閥である。
正妃派閥の目論見としては、ルミニエール公爵令嬢と王太子の婚姻により、正妃派閥を王太子の周りに配置し実権を握っていこう、というところだ。正妃様の産んだ第二王子を国王に推す政策も行いながら、現王太子が国王になった場合も想定して動いている。
そんなおじさん達の画策とは別にして。
ルミニエール公爵令嬢は王太子に熱烈に恋焦がれている人である。もともと王太子とは幼馴染でもあり、優しく振舞ってくれる王太子を未来の旦那様として認識し、育ってきた。
将来王太子様の隣に立つのはこのわたくし、そう思い続けて十七年。正妃教育も早い段階から始め、万全の態勢で臨んでいるのだ。血統の良さと本人の意識の高さは折り紙付きだ。
一方、ファリス・オルクル・クインベール侯爵令嬢は、金融大臣の娘で十九歳。派閥としては側妃派閥に所属する。資料にあった姿絵は、めちゃくちゃ美人。クールビューティ。
クインベール侯爵家が古くからの名家で大金持ちなこともあって、ドレスや持ち物は全て最新のものを取り揃えている。ご令嬢たちはファリス侯爵令嬢のドレスのデザインなどをどれだけ早く取り入れるかに躍起になっている。典型的な社交界のファッションリーダーだ。
つまり、社交界での若手の頂点にして、最も高いところで咲く高嶺の花である。その美貌と実家の太さに釣られて、良いとこの坊ちゃんからの求婚は引きも切らないという。
側妃派閥としては、ファリス侯爵令嬢が王太子に嫁ぐことで、次期国王の時代には覇権を握るつもりである。地盤固めとしてこの婚姻は重要な政策となる。本気度が高い。
セレナイト伯爵家の書庫で、そのような必要な知識を叩き込んで二週間が経った。
一日に一度はその整いまくった顔を見せに来ては、進捗を確認していくセレナイト伯爵である。ノルマだっていうから、私は毎日すごい量の情報詰め込んでるんだ。鼻から情報が漏れそうだ。なんとかこなしてはいるけどさ。
それを確認したセレナイト伯爵は、地獄の釜の蓋を開ける悪魔のような笑みを浮かべた。一瞬だったけど。
そして追加で書類を積み上げ始めた。これも覚えろという。社交界に連なる人、男性女性合わせて百人以上の名前と顔と階級、所属派閥と派閥内のポジション、家族構成に趣味嗜好など、そこまで覚える必要あるの?ってくらいの内容だ。トイレで排泄するたびに、何人かの情報が一緒に流れ出てしまっている気がしている。
ある日いつもの様に、セレナイト伯爵は綺麗な無表情で書庫に現れた。溢れた知識で脳みそ飽和状態の私は、セレナイト伯爵の美貌を鑑賞する余裕などまったくない。ああこいつまた来たか、ついでにこれも覚えとけとか言って宿題持ってくんなよこの鬼畜、くらいの心持ちでいたのだが。
「婚約者候補のご令嬢、二人が参加する夜会が開催される。二人の人となりと周囲の様子も観察できるだろう。アイサも私と参加してもらうことにした」
「はあ、夜会ねえ。私、夜会なんて行ったことないんですけど」
「いい機会ではないか。社交界の様子を覗いてみるといい」
「地獄を直に覗けってか」
「これもまた、仕事のうち。
……グリニッツ公爵家主催の夜会だから、食事は豪勢だぞ」
「よし、行きましょう」
王都で何がいいって、メシが美味いことだ。田舎では食べられないような珍しいものが当たり前に並ぶ。南国のフルーツとか最高だもん。この前マンゴーなるものを食べた。この世にこんなに甘い果物があるのかと、目を見張っておかわりした。
私はパーティ会場を夢想した。
セレナイト伯爵家のメシですらそんなんだから、公爵家の夜会メシはさぞ豪華だろう。しかも食べ放題だ。肉、魚、野菜はちょっぴり、あとはスイーツスイーツスイーツ。ケーキとかショコラとかプリンとか食べ放題。誰からも止められることのない、自分の好きなものばっかり食べ放題!
期待が膨らむっての。
「その食べ放だ……夜会はいつあるんですか?」
「今夜だ」
「今夜……今夜ー!? なんでまた急に今夜っ?!」
「私も支度のために早めに帰宅した。
アイサもすぐに準備を」
「できるか! そもそもドレスの支度すらできてないっての」
「うちのメイド長は優秀だ。なんとかする。
なあ、メイド長」
セレナイト伯爵の背後に静かに控えていたメイド長が、ゆっくりとお辞儀した。
「お任せください。アイサ様の体型は寸分違わずきっちりと把握済みですわ」
「さすがだな」
「あー……この前この人に無理矢理、服ひん剥かれた時のことだ……」
「採寸でございます、アイサ様。
さて、どのように仕上げましょうか、旦那様」
「私の隣でも霞まない程度に」
「旦那様の隣では、大抵の令嬢は霞んでしまいます。それなりに盛りませんと存在すら確認されませんが」
「セレナイト家の家名を汚さぬ程度の装いで尚且つ目立たぬように。意識しなければそこに咲いていることがわからんくらいが丁度よい」
「野の花の風情でございますね」
「気が向けば私が手折りたくなるくらいにはしておけ」
「手折りたく……旦那様、お隠しになられている本性が、ちょびっと漏れておりますよ。
しなやかにのびやかに、可憐にエロチック……かしこまりました」
「ねえ、今の会話、私のドレスの指示だよね? 私、いっこもついていけてないけど大丈夫?」
セレナイト伯爵とメイド長は同時に私を振り返った。二人とも同じ目をしていた。弄りがいのあるオモチャを手に入れた目だ。
「「楽しみだな」ですね」
そんな目で私を見るな!
……普通に、こえーから。
どんな格好させられるかビビっていたが、メイド長が用意したのは割と普通の若草色のドレスだった。コルセットで締め付けたりしない着やすいもの。露出が高いわけでもなく、リボンで留める箇所が多いくらいのシンプルなものだ。
なんだ、ビビって損した。普段より豪勢だけど気負うほどじゃないじゃん。
と思ってたら、夜会服姿のセレナイト伯爵が現れた。
深緑の渋めなディナージャケットはおそらく私の若草色のドレスと合わせたのだろう。紺色の髪をアップにセットしたセレナイト伯爵はかなり目を惹く。私と違って普段より豪勢にしただけで、やたらと完成度高くなるってどういうことだ。これがイケメンパワーなのか。なんか変に色気出てるし。
エロチックって、こういう男のこと言うんじゃないの、メイド長。ねえ、この人の見かけって、エロいよね。
そのまま馬車に乗って会場へ赴いた。
グリニッツ公爵の馬鹿でかい屋敷は馬鹿でかい庭園も備えられていた。今はバラが見ごろを迎えている。この夜会はバラを楽しむというコンセプトがメインだそうだ。
グリニッツ公爵邸で馬車を下りる瞬間に、セレナイト伯爵は豹変した。普段の機嫌の悪そうな無表情から、穏やかそうなにこやか笑顔に変貌したのだ。
本当に唐突に顔つきが変わった。こんな優し気な伯爵は初めて見る。おい、誰だお前。見慣れた冷徹宰相補佐どこ行った。屋敷で見かける氷の無表情はどうしたんだ。この穏やか好青年仮面が、仕事中のお前の顔なのか?
ははーん。性格悪いのを綺麗な見た目で世間を騙してんだな。ギャップえぐいっての。
エスコートするために伸ばされたセレナイト伯爵の手をとりながら、私は思わずつぶやいた。
「その顔、きっしょ」
「……仕事用の私の顔に難癖付けられたのは初めてだな」
「別に難癖じゃないですけど。個人の感想ですけど」
「君、自分の雇い主が誰なのか分かっているよね」
「ステキナ笑顔ガ、眩シイデス」
「そうだろう。間違っても会場内でボロを出すな」
ほら、性格悪い。
会場に入るとセレナイト伯爵をつけた貴族たちがどよめいた。セレナイト伯爵が女性をエスコートして入場するのは、かなり久しぶりなのだという。
事前に聞かされていたから動揺はないが、やっぱ注目度高いな。女性たちがレースやシルクの扇で口元を隠しながら、私たちを見てさかんに話をしていた。セレナイト伯爵と一緒にいるあの女誰、とか話してんのかな。後で絡まれる覚悟しておこう。
主催者のグリニッツ公爵夫妻に挨拶をしてから、セレナイト伯爵は私に飲み物を渡してくれた。にこやか仮面ながらも目は笑ってなくて、普段からこうやって仕事してるんだと思わされる。彼は鋭く見えないよう目線に気を配りながら、さりげなく周囲の説明を初めた。
「右手暖炉の近くにある女性の溜まり、わかるか」
「十人くらいの集まりですね。若い子多いな」
「……中央の金髪がルミニエール・ルイ・フェンニル公爵令嬢だ。正妃派閥の婚約者候補だな」
「はいはい。資料の絵姿の通りですね。思った通り優雅でいらっしゃる」
「正妃教育の賜物だろう。王太子殿下と結ばれるのは自分だと、誰よりも信じているお方だ」
周りのご令嬢の話に耳を傾け、品よく笑顔を向けているルミニエール・ルイ・フェンニル公爵令嬢。デコルテを広く取った乳白色のドレスにラメ入りのレースのストールを巻いている。女性らしさを見せながらも上品さを失わないコーディネイトだ。
ルミニエール公爵令嬢本人の所作も、気品と優美さで彩られている。しかし、太めのまっすぐな眉が、信念を貫く強い意志を持っている人に見える。王太子殿下の婚約者を諦めさせるのはかなり難しそうだ。
私は飲み物を一口飲んだ。
なんだこれ、めっちゃおいしい。酸味と甘みのバランスと、果実の香りがいい。スモモのシロップを炭酸水で割ってるのかな。王都は炭酸水もすぐ手に入るんだ。すごいなー。辺境の我が家でもほしいなー。
「アイサ、集中しろ」
「だってこれ、超うまいよ? もう一杯飲んでいい?」
「……うちの料理長に、普段から炭酸水を用意するよう言っておく」
「ぐふふ。これ屋敷で飲めるんだね。やったね。
……側妃派閥の方、ファリス・オルクル・クインベール侯爵令嬢は?」
「この会場で一番派手な女性集団の真ん中」
「あー……」
言われて一発で分かる。階段の下付近で原色に近いようなドレスの集団がいる。その中心で会話をリードしている女性。あの人がファリス・オルクル・クインベール侯爵令嬢か。すごく派手な美人さん。側妃派閥の婚約者候補だ。
栗色の髪をアップに纏め、光沢のある黒地のドレスに大きな赤いバラのコサージュを付けている。胸元はぐっと寄せられていて大きな胸を強調していた。似たようなデザインと原色寄りのドレス集団が、時代の最先端を担う女子たちなのだろう。
ファリス侯爵令嬢自身もすごく自信を持ってこの場に臨んでいるのが分かる。王太子殿下の婚約者候補に選ばれたことも自信につながっているのだろう。あの隙のない完璧令嬢の矜持を折るのか。うーむ。
いざ、へーんしん。
穏やかにこやか仮面、ただいま参上!
みんな、見た目に騙されるがいい。気付いたら下劣な罠に嵌められてるかもよ?




