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アイサのお仕事のお話です。
社交界、ドロドロの様子
貴族や富豪たちを中心に繰り広げられている王都の社交界は、数多くの夜会が開催され賑わいを博している。紳士淑女の社交の場として、欠かすことの出来ない催しである。
夜毎、着飾った紳士淑女が、出会いや交流を深めるために、様々なパーティに参加している――
……の、だが。
社交界は現在、緊張をはらんだ状況にあった。
もともと現国王陛下には、急遽国王に即位したという経緯がある。不慮の事故により国王と王太子が次々と亡くなり、父と兄の代わりに弟である現国王陛下に王座が決まったのだ。
王太子である兄君には婚約者がいた。未来の正妃予定であったその女性は、正妃教育の最中に王太子妃を退くことになった。
新たに国王として即位した弟君にも婚約者がおり、その女性が正妃として即位した。しかしながら、あまりにも短時間での正妃教育となったため、公的な仕事を任せるには不十分であった。
新国王は、兄君の婚約者であった女性を側妃として娶ることにした。正妃教育を受けていたその女性は、仕事をするのに十分な知識と教育を得ていた。新国王は、正妃に任せられるはずの公的な仕事を、側妃に任せることにしたのだ。
一時的な措置であったはずの公務代行は、長い期間側妃が行うこととなった。側妃の仕事にソツがなく、明確に国益につながったためだろう。
共に仕事をこなすうちに、国王は側妃に心を預けるようになっていった。国王からの多くの寵愛を受け、側妃は妊娠。王子を出産する。
その翌々年、ようやく正妃は妊娠するも流産。長らく妊娠の噂は無かったが、さらに数年後ようやく王子に恵まれた。
一方、その間にも側妃はさらに二人の姫君に恵まれ、今も王の厚い寵愛を受けている。
現在の社交界は、側妃が産んだ第一王子である王太子を支持する側妃派と、正妃の息子である第二王子を推す正妃派とで別れている。
両者の勢力は拮抗していて、危ういバランスで成り立っている。どちらに勢力が傾くか、今の社交界は緊張感のある空気で満ちている――
「……というのが、我が国の社交界の現状だ」
「つまり、正妃様と側妃様の二つの派閥でバチバチに喧嘩してるってこと?」
「まあ、分かり易く言うとそういうことだな」
「なにそれ、地獄絵図かよ。社交界関わりたくねえな」
「私だって嫌だ。だが、仕事に関わってくるとなると、話は別だ」
セレナイト伯爵は整った顔から完全に表情を消していた。無になって夜会に参加してんだな、この人。
この容姿だから夜会の現場では相当モテるだろうに。独身だって聞いてるから、女子からモテモテのウハウハで、調子に乗っててもおかしくないのに。
どうにもこの人は、舞踏会だの夜会だのを男女の出会いの場としてではなくて、仕事の場としか捉えてないようだった。
「現在、第一王子、王太子であるカルヴィン殿下の、婚約者を選考中だ。すでに二人にまで絞り、令嬢たち本人にも伝えてある」
「それが、私の仕事に関わることですか」
「勘がいいな」
「二人に絞ってんなら、あとは王太子様に選んでもらえばいいじゃないですか」
「政治も絡むことでもあり、王太子殿下本人の意思は必要ない」
「うわ、世知辛い。血も涙もない。さすが王族の結婚の話ね。
じゃあ、いったいどうやって決めるんです?」
「いや、決めない。全部なくして欲しいんだ」
……ん? 何言ってんだ?
私はじとっと宰相補佐を睨めつけた。
セレナイト伯爵は涼しい顔だ。特別変わったことを言っているつもりはないらしい。
「私たちはこの婚約自体をなくしていきたいと考えている」
「候補を二人にまで絞っておきながら、婚約は無かったことに、ってこと?」
「そうだ。穏便に白紙撤回の方向に仕向けるには、令嬢自ら辞退してもらう方法が最適なんだ」
「はあ」
「ところが、選ばれたご令嬢たちは、この婚約に乗り気でな。ここで王太子妃に選ばれたら、将来的には正妃となれる。女性としての頂点に立てる。家からのプレッシャーも相当かかっているだろうし」
「ははあ」
「君には、ご令嬢たちのやる気をきれいに削いで、平和的に正妃になるの諦めさせて欲しいんだ」
……やっぱり、何言ってんだ?
「王太子殿下は今年十七歳になられる。そろそろ婚約者を決定して、社交界を安定させたいとのお考えではあるが」
「……王太子妃選抜により社交界の勢力図を傾けて、一方の派閥に力が偏るような事態にはしたくない、と」
「やはり君は勘がいいな。
特に今回は、正妃派も側妃派も派閥の策謀が濃厚に流れている。拗らす訳にはいかない」
「だから、一回なかったことにしちゃおう。ってこと?」
「身も蓋もないが、その通り」
セレナイト伯爵は私を真正面から見つめた。
凍てついた濃紺の瞳で、淡々と業務連絡を紡いでくれた。
「婚約者候補二名の資料及び、社交界の勢力図と名簿については、我が家の書庫に積んである。頭に入れておくように。他に必要な情報があれば、この家の執事に頼むといい」
「えー」
「君……アイサは私の遠縁の親戚ということにしよう。花嫁修行としてセレナイト伯爵家に滞在していた。そんなタイミングで王太子妃候補に躍り出たと」
「私も婚約者候補になるってこと?
……あのなあ、こんな田舎者の身分の低い女が、たまたま王太子の婚約者候補になるとか。そんな偶然、ねえからな」
「婚約者候補の顔合わせは約一ケ月後。到着するのが遅いから、君の教育の時間が限られてしまった。なぜもっと早く来なかったんだ」
「だって、我が家の領地は辺境の最北端ですよ? 王都までの距離舐めんなよ」
「無理やりにでも知識を詰め込むしかない。しばらく外出はできないつもりでいろ」
「おいこら」
私は話を先に進めるセレナイト伯爵に待ったをかけた。話についていけてない。肝心の私が置いてけぼりにされている。
私が王太子妃候補になって二人の王太子妃を蹴散らして、しかも穏便に全部無かったことにする?
なんだそれ。普通に無理な話じゃない?
「婚約者候補白紙化の段取りについては、こちらで用意する。君はそれをなぞるだけでいい。簡単だろ」
「ちょっと待って。
その前に私、そんなわけのわからん仕事、受けるつもりないですけどっ?!」
「報酬はこれだ」
セレナイト伯爵は机に用意されてあった小切手を私に渡した。
見たこともない数字の並んだ小切手だった。ゼロがたくさん並んだ、田舎の橋の一橋や二橋、軽く架けられるくらいの建設費用が……
「……やらせていただきます」
「うむ。ちなみに出来高制だぞ」
「ちくしょう、金ぇ……」
「何、誰にでもできる簡単な仕事だ」
「じゃあ、テメエでやれよ」
「ふ。君は面白いな」
「何が」
「減らず口が」
セレナイト伯爵は私を覗き込んできた。濃紺の瞳がやけにきらめいている。凄まじく整った顔がすぐ近くに寄せられて、内心で大いにビビった。
この人、中身はともかく、めちゃくちゃ美形だ。
「私に対して媚びを売ることもせず畏れ入らない女性は久しぶりだ。興味深い」
「く、口が悪いだけですが」
「それは認めよう。だがそれも新鮮で刺激的」
「刺激的って」
「もちろん、誰に対してもそうであっては困るが。礼儀を尽くすべき相手には礼儀を尽くしてもらう。それは弁えているね?」
セレナイト伯爵はゾッとするほど怜悧な眼差しで私を見据えた。
伯爵の言った仕事内容的には、身分の上の人を相手にする仕事となる。侯爵や公爵、さらに王族の関係者様相手に、そんな態度は許さんぞ、ということだ。
私はコクコクと小さく頷いた。
だって、超怖い。美形の脅し。
大人しくなった私に小さく笑って、「いい子だ」と言ったセレナイト伯爵は、おそらく世間では悪い人に分類されるに違いない。
だって優しげな顔つきはきっと演技だし。私に興味ありそうに光る視線はわざとだろうし。尋常でない綺麗な見た目は、騙されてはいけないやつだし。
いや、私は騙されないぞ。
子供だからって簡単に騙せると思うなよ。
ビビり散らかすアイサちゃん。
アイサ十五歳は結婚適齢期、という設定です。現代の感覚だと幼すぎんだろがー、ですよね。二十歳超えると行き遅れ、という世界だと思ってください。




