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ルミニエール公爵令嬢、どうする?
「わたくしは王太子妃になるために、これまでたゆまぬ努力をしてきましたのよ!」
ルミニエール公爵令嬢のキンキンとした声が響いた。
自分が王太子妃になることを微塵も疑っていない声だ。王太子殿下と幼なじみであり正妃教育を受けてきた過去の実績から、確実に余裕をかましてこの場に臨んだと思われる。
私はルミニエール公爵令嬢に向き合った。
彼女に伝えることは、とても厳しい現実だった。周囲の人たちは教えてあげないのかな。
……あえて、教えてないのかな。
「ルミニエール公爵令嬢様。
王太子妃になるということは、将来的に国王陛下の隣に立ち、正妃になるということです」
「当然、そのつもりですわ。そのためにこれまでお勉強をしてきたのですもの」
「正妃の一番大事なお仕事は、お世継ぎを儲けること。次代の王様を出産することです」
「何を今更、そんな常識的なことを。
わたくし、妊娠、出産についても学んでいますもの。どんなことに注意したらいいのか、どんな栄養を取ればいいのかも存じております」
「その点において、ルミニエール公爵令嬢様は、王太子妃に向いておりません」
「だから、なんであなたはそんなこと……!」
「あなたの身体に流れる、高貴な血のせいです」
「……血?」
ルミニエール公爵令嬢は眉を寄せて私を見た。王族の方に多い金髪と青い瞳の彼女は、王家の特徴が色濃く出ている外見だ。高貴な血が濃厚に流れていることが分かりやすい。
「ルミニエール公爵令嬢様は、高貴な血筋に連なる方です。カルヴィン王太子殿下のいとこであるあなた様は、血が濃すぎる」
「……え?」
「濃すぎる血の婚姻は不幸を招きます。子供ができにくい上に、正常な子供が生まれる確率が下がるんです。身体的に正常でない子供が誕生する確率が高くなります」
ルミニエール公爵令嬢は真っ青な目を全開にした。本気で驚いている。まったく思いもしないところから刺されたような様子だった。
やっぱり周りの人間は教えてなかったんだ。教えないまま……ルミニエール公爵令嬢を使おうとしてたんだ。
「近親者同士での出産は、いけないことだと知ってますか?」
「それは……親と子とか、兄妹同士とかは、いけないことだと」
「それの、なぜいけないかは?」
「それは……あの、倫理的なことで」
「妊婦のお腹の中で、子供が正常に育ちにくいからです。だから、流産のリスクが高まるんです」
「……ひぃっ!」
ルミニエール公爵令嬢の顔色が変わった。
正妃様の流産の件も頭によぎったのだろう。
ああ、やっと身に染みてきたんだな。
私は淡々と情報をなぞる。
「もし出産にまでこぎつけたとしても、その子供はすぐに亡くなってしまうことも多いです。生きながらえたとしても、先天性の異常児であったりします。目が見えなかったり、うまく話せなかったり、指が無かったり多かったり」
「……いやぁ」
「妊婦さんの身体へも負担がかかります。流産の処置がうまくいかなければ、次の妊娠は望めない身体になることもあります」
「そんな……」
「現王妃様は国王様のいとこでいらっしゃいますね。さらに王妃さまのご両親も王家に連なる方同士でのご結婚だったとか。王族の親族の方にはありがちですけど、とても血が濃いんです。
大きな声では言えませんが、現王妃様は流産のご経験があられる。公式では流産は一回ですが、実はもっとありました。出産したもののかなりの早産だったこともあるようで。生まれたが先天性疾患で闇に葬られたとか」
「ああ……」
「何度目かの妊娠で第二王子殿下を出産されましたが、重いお産のせいで次の妊娠は望めなくなりました。そのせいで国王陛下の夜のお渡りは、現在行われておりません。国王陛下が側妃様にご執心、というのもありますが」
ルミニエール公爵令嬢は涙目になった瞳を私に向けてきた。私を睨みつける気概は、身分が高い故の矜持だろう。気を強く持っていないと、自分を保っていられないのかもしれない。
「もし、わたくしが、子供を産めない身体になったとしても。カルヴィン様は……カルヴィン様なら、わたくしのところにいらっしゃるわ」
「そうですね。殿下はお優しいですからね。
しかしながら、側妃は確実にお召になるでしょう」
「……なぜ……どうして、そんな酷いこと仰るの……!」
「国王陛下のお仕事には、お世継ぎを残すという大事な仕事がありますから。国の根幹に関わる事業です。側妃一人ではダメなようなら、二人三人と増やしますよ。カルヴィン殿下が嫌がってもそうなります。国策ですもの」
「いやっ、だめよ、そんなのっ! カルヴィン様はそんなこと望まないもの!」
「王子様であろうと、個人の我儘が通用する世界じゃないですよ、宮廷内は」
「私は、カルヴィン様の子供を産むの。私はそのために……!」
「道具のように使われますよ」
「……っ!」
私は敢えて冷徹に伝えた。宮廷内の事情はある程度耳にしている。煌びやかに整えられた舞台装置の裏側は、打算と暗い憶測がはびこる美しくない世界であることを知っている。当の本人であるカルヴィン様が、口を歪めてそう言っていたのだ。
「ボロボロの身体になっても、宮廷は正常な王子を産むまで、ルミニエール公爵令嬢様を酷使しますよ。何度流産しようが、次を求めてきます。あなたの身体が悲鳴を上げても聞きません。
カルヴィン殿下も無理を承知で求めてくるでしょう。だって宮廷の指示に従わざるを得ない。なにせ、国のためですから」
「いやぁ……」
「身体を壊しながら、身体を壊すための行為を続けるルミニエール公爵令嬢を、私は見たくない。カルヴィン殿下を想う純粋な気持ちが、どす黒い宮廷の意図に染められてやせ細っていく様など見たくないのです」
「……」
「今ならそんな未来を回避できます。ルミニエール公爵令嬢様のお身体に負担のかかるような政策は、回避するべきです。
……婚約者候補を、辞退していただけますね?」
ルミニエール公爵令嬢はポロポロ涙を零した。
泣きながら目の前のお菓子を私に投げつけてきた。癇癪を起こした子供みたいだ。たくさんあった焼き菓子が私にぶつかりながら床に落ちていく。
仕方ないよなあ。ルミニエール公爵令嬢は、小さな頃から王太子妃になるつもりだったからなあ。そして今もカルヴィン様に恋してるんだもんなあ。
私は私にぶつかって落ちていく、焼き菓子に目を落とした。もったいない。おいしいお菓子なのに。撥ね付けられて落とされて。落ちたから食べてもらえないお菓子たち。
ルミニエール公爵令嬢は、ファリス侯爵令嬢に宥められて泣き崩れた。ファリス侯爵令嬢はルミニエール公爵令嬢の手を優しく拭いている。「この世には、どうにもならないこともございます」と、穏やかな口調で慰めているファリス侯爵令嬢は、優しい。
しばらくグスグス言っていたルミニエール公爵令嬢だったが。涙を拭くと、力のない顔を私に向けてきた。涙とともに矜持や敵愾心が解けて流れて、やるせない気持ちだけが残ってしまったようだった。
「……わたくしとファリス様は、王太子殿下の婚約者候補から外れて、あなただけが選ばれた。あなたがカルヴィン様の婚約者になるつもり?
そのためにこんな意地悪したのなら。もしそうならば……酷いわ」
「私もそう思ってしまいましたよ、アイサ男爵令嬢。この場であなただけが無傷だもの。これはあなたの作戦なの?」
「わたくしとファリス様を貶めて、あなただけがカルヴィン様と結ばれるというの? あの方の愛を独り占めする気?」
「あなたが一人勝ちするために、用意周到に仕組んできた企み、としか」
ファリス侯爵令嬢も私を不審な目で見ている。
私は立ち上がって、姿勢を正した。それから、二人に美しく見えるようにカーテシーを行った。身分の低い娘が身分の高い人へ向けての正式な礼である。ピシリと身動ぎのない姿勢を維持した。
「私、男爵令嬢なんで、身分が低すぎて、王太子妃にはなれません。ここにいるのだって場違いなんです」
「それなら、なんでここにいるの」
「私なんか、ただの数合わせですよ。誰でもよかったんです。
偉い人としては、三名の候補者から王太子妃を選んだ、という建前が欲しかったのでしょう」
「建前……ただの、数合わせ……!?」
「大人の世界は建前の方を重要視する傾向がありますからねえ。公式文書に記載する際、三人の候補者と綴りたかったんでしょ。
私は手ごろに使える駒として、セレナイト伯爵に連れてこられただけです。そして、たまたまお二人の事情を耳にして、黙っていられなかっただけなんです」
ご令嬢方は呆気にとられているようだった。大人の事情、がこんな事にも適用されるなんて、という所だろう。婚約者候補を三人も用意して精査した、という実績作りのための私だ。
私はまだ涙目のルミニエール公爵令嬢に近づいて、こそっと耳うちした。ルミニエール公爵令嬢はなんだか警戒しているようだったが。
別に私だって、ダメ出しだけしようってんじゃないのよ。このままサヨナラしたら寝覚め悪いじゃん。ちゃんと落ちはつけられるように計画してきたのだ。
「ルミニエール公爵令嬢様。
実は、公爵家、侯爵家の令息で、ルミニエール公爵令嬢様と血縁のない男性の、優良物件リストがございます。王家の血筋と関係の無い結婚でしたら、ルミニエール様は幸せな結婚が望めますから」
「王家の血筋ではない……そんな方との結婚……」
「ルミニエール公爵令嬢の血が王家に近いのなら、王家と無縁の血筋を選べばいい。ちゃんと子供も望めます」
「……そうなんですの?」
きょとん、とルミニエール公爵令嬢が私を見返してきた。散々流産だなんだと脅された相手からの言葉に、戸惑っているようだった。
私はごく当たり前のように頷いた。
「もちろんです。
こんないい女、結婚しないなんてもったいないですよ。身分は公爵家か侯爵家くらいならば、釣り合いがとれますでしょう。選りすぐりの男性リストを後ほど届けさせます。
調べてみると、ルミニエール公爵令嬢様の、男性受けはとてもよくて」
「……え? わたくし?」
「教育がきちんとされた清楚なお嬢様、ということで、あなたに憧れている男性がたくさんおられます。今まであなた様は、王太子妃になるであろうお方でしたから、男性側は遠慮されていたようですが。
カルヴィン王太子殿下との血縁の関係上候補を降りた、と知られますと、求婚者が引きも切らなくなるでしょう」
「わ、わたくしに憧れている男性が、いらっしゃるの……?」
「身分の低い男性も含めると、かなりたくさんいます。清楚系女子は男性受けがとてもいいですからね。
初恋は叶わぬもの、と昔から言いますし。
ルミニエール様にはこれから素晴らしい出会いが待ち受けているのだと思います。だって、ルミニエール公爵令嬢様は、とても素敵な淑女ですもの。私が男なら、ルミニエール様を選びます」
私の言葉に、ファリス侯爵令嬢が深く頷いた。
「ええ、私もそう思います。ルミニエール様とはまともに戦って勝てる相手ではないと思っていました。
新しい出会いを探すことに、一歩踏み出してみてもよいのではないですか。カルヴィン殿下だけが男性ではないですもの。
応援してましてよ、ルミニエール様」
「ファリス様……」
ルミニエール公爵令嬢の肩をそっと抱くファリス侯爵令嬢。顔を見合せて微笑む様子は、絵画の中の幸せな少女たちのよう。いい絵だねえ。
ふいにルミニエール公爵令嬢が私の手を取って引き寄せた。私の手を包み込む。ファリス侯爵令嬢も私の肩を抱き寄せた。
イタズラめいた微笑みを浮かべたファリス侯爵令嬢が、声を潜めて口を開いた。
「私たち、カルヴィン殿下の婚約者になる事は叶いませんでした。
カルヴィン王太子殿下にフラれた者同士、私たちお友達になれそうだわ」
「まあ。今わたくしも、そうなれたらいいなと思っていましたの、ファリス様」
「アイサさん、あなたのことも応援してますのよ。本当は、あの扉の前にいらっしゃる方が本命でしょう」
「セレナイト伯爵ですね」
悪戯っぽく微笑む二人のご令嬢。セレナイト様にまでは声が届かなかったみたいだ。
私は慌ててブンブン首を振った。
「いや、何言ってんですか。違うから!」
「でも、セレナイト伯爵のあの眼差しは」
「そうですわよね、ルミニエール様。どう見ても恋する男が一途に想いを捧げる相手を見る眼差しよね」
「あれは、私を監視する仕事の鬼の視線です……」
「まあ、照れ隠し? 見たら分かるのに」
「アイサさん、お可愛いわ」
「ルミニエール公爵令嬢様、ファリス侯爵令嬢様!」
二人のご令嬢は花が咲いたように華麗に微笑んだ。社交界を彩る高嶺の花の二人が、光を放つがごとく華やかな様子で私の顔を覗き込んできた。
やだ、目が潰れる……。
「私「わたくしのことは名前で呼んでくださいな」」
……ということで。高貴な身分のお友達が、二人増えました。
なんでだろう。
ここ最近の傾向なんだが。
どうしてどいつもこいつも、私に名前を呼ばれたがるんだ?
アイサのお仕事、終了!
お疲れ様!




