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まずは、ファリス侯爵令嬢から
「この一か月、お二人のことをいろいろ調べてみたんです。その結果、王太子殿下の婚約者としては、問題視するべき要因があると判断しました。
どのような要因か、私の話を聞いていただけますか?」
私の言葉にルミニエール公爵令嬢とファリス侯爵令嬢は憤りは感じたようだが、黙って続きを促した。聞いてくれるらしい。
目は怖いけど。納得いかなかったら不敬罪で、我が家をお取り潰しにしそうだけど。
私は頭の中の知識を引っ張り出す。調べたのは私じゃなくてセレナイト様とその他大勢だけどね。色んな情報を集めて推測して裏を取って、カルヴィン様とセレナイト様がまとめ上げたものだ。
「えーとまず、ファリス侯爵令嬢様は。
クインベール家として、そして側妃様派閥として、なんとしても王太子妃にならなくてはならないんですね。側妃様派閥の思惑としては、正妃様派閥の現政権からスムーズに政権が交代できるように、ファリス侯爵令嬢様が王太子妃になることは必須、ってことですよね」
「そうですわ。ちゃんと覚悟も教養も備えてきましたもの」
「王太子殿下のお覚えもめでたいですし?」
「殿下にはとてもよくしていただいておりますわ。お優しい方ですから、とても気を使っていただいて。私も、殿下のことを素敵な方だとお慕いしておりますし」
「そうなんですね。もう何度か交流をされていると」
「ええ。殿下は男性としても、為政者としても、素晴らしい方でございます」
「ふーん。男性としてしても、ねえ。
……ファリス侯爵令嬢様には、他に好きな男の人がいるのに?」
ファリス侯爵令嬢は喉の奥で息を殺した。
すっと顔色が変わっていた。
私は気の毒に思いながらも、頭の中で情報のページをめくった。
「好きな方なんて……そんな方はいませんわ」
「お名前は差し控えますが、学生時代の一つ年下の御学友で、大変優秀な方と親しくされているとか。身分はそれほど高くない家の次男で、いまだに文通をされていると」
「……」
「ファリス侯爵令嬢様が王太子妃候補になったことで、その男性から文通はこれまでにしようと切り出されたようですね。
それでも、ファリス侯爵令嬢様からは、今でもお手紙を出し続けていらっしゃる。繋がりを切りたくなかったのでしょうか」
「なんで……」
「その男性、ご本人に直撃しました。本当はお返事を書きたいのだけれど、王太子妃候補となられた方に手紙をお返ししては醜聞になってしまう。絶対にお返事をしないと、心に決めているそうです」
ファリス侯爵令嬢は顔を背けた。荒々しい仕草に違和感があった。怒ったそぶりに、本心が透けて見えていた。
「あくまで文学上の意見を交わしあっていた方ですもの。私にやましい所などございませんわ」
「そうですか。
もちろん、その男性と肉体関係があったなどと邪推はいたしません。プラトニックな関係であったことは調査済みです。あくまで、御学友同士での交友で、友としてお互いの意見を語り合った仲なのですよね。
その文学論が、お互いの認識を高め合う最高の刺激だったとしても」
「……」
「いちおう、その男性が言うにはですね。いただいたお手紙は何度も読み返してますって。辛くなるのに読み返さざるを得ない。愛しい人の綴る文字を見てはその人を想い、手の届かない高みに立つ彼女との距離に絶望している。毎日手紙を読み返してはかなわぬ想いに打ちひしがれ、自分の醜い執着に嫌気が差すと」
「……!」
「学業にも支障が出ていて、毎日が闇に閉ざされている。初めから高値の花だと近寄らなければよかったと、本当のあなたを知らなければよかったと。自分にだけ心を許してくれたあなたが、脳裏から離れないのだと」
「……あ」
「一人の有望な男性の未来を、閉じてしまいましたね、ファリス侯爵令嬢様。あなたを恋い慕うあまり。あなたの愛を感じてしまったばかりに、彼は今も前に進めないままでいます。
罪深いです、ファリス侯爵令嬢様。あなたに恋する男性を、あなたの手で絶望の底に突き落として、しかもそのまま忘れてしまうなんて」
「忘れてなんて……」
「ファリス侯爵令嬢様は、そんな方はいないとおっしゃいました。もう過去のこととして葬り去ってしまった記憶なのですね。
彼は一時も忘れることなく、愛し続けているのに……今、この時もです」
「ああ……」と声を漏らして、ファリス侯爵令嬢は両手で顔を覆った。
いい女だよなあ。
綺麗な上に頭もよくて高潔。人を従わせるカリスマ性と集団の中で己を磨き上げる努力家。本当なら王太子妃にうってつけよねー。もったいないよねー。
でも、側妃様派閥の思惑がからんでくるとなると、話は別だ。カルヴィン王太子殿下としても、個人の魅力や能力だけでは、妃として選択できないわけで。
だから、他に好きな男性がいるというファリス侯爵令嬢の弱点を突かせてもらった。好きでもない王太子殿下に嫁ぐなんて、女性の心としては不幸でしょ。もっと幸せになれる道があるでしょ。
私はさらに脳内の情報ページをめくった。
ちゃんと進むべき逃げ道は用意しているよ。引き裂かれたままなんて、寝覚めが悪いじゃない。
「ファリス侯爵令嬢様、この件はお父様のクインベール侯爵様はご存じないですか」
「父は、彼のことは絶対知りません。そんなこと、知らせるわけがないでしょう」
「そうですよねー。
調べていく段階で、ファリス侯爵令嬢様のことが大好きだというその男性が、高級文官の候補生に抜擢されていることが分かりまして。すごくできる人なので、正妃様派閥と側妃様派閥の間で取り合いになってるみたいなんです。水面下でね」
「それは……」
まだ涙目のファリス侯爵令嬢が私を見つめた。知らない情報のようだった。
「さらにこれは、よくご存じかと思いますが。
クインベール侯爵様は、昔から娘をかなり溺愛しておりまして。それはもう、目に入れても痛くないとはこのことか、くらいの溺愛振りで」
「……はい。お恥ずかしい……」
「愛娘のピュアな純愛を切々と語られたら、どうなるかなあって。しかもお相手は正妃様派閥と取り合いになっている、出来のいい好青年。文官として相当の地位を目指せる青年です。
ここはね、ファリス侯爵令嬢様の腕次第だと思うんですよね」
「私の……腕ですの?」
「先ほどのご高説、素晴らしかったです。
もしファリス侯爵令嬢様がお相手の方とご結婚されれば、有能な文官を正妃様派閥からもぎ取れますし。クインベール侯爵様としても、悪い手ではないのでは?
次は、ご自分のために、そのご弁舌をお父様に向けて使われてみてはいかがですか」
ファリス侯爵令嬢は、長く考え、考え続けて。血の気の引いていた頬をキリリと引き締めた。
ファリス侯爵令嬢は、こくんとうなずいた。乙女の心は好きな人と将来を歩むという、貴族の子女としては望みにくい、女性としての幸せを掴む欲求に傾いた。
「私は、王太子妃候補を、辞退いたします」と、小さな声で宣言した。
パチリと、扇を広げる音がした。
ルミニエール公爵令嬢が、勝ち誇ったように微笑んでいた。
「王太子妃候補をご辞退されるのは、英断でございますわ、ファリス様。あなた様の恋が実るよう、わたくしも応援してましてよ。
安心してくださいませ。あとは全てわたくしにまかせていただければよろしいのよ」
顎を上げて微笑む、自分の天下と確信したルミニエール公爵令嬢である。この方もちゃんとポッキリと折らないといけない。
私は、光に満ち溢れた未来を夢見るご令嬢を、なるべく感情が乗らないように注視した。
「ルミニエール公爵令嬢様。あなた様こそ王太子妃候補を下りた方がよろしいかと思われます」
「何をおっしゃいますの! わたくしは王太子妃になるために、これまで努力してきましたのよ!」
「それでも、あなた様のことを案じれば案じるほど、王太子殿下の配偶者には向いていないのです」
私は頭の中にある、ルミニエール公爵令嬢についてのページをめくった。
こちらはなかなか辛い情報だった。
ファリス侯爵令嬢が、純愛貫き型恋する乙女でよかったよかった。
次回はルミニエール公爵令嬢との対決です。




