クロエ、暴走17
何やってるんだ、私は……。
「申し訳ありませんでした。おっしゃる通りです」
菊子は日向に頭を下げる。
日向は興奮冷めやらぬ、という風に息をついで菊子を見ていた。
菊子は下げていた頭を上げて、「これからは気を付けます。でも」と言った。
「でも?」
まだ言いたい事があるのか、とでも言わんばかりに苛立った日向の声。
それが菊子の胸をちくりと刺す。
怯みそうになる威圧感が日向からにじみ出ている。
しかし、菊子は震える事無く続けた。
「私にとって目黒さんは大切な友達である事も分かって下さい」
日向の目が大きく開く。
「楽しそうに私に話し掛けて来る目黒さんを無視したり、遠ざけたりなんか、私、出来ません。私、目黒さんの事が好きですから。私は私なりに目黒さんを大事にしているつもりです。日向さんと同じ様に」
菊子はじっと日向の目を見つめた。
日向は菊子から目を逸らさずにいた。
日向の体から力が抜けた。
「けどな、家政婦……」日向がそう言い掛けた時だった。
「やっぱりそうなんだ!」
可愛らしい声が高く響いた。
「えっ?」
「は?」
菊子と日向が揃って声のする方を見るとキッチンの扉の前にクロエの姿があった。
クロエは白い顔の頬を真っ赤にして菊子に睨みを利かせている。
「く、クロエさん?」
クロエから発せられる明らかな自分に対する敵意に戦慄を感じて慄く菊子。
クロエはぱたぱたとスリッパの音を鳴らしてキッチンの中へ入って来た。
そして、菊子を睨みながら、「あんた、雨兄いの事、やっぱり好きなのね!」と菊子に言った。
「え、何でそんな事に?」
どういう事? な菊子。
「とぼけないで。今さっき、あんたの口が言ったばかりじゃない。雨兄いの事が好きだって! 私、聞いてたんだから!」とクロエ。
凄い剣幕だ。
菊子から冷や汗が出る。
菊子は、あっ、と声を漏らし「違うの! それは友達としてって事で!」と弁解する。
しかし。
「友達? 嘘つき! 好きなくせに! 私は騙されないわよ。この家に来たのだって仕事の為じゃ無くて雨兄いといたいからでしょ!」とクロエには通用しない。
「いや、違います! 本気と書いてマジで違うから! 私はあくまでも友達で……」
「騙されないって言ったでしょ! 友達の立場を利用して家の中にまで入り込むだなんて信じられない!」
「ちょ……」
「あんたみたいなおばさんに負けないんだから! 雨兄いは私の王子様なんだから! 雨兄いを誘惑しないで!」
「誘惑ぅ? ちょっと!」
菊子は思わずクロエに手を伸ばす。
何かする気では無くて、不意に伸びた手だった。
クロエが菊子の手を跳ねのけた。
「触らないで! 汚らわしい! 大人の女の武器を使って誘惑とか、最低! そんなのに引っ掛かる雨兄いじゃ無いんだから! 覚えておいて!」
そう言うとクロエは勢い良くキッチンを飛び出した。
「クロエ!」
日向がクロエの後を追う。
菊子はどさりとその場にへたり込んだ。
何なの?
何なの?
完璧、嫌われた。
がくりとする菊子。
しかし、仕事が待っている。
菊子は立ち上がる。
「あれ、私、何を作ろうとしていたんだっけ?」
菊子は頭を捻る。
最早、炊き込みご飯は忘却の彼方であった。




