クロエ、暴走14
雨の視線が花壇に向く。
菊子も花壇を見る。
「あの花壇、日向が世話をしてるんだ」と言った雨の目じりに皺が浮かぶ。
「日向さんが?」
「ああ。庭って言っても桜以外はコンクリートだから見る物が限られるだろ。あの桜はこの家が建つ前から此処にあったんだ。あの桜を気に入って、俺は此処に家を建てようと思ったんだよ。初めは、この辺は桜の植わっている所以外は全部コンクリートで固める予定だったんだよ。でも日向が提案したんだ花壇を作りたいって。多分、それは俺の為なんだ。あいつにガーデニングの趣味は無かったから。庭に何か俺を楽しませる物を作りたかったんだよ、日向は。あいつは知ってるんだ。俺が退屈が嫌いだって事を。雑草だらけの不器用な花壇だけど、あれが俺は好きなんだ」
そんな台詞を雨はとても楽しげに話すのだった。
「信頼してるんだ、日向さんの事を」
そんな台詞が出て来たのは何故だろう、と菊子は自分でも不思議に思う。
雨と日向は強く繋がっている。
それは確な事である様に菊子は思う。
「うん、とても」
その証拠が雨のこの答えであり、この笑顔だ。
「良いですね、そういうの」
ちょっぴりの羨ましさ。
「菊子の事だって信頼してるさ」
これも冗談?
それとも?
「だから危ない冗談ばかり言うんですか?」
少しの意地悪。
「危ない冗談って何だよ。俺はいつも真面目にものを言ってるよ」
「はぃ? じゃあ、さっきの家族の件もですか?」
「ああ、真面目」
「…………」
「菊子が家族だったら面白いな。俺が隠居のおじいちゃんで、菊子が孫とか?」
「孫」
孫ですか!
微妙なポジションだ。
菊子は急に冷めた気持ちになる。
「あ、菊子、眉間に皺が出来てる」
「皺なんて出来ません! もう、家族でも貴族でも勝手にしたら? 私の関係無い所で!」
「貴族か、良いね」
「あ、合いそう」
貴族の雨を想像して菊子は思わず笑ってしまう。
二人は笑い合って一時を過ごした。
話の内容はどうでも良い事ばかりだったがそんな事どうだっていいくらいに楽しい時間だった。
「あ、私、そろそろお昼ごはんの支度しなくちゃ。お暇します。コーヒー、ご馳走様でした」
菊子がそう言えば雨が「仕事中に捕まえて悪かったな」と言う。
「いえ、楽しかったですから。あ、目黒さんのカップも片付けちゃいますね」
雨の膝の上にある空のカップに視線を向けて菊子は言う。
「うん、よろしく」
雨がカップを菊子に手渡そうとする。
「それじゃあ……」と菊子がカップを受け取ろうとすると。
「あ、ちょっと待って」と雨。
「えっ?」
雨の手が菊子の顔に伸びる。
菊子は魔法が掛かった様に動けなかった。
雨の指先が菊子の唇近くに優しく触れた。




