クロエ、暴走12
雨の顔を見て、やはり声を掛けるべきでは無かったと思った菊子だったが、雨は菊子の方へやって来た。
デッキの段差の為にいつもより雨の顔が近い。
雨は少しとろりとした顔をしていて眠そうだった。
菊子はさり気なく一歩後ずさると「洗濯物を干していたら外が気になって……お邪魔しました。直ぐ戻りますので」そう言って来た道を引き返そうとする。
「まあ待てよ」
雨が菊子を引き留めた。
「何ですか?」
恐々と訊ねる菊子。
「ちょっと眠くて。コーヒー持って来てもらえないか?」
「え、此処に?」
「うん。ここは俺の部屋の前なんだ。俺の部屋からデッキに出られるから、俺の部屋の中に入ってここまでコーヒー持って来て」
そう聞いて菊子のテンションは上がった。
雨の部屋の中はまだ見ていない。
この男の部屋の中がどんな風か菊子には興味があった。
普段すました顔をしておいて、アダルトな雑誌とかあっありして?
もしそうなら大いに笑ってやろう。
そう目論み、菊子は「分かりました。では直ぐに」と雨に言う。
去り際、雨が、「コーヒーは二つね」と言ったので「二つ?」と菊子は振り返り訊き返した。
「うん、二つ。俺の分と菊子の分」
半分夢の中の雨は、とろりと笑って言った。
菊子はキッチンで急いでコーヒーを入れて雨の部屋の扉をノックする。
返事は無かった。
菊子は「失礼します」と遠慮がちに声を掛けて扉を開いた。
部屋は広かった。
十畳は超えている。
壁はクローゼット部分とベッドと縦長の箪笥の置かれた場所を除いて、低い高さの棚で囲まれていた。
棚の中や棚の上は本やら模型やら観葉植物の他、五キロのダンベル一つ、正体不明の金属製のオブジェなどが置かれている。
机は作り付けらしく、子供が遊ぶブロックの様に棚と一体化していた。
机の上には赤い色のノートパソコンが一台置かれているのと、何かの本が一冊広げられていた。
机に椅子が無いのはおそらく雨が車椅子を使っているからだろう。
一脚の重たそうな黒皮の肘掛け椅子と黒い足にガラスの天板の付いたローテーブルが部屋の真ん中にあり、椅子は雨の乗っている車椅子と同じくらいの高さであった。
壁には絵や写真がずらりと飾られており、賑やかだ。
菊子は部屋の中に入り、辺りを見回しながら大きな掃き出し窓まで向かった。
見たところ、アダルトな雑誌の気配はない。
まあ、あっても見える所には置かないか。
と考え、カーテンの開いた掃き出し窓を開く菊子。
デッキの上で今だに庭を眺めている雨の背中に菊子は、「コーヒーお待たせ致しました」と声を掛ける。
すると雨は菊子の方を車椅子ごと、ゆっくりと振り返り、「ありがとう」と言った。
「そこに履き物あるからこっちにおいで」




