三極の狂走頁1
戻ってきた。
この景色。何の喧騒もない一目から外れた多目的室。埃臭い。使われなくなった備品が並ぶ、このごった煮感。本当に戻ってきた。
時間的にはそんなに経っていない。せいぜい二時間程度だけど、もう何日もプログラム内で過ごしたかのような濃密な時間を過ごした気分だった。
全員、帰ってきたのか? 僕はぐるりと周りを見渡す。
寝ている寝ている。ゼクト、カミ子、静吉。皆が皆、床にざっくばらんと横になっている。
埃っぽいのにかわいそうだ。
そんな彼女たちを腰を下ろしてまじまじと選定するように見ている無色透明の龍。カミ子をつんつんしてやがる。セクハラか。
「おいやめろよ無色透明の龍。寝てるからってそんなことしていいわけじゃないんだぞ」
「知ってるっつの。いやぁ現実世界で肉体持つなんて思いもしなかったからなぁ。この三人。結構美人ぞろいだなぁ。ゼクトは見た目が幼いせいでちょっと範囲外だけど、この中じゃあカミ子が一番好みだ。性格込みでな」
何を言っているんだろうこいつ。受肉されたショックでありとあらゆるネジが緩んだんじゃないか。
と言っても、ずっと僕の中にいた以上こうして自分で物を触るだけで感動を覚えるというのも無理ない話なのかもしれない。
「お、これがおっぱいってやつか……おい! あんまり柔らかくないぞ! ブラのせいか!」
「何ガチモンのセクハラかましてんだ。お前何時までここにいるつもりだよ」
三人がすぐに目を覚ますとは思わないし、僕のことを記憶から消滅させてはいるけど、学校で僕と同じ顔をした人間が二人いるなんてなったら面倒だ。
「面倒なわけねぇだろぉ。どうせお前は死ぬんだから」
「……ああ。消滅情報のせいでもうすぐ消える。消える人間と同じ顔の人間がいたらいけないんだ」
「そうかぁ。どうせ消えるなら、俺がお前のポジションについてやろうかぁ。二代目主人公。うーんアメコミのヒーローだなぁ。んぉお?」
僕は無色透明の龍の胸ぐらを掴む。
「この三人は全員。僕のせいでいらない宿命を背負ったんだ。だから記憶から僕を消した。僕はこの三人が目覚める前に姿をくらませて人知れず消える。だけどお前が残ってちゃ意味がない。いいか。見守れとは言った。だけどこの三人の前に姿は現すな。分かったか無色透明の龍」
「わかったぁ。分かったよぉ。全く、創造主様は怖いもんだ。まぁ消えるのはいい。消える前に一つお願いがあるんだよなぁこれが」
「お願いだぁ?」
「そうだ。無色透明の龍なんて名前じゃない。記号だ。だから、名前をくれ」
名前をくれだと? 無色透明の龍のやつ。何て物欲しそうな目で言ってくるんだ。
「名前なんて勝手に着けたらいいだろう」
「何言ってんだ。創造主様は俺の親みたいなもんだろ。お前がつけなきゃ意味ねぇなぁ。つけてくれよ。静吉みたいにさぁ。名前がねぇと……俺は独立できねぇなぁ」
無色透明の龍と言う名前があるじゃないかと思ったけど、それはあくまで世間がつけた災害の名前だったか。
そうか、本物の魔法使いと言ってもこいつは僕が呼びだした召喚獣。召喚は名前を付けられて初めて独立した存在になれる。
それに則って名前を欲しているだけか。
「それとも、面倒だって言うんなら、勝手に名をもらうぜ」
「は? もらう?」
「本当は二代目主人公として襲名したいところだけど、これは静吉がお前のためにつけた名前だから、既に今は使っていない、使い古した名前を使うことにしよう」
使い古した名前。そんな名前が存在するのかと思ったけど、僕には存在する。
そもそも主人公自体偽名で、本来の名前であり今は使っていない名前だ。
「俺の名は今から天童源次郎。本物の魔法使いに最も近かった男が今、本物の魔法使いとしてその名を受け継ごう。これで俺も一人前だー!」
「ちょ、大声出すな。三人が起きるだろう。と言うより、天童源次郎を継ぐって。やめろ。天童源次郎は世間的に死んでることになっているんだぞ」
八年の沈黙を破ってあの人災を起こした本人が本物の魔法使いになって帰ってきてたなんてやってみろ。大騒動どころの騒ぎじゃない。
「もしかして。あえて天童源次郎を名乗ることで天童源次郎が生きていることを公表するつもりか」
「まあ、公表して天童源次郎の悪評を取り除いてもいいがぁ……安心しろ。名前をもらうだけで天童源次郎として社会に溶け込むつもりなんて毛頭ない。あくまで名前が欲しいだけだ」
本当だろうか。
信用していいのだろうかと思ったけど、無色透明の龍は僕が生み出した存在だ。嘘をつくなんてこともないだろう。
「と言うか僕のこと恨んでいるんじゃないのか?」
「恨むかぁ。長い間封印されていたことに対しては確かに文句の一つもある。だがぁ。やはりあくまで創造主様だ。生み出してくれたことに関しては感謝している。だから、俺が天童源次郎になる事がお前に対しての親孝行だと思っている」
「親孝行だ?」
人の昔の名前を名乗って親孝行とは言い得て妙。そこにどんな親孝行が意味されているんだ。
「簡単なことだぁ。お前はやはり崩街を起こしたことを罪に思っている」
「そりゃそうだろ。あれは僕が起こした過ちだ」
「違う。あれは『天童源次郎』が起こした過ちであって『主人公』であるお前が起こした災害ではない。あれは『天童源次郎』である俺が起こした過ちだ」
それは、一体どういうことだ。
確かにあれは天童源次郎が起こした人災ではあるけど、僕ではないとは言えない。
「つまりだぁ。お前の過去の罪は『天童源次郎』として俺が全部引き継ぐ。だからお前は『主人公』という一人の人間になったんだ。もう、罪の意識に苛まれる必要はない」
罪の意識に苛まれる必要はない。無色透明の龍はそう言った。
そんなことを言われようと崩街は僕が起こした事故だ。それは変わりない。
だけどこいつはこいつなりに僕のことを気遣ってくれているのだろうか。なんだ、やっぱりお人よしじゃないか。
「無理だよ。どうあがいたってあれは僕の過去から消せない。僕は崩街を抱いて消えるさ」
「そうかぁ。そう言うなら結構。とにかく俺は今から天童源次郎だ。アバヨォ創造主様」
無色透明の龍が扉に手をかける。
おそらく彼の生き方はこれから彼自身が決めていくだろう。と言っても、こいつはお人よしだからゼクトとカミ子をしっかりと見守ってくれるだろうけど。
「それとあと一つ」
「どうした?」
「お前が崩街を忘れられないように、この三人も決してお前のことを忘れない。それだけは言っておいてやろう。俺も存外、バカではないんだぁ」
そう言って無色透明の龍は扉から外に出て、すぐそばにあった窓から外へ飛び出していった。




