三極の機甲少女17
静寂が訪れる。この空間にはもう、僕以外に立っている人はいない。
だけどこれで終わりではない。やるべきことはまだある。
この空間をパンクさせること。今の状態を現実世界に引き継がせる。それが今の僕の最大の目的である。
しかしそれを実現するのは不可能。僕にはそんなプログラムをパンクさせる力はない。僕は出来ない。なら別のやつにやらせる。そう、空間のパンクができるのは僕の中のあいつだけだ。
僕は空間を叩き割れ目を作る。その中からさっきのドールゲンガー同様に偶像により作った自分自身を引きずり出す。そうだ。またしても僕のドールゲンガーを召喚した。
だけどさっきみたいにおつむがオムツなアホの精神なんか入っていない。
今回は先ほどのドールゲンガーとは似て非なるものだ。
正直ものすごく危険を冒している。召喚した自分自身に入っているやつ。自分と同じ姿をしたこいつの中身はずっと一緒にいたが面識がないと言うか、物凄い怒りに駆られているケモノと言おうか。
倒れている偶像は眼を開き、立ち上がったかと思えば辺りを見回す。その中で目が合う。お互い言葉を交わさずに見つめ合ったけど、僕はひらひらと手を振った。
見開かれた眼球とつりあがる口角が悪魔的だ。そしてこちらに駆け寄ってきて、大きく腕が振り被られ、僕の顔面に突き刺さった。
「いってぇッ!? いきなり殴るなんて横暴だな!」
「源次郎ぉ! テンメェ! どの面下げて俺の前に出て来やがったぁ!」
「僕は出てきてないですぅ! お前が出てきたんですぅ!」
「お前が呼びだしたんだろうがァ!」
何とも口が悪い。僕の姿でそんなそんな言葉を吐かないでほしい。
そう、僕を昔の名前で呼ぶこいつはある意味最高の腐れ縁。僕が呼びだして以来ずっと一緒に身を寄せ合って生きてきた、最悪の被害者であり僕の最高傑作、無色透明の龍その人であり、本物の魔法使いだ。
「テンメェ。ずっと身動き取れないままお前のケツに引っ張られる気持ちがわかるかぁ? んぉお!?」
「無色透明の龍はハータスと違って意識あったのか。さすが本物の魔法使いだ。いてて。まあ、殴ったことはいい。許してやる。代わりに頼みたいことがある」
「断る、と言ったら? 俺はテメェをぶちのめしたくてたまんねぇんだけどなぁ! 『エクスカリバー』!」
偶像、もとい無色透明はその手を剣に変えた。言ノ葉錬金で自分の手を刃に変えたんだ。完全に使いこなしている。
その刃を僕の喉元に突き付けてくる。
「さぁてこのままスパーっと抉っちまってもいい気持ちなれそうだなぁ」
凄い嫌われようだ。まあ、無色透明の龍から嫌われているのは自覚しているし、なんだかんだでこいつの僕に呼び出された被害者みたいなものだ。反抗的な態度もわかりきっていたこと。ただし、切り札はこちらにある。
僕は右手を見せつける。
「手にあるの分かるか? WRだ。お前は今僕の所有物なんだ。ハータスの数値も合わさってお前を支配下に置くことに成功したんだ。その気になれば破棄してもう一度僕の脳内に戻ってもらってもいい。それでもいいならやるんだ」
「アホか。そんな脅しに屈するとでも思うのかぁ? 俺は無色透明の龍だぞ」
向こうも引く気はないか。と言うよりバレてはいないみたいだ。
そう。開いては無色透明の龍であり本物の魔法使いだ。つまり本物の魔法の定義である問答無用と無尽蔵を持っているということになる。
言ノ葉錬金。その名の通り言葉を触媒とした錬金術。つまりその気になればWRの契約なんて簡単に破棄できる。つまり完全なる自由を手にすることだって簡単だ。
それはダメだ。気付いていないならいい。気付いてないならそれを利用する。
と言っても、首輪を解いたところでさすがに崩街が起こることはない。それだけは保証できる。なんたってずっと一緒にいたんだからな。
「いうことを聞くさ。なんたってお前は僕が召喚した偶像なんだからな」
「ご主人様の言うことだから聞くってか? だから聞く気なんざ、」
「いや、聞き入れるさ。お前は『いいやつ』なんだからな」
そう、無色透明の龍はあくまで僕に召喚された偶像。僕がある程度設定を作った以上根本的に悪い奴なんてありえない。
そう、偶像召喚はあくまで世界をより豊かに、優秀であるために召喚された偶像だ。
「俺がいいやつって、知ってんだろぉ? 俺が崩街を引き起こした張本人だってなぁ」
「あれは僕がお前を抑えきれなかったのが原因だ。今ならわかる。崩街は暴走したお前を止められなかった僕に責任がある」
「だからって俺がいいやつになるなんて限らないだろぅ? ん?」
「なるさ。少なくとも恨み言を言いながら僕とこんな会話をしてる時点で、お前は僕と同じどうしようもないお人よしだよ」
「……ッチ! 何が望みだ?」
突き付けられた刃が手に戻る。
ほら、やっぱりお人よしだ。




