隠し味の不協和音
放課後の旧校舎は、雨上がり特有の土と湿ったコンクリートの匂いに満ちていた。
屋上に続く踊り場のステップに、二人は並んで腰掛けていた。開け放たれた扉からは、夕暮れの湿った風が吹き込み、二人の制服の裾をかすかに揺らす。
「凛、手貸して」
突然そう言われ、凛が素直に右手を差し出すと、凪はその手のひらに小さな四角い箱を落とした。いつも凪が持っている、駄菓子の箱だった。
「残りの一粒。あげる」
「……ありがとう」
箱から転がり出た桃色の固形物を口に含むと、甘酸っぱい人工的なイチゴの味が舌の上に広がった。凛がゆっくりと咀嚼するのを、凪は満足そうに横目で見つめている。
「どう? 美味しい?」
「……すごく甘い。普段なら絶対買わない味」
「ふーん。でも、吐き出さないんだ」
「凪がくれたから」
何気なく口にした言葉だったが、言った当人の頬が少し熱くなった。凛は誤魔化すように、膝の上に置いたカメラのレンズフィルターをブロワーで吹き始める。
シュッ、シュッという規則的な空気の音が、静かな踊り場に響く。
凪は膝を抱えたまま、凛の手元をじっと見つめていたが、ふいに身を乗り出して凛の肩に額を預けてきた。不意を打たれ、凛の手が止まる。
「……なに? 急に」
「……別に。凛って、いっつも冷たい匂いがするから」
「冷たいって何よ」
「ミントみたいな、整えられた匂い。でも今は、イチゴの匂いも混ざってる」
凪の吐息が首筋に触れ、凛の背筋に小さな悪寒のような戦慄が走った。触れ合っている肩から、凪の体温がゆっくりと制服の生地を透かして伝わってくる。
クラスにいるときの自分は、誰かとどれだけ物理的に近づいても、心の中に分厚いガラスが一枚隔てられている感覚があった。けれど、いま肩を寄せ合っているこの少女に対しては、その防御壁が一切機能しない。それどころか、もっと近くへ、もっと深い場所へ踏み込んでほしいと願ってしまう自分すらいた。
「……写真、撮らないの?」
凪が首だけを動かし、下から凛の顔を覗き込んできた。距離があまりにも近い。凪の瞳の奥、茶色い虹彩の中に、動揺を隠しきれない自分の顔が小さく映っている。
「……こんなに近かったら、ピントが合わないよ」
「合わせなくていいじゃん。ボケてても」
そう言うと、凪は悪戯っぽく笑い、凛の手に握られたカメラのシャッターボタンの上に自分の人差し指を重ねた。
カシャ。
機械音が鳴り響き、液晶画面には、焦点の合わない二人の制服の影と、滲んだ夕焼けの赤だけが記録された。
「ね、綺麗でしょ」
満足気に呟く凪の声を聴きながら、凛は自分の胸の奥で、確かな熱を持って歪み始めていく「何か」から、もう目を逸らせなくなっていた。




