第八十四話 接続率
研究室は静かだった。
機械音もしない。
警報も鳴らない。
ただ非常灯だけが赤く点滅している。
カイはモニターの前に立っていた。
画面は真っ黒だった。
さっきまで映っていた研究員ももういない。
最後に残った言葉。
タマを――
そこで終わっていた。
「続きは」
端末を操作する。
反応なし。
記録破損。
残っていない。
舌打ちする。
肝心な所だけ消えていた。
管理局らしい。
あるいは最初から壊れていたのかもしれない。
どちらでもよかった。
答えは残っていない。
なら探すしかない。
カイは部屋を見回した。
培養槽。
制御盤。
薬品棚。
研究机。
普通の人間なら研究施設にしか見えない。
胸が脈打つ。
ドクン。
構造接続。
意識が沈む。
視界が変わる。
壁。
配線。
電力。
空気の流れ。
配管。
構造。
全部が線になる。
今までとは違った。
相手ではない。
施設そのものへ接続している。
「……」
違和感。
部屋の奥。
壁の一角。
何かがおかしい。
カイは近付いた。
見た目は普通だった。
白い壁。
継ぎ目もない。
だが構造が違う。
そこだけ空洞だった。
拳を当てる。
コン。
軽い音。
周囲と違う。
もう一度叩く。
同じ。
「隠してるな」
工具箱を探す。
金属棒を見つける。
差し込む。
こじ開ける。
古いロックが外れた。
壁がゆっくり開く。
奥に小さな保管庫があった。
埃だらけだった。
長い間誰も触っていない。
カイは中へ入る。
棚。
ファイル。
写真。
記録媒体。
大量だった。
適当に一冊開く。
被検体001。
2体死亡。
次。
被検体012。
死亡。
被検体031。
死亡。
被検体044。
死亡。
死亡。
死亡。
死亡。
死亡。
同じ文字が並ぶ。
「……」
次を開く。
被検体177。
生存。
適合。
戦闘能力向上。
精神安定性低。
要監視。
カイの手が止まる。
「177」
見覚えのある番号だった。
さらにページを捲る。
被検体290。
生存。
適合。
肉体強化。
戦闘特化。
要監視。
これも知っている。
ストリートファイトで戦った男だった。
そして。
さらに次。
被検体776。
ページを開く。
そこで止まる。
死亡ではない。
成功でもない。
適合でもない。
一文字だけ。
異常。
そう書かれていた。
「異常?」
意味が分からない。
失敗でも成功でもない。
異常。
それだけだった。
ページを読み進める。
だが大部分が黒塗りだった。
肝心な所だけ読めない。
「ふざけんな」
思わず呟く。
その時だった。
タマが動く。
今まで黙っていた。
それなのに。
初めて自分から資料棚へ近付く。
鼻先で写真を押した。
一枚。
床へ落ちる。
カイは拾い上げた。
写真だった。
古い。
色褪せている。
研究室。
白い壁。
研究員達。
中央。
小さな子供。
五歳くらい。
痩せている。
腕には数字。
776。
カイだった。
間違いない。
そして。
その隣。
黒い何か。
犬じゃない。
もっと曖昧だった。
霧。
影。
塊。
説明できない。
だが存在している。
写真に映っていた。
カイはタマを見る。
赤い目。
写真を見る。
黒い塊。
「一緒だったのか」
返事はない。
だが否定もしない。
カイは写真を見続けた。
研究所。
776。
黒い霧。
全部最初から繋がっていた。
偶然じゃない。
最初から。
その時だった。
保管庫の一番奥。
一枚のメモが目に入る。
研究記録ではない。
手書きだった。
誰かの走り書き。
カイは紙を開く。
そこには数字だけが並んでいた。
001 3%
012 5%
044 11%
177 18%
290 22%
数十人分続く。
そして最後。
776。
100%
カイは黙る。
意味が分からない。
接続率。
そう書かれていた。
接続率100%。
異常。
生存。
776。
全部繋がっている気がした。
だが答えはまだ見えない。
紙を裏返す。
そこにも文字があった。
短い。
本当に短い。
研究員の手書きだった。
震えている。
焦っている。
そんな字だった。
『黒は人を侵食しない』
その下。
もう一行。
『人が黒へ侵食される』
カイはその文字を見る。
何度も見る。
意味が分からない。
だが。
胸の奥がざわついた。
タマが静かにこちらを見ている。
赤い目だけが暗闇に浮かんでいた。
まるで。
答えを知っているみたいに。




