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第八十二話 認識隠蔽

白い通路だった。


 静かだった。


 上では戦争が続いているはずだった。


 爆発。


 銃声。


 悲鳴。


 だがここには届かない。


 別世界だった。


 カイはゆっくり歩く。


 足元をタマが進んでいる。


 後ろを振り返る。


 NO177はいない。


 もう戦いは終わった。


 先へ進めと言われた。


 だから進む。


 それだけだった。


 通路は長かった。


 途中で何度も分岐が現れる。


 だがタマは迷わない。


 真っ直ぐだった。


 赤い目が一点だけを見ている。


 まるで帰り道を知っているみたいだった。


 やがて通路が終わる。


 大きな研究室へ出た。


 白い壁。


 白い床。


 薬品棚。


 培養槽。


 端末。


 机。


 普通の研究施設だった。


 人はいない。


 誰もいない。


 静かだった。


 カイは周囲を見る。


 資料を開く。


 薬品名。


 研究記録。


 実験報告。


 どれも普通だった。


 少なくとも期待していたものではない。


「……終わりか?」


 思わず呟く。


 五番。


 管理局が隠した何か。


 177が辿り着けなかった場所。


 タリムが最後まで追っていた答え。


 それがこんな場所とは思えなかった。


 タマが低く唸る。


 カイは振り返った。


 タマは部屋の奥を見ていた。


 薬品棚だった。


 どこにでもある棚。


 瓶が並んでいる。


「何だ」


 近付く。


 何もない。


 壁だった。


 普通の壁。


 中央にボロボロになった管理局の鷹のマーク。


 大量の打突痕。


 斬撃痕。


 爆発痕。


 黒いシミ。

 

 胸が鳴る。


 ドクン。


「ここか」


 誰もたどり着けていない。


 この先。


 構造接続。


 無意識だった。


 意識が沈む。


 薬品棚。


 壁。


 空間。


 構造。


 流れ。


 その瞬間だった。


 見えた。


 壁が透き通る。


 空洞。


 通路。


 存在していた。


 確かに。


 だが普通の視界には映らない。


 構造接続を解除する。


 消える。


 ただの壁になる。


 もう一度接続する。


 現れる。


 通路。


 隠し通路。


 そこにあった。


「そういうことか」


 だが。


 壁が透ける。


 奥が見える。


 そこまで。


 殴る。


 蹴る。


 連打。


 ・・反応なし。


「ここまで来てかよ」


 諦めかけたその時。


 タマ。


 体から黒い筋のようなものを伸ばす。


 壁に向かって筋が伸びる。


 まるで黒い光のように中心までたどり着く。


 「いま」


 頭の中に声が聞こえる。


 構造接続。


 その瞬間黒い光の筋が壁全体に行き渡る。


 一瞬激しく光り・・壁の一部が消えた。


 まるで壁がなかったかのように。

 

 177とタリムが辿り着けなかった理由。


 エストの仮説。


 半分は当たっていた。


 黒い通路が現れた。


 冷たい空気が流れてくる。


 タマは迷わず入っていった。


 カイも続く。


 狭い通路だった。


 研究所の設計図には無かった場所。


 壁は古い。


 上の施設よりずっと古かった。


 埃が積もっている。


 誰も通っていない。


 そんな印象だった。


 しばらく歩く。


 やがて壁へ文字が見えた。


 薄い。


 削られている。


 無理矢理消された痕跡。


 それでも読めた。


 第五研究区画。


 カイは立ち止まる。


 初めて見た。


 五番。


 実在した。


 本当に。


 タマが振り返る。


 待っている。


 先へ行けと言うみたいに。


 カイは再び歩き出した。


 通路はさらに地下へ続く。


 長い。


 異様なほど長い。


 やがて終点が見えた。


 巨大な扉。


 白い金属。


 今までのどの施設より頑丈そうだった。


 中央には認証装置。


 管理局のものとは少し違う。


 古い。


 だが動いていた。


 タマが扉の前で止まる。


 赤い目がカイを見る。


 胸が鳴る。


 ドクン。


 ドクン。


 近い。


 答えが。


 カイは認証装置へ手を置いた。


 数秒。


 沈黙。


 そして。


 電子音が鳴る。


 機械音声。


『認証確認』


 カイは目を細める。


 古い音声だった。


『被検体776』


 空気が止まる。


 心臓が強く脈打つ。


『認証完了』


 重い音が響く。


 巨大な扉がゆっくりと動き始めた。


 暗闇が開く。


 その奥にあるものはまだ見えない。


 だが。


 カイには分かっていた。


 ここだ。


 ずっと探していた答えは。


 この先にある。


 扉が開いていく。


 ゆっくりと。


 静かに。


 そして完全に開く直前。


 カイは初めて一歩を踏み出した。

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