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第七十九話 侵攻

東地区の夜は異様な熱気に包まれていた。


 研究所群を囲む防壁の向こうでは警報が鳴り続けている。


 監視ドローンが空を埋め尽くし、投光器が夜を昼のように照らしていた。


 そして。


 その静寂を最初に壊したのは爆発だった。


 轟音。


 衝撃。


 正門付近の外壁が吹き飛ぶ。


 続いて歓声が上がった。


 ハンター達だった。


「突っ込めぇぇぇ!」


「死ぬなよ馬鹿共!」


 怒号と笑い声が入り混じる。


 いつもの第4都市だった。


 ただし規模だけが違う。


 数百人。


 武装したハンター達が東地区へ雪崩れ込んでいく。


 固定砲台が火を吹いた。


 銃弾の雨。


 悲鳴。


 血。


 だが止まらない。


 誰も止まらない。


 全員が賭けていた。


 負ければ終わり。


 勝てば人生が変わる。


 最前線。


 巨大な斧が振り下ろされる。


 防壁が砕ける。


 ワイトだった。


「道開いたぞ!」


 歓声が上がる。


 その瞬間だった。


 空が赤く光る。


 レーザー。


 爆発。


 ワイトの前方で地面が吹き飛んだ。


 土煙。


 煙の向こう。


 一人の男が立っている。


 金髪。


 赤いインコ。


 大型拳銃。


 NO6ミックだった。


「久しぶりだな」


 ワイトが笑う。


 ミックは笑わない。


「帰れ」


「嫌だね」


 メニーが鳴く。


 上空のドローンが展開される。


 五機。


 本来より少ない。


 それでも十分危険だった。


「お前、随分ツキ落ちたらしいな」


 ワイトが聞く。


 ミックは舌打ちした。


「試してみるか」


 拳銃が向く。


 ワイトが笑う。


「そうこなくちゃな」


 次の瞬間。


 戦場が爆発した。


 ―――


 一方。


 戦場の端。


 カイは誰にも気付かれないように移動していた。


 銃声。


 悲鳴。


 爆発。


 全部聞こえる。


 だが見ない。


 興味が無かった。


 タマが前を歩いている。


 赤い目。


 迷いがない。


 研究所群中央。


 その方向へ向かっていた。


 カイもそれに続く。


 胸の奥が脈打つ。


 ドクン。


 近付いている。


 そんな感覚があった。


 研究所の裏側。


 搬入口。


 地下へ続く通路。


 普通の人間なら気付かない。


 だがカイには見えていた。


 構造の歪み。


 認識の隙間。


 そこだけ色が違う。


 存在しないはずの場所。


「やっぱりある」


 小さく呟く。


 タマが低く唸った。


 地下へ続く階段が現れる。


 誰もいない。


 警備もいない。


 耳元の通信機が鳴る。


 『食いついた』


 メルだった。


 『東地区の戦力、予定通り表へ集中してる』


 カイは答えない。


 今度はエストの声。


 『敵に作戦書を渡す馬鹿がどこにいる』


 少し間。


 『肝心な一枚を抜いてあるなら別だが』


 カイは階段を見る。


 「切るぞ」


 『礼くらい――』


 通信を切った。


 まるで最初から見えていないかのように。


 カイは迷わず降りた。


 ―――


 その頃。


 研究所群内部。


 NO177は刀を振っていた。


 一振り。


 二人倒れる。


 二振り。


 三人倒れる。


 血が飛ぶ。


 だが本人は退屈そうだった。


「弱えな」


 防衛部隊が引く。


 誰も近付かない。


 177は鼻を鳴らした。


 その時だった。


 違和感。


 手が止まる。


 周囲を見る。


 戦場。


 ハンター。


 爆発。


 銃声。


 全部ある。


 だが。


「いねえな」


 776がいない。


 あの黒い犬も。


 どこにもいない。


 177は笑った。


 電話の内容を思い出す。


 黒い犬いるか。


 いる。


 なら行くな。


 あの時の確信。


 今なら分かる。


 776は研究所を狙っていない。


 五番を狙っている。


「やっぱりそうか」


 刀を肩へ担ぐ。


 そのまま歩き出した。


 防衛責任者が叫ぶ。


「どこへ行く!」


 177は振り返らない。


「仕事だ」


「命令違反だ!」


「いつものことだろ」


 それだけ言って去っていく。


 誰も止められない。


 止める勇気も無かった。


 ―――


 地下。


 静かだった。


 上の戦争が嘘みたいだった。


 白い壁。


 白い床。


 白い天井。


 誰もいない。


 音も無い。


 カイはゆっくり歩く。


 胸が鳴る。


 ドクン。


 ドクン。


 近い。


 確実に近付いている。


 タマが立ち止まった。


 耳が動く。


 赤い目が前を見る。


 カイも視線を上げた。


 通路の先。


 一人の男が座っていた。


 壁にもたれている。


 大柄な身体。


 傷だらけの顔。


 巨大な刀。


 NO177だった。


 カイは立ち止まる。


 177はゆっくり顔を上げた。


 そして笑う。


 楽しそうに。


 本当に楽しそうに。


「来たな」


カイは眉をひそめる。


「何で先にいる」


「道知ってるからな」


「五番に入れるのか」


177が笑う。


「入れねえよ」


刀を肩へ担ぐ。


「ここまでなら何度も来た」


 カイは周囲を見る。


 逃げ道は無い。


 だが逃げる気も無かった。


「待ってたのか」


「ああ」


 177は立ち上がる。


 骨が鳴る。


 巨大な刀を拾い上げる。


「ここまで来れるのはお前だけだと思ってた」


 カイは構える。


 タマが低く唸る。


 177は笑う。


「安心しろ」


「殺したいわけじゃねえ」


「ただ確かめたい」


 刀が肩へ乗る。


 戦意が溢れる。


「五番へ行くなら」


 177の目が細くなる。


「俺を越えてみろ」


 静かな地下通路に殺気が満ちた。


 そして。


 戦いが始まろうとしていた。


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