第七十七話 招集
管理局本部は慌ただしかった。
普段なら静かなはずの作戦会議室に、怒号と通信音が飛び交っている。
大型モニターには東地区研究所群の立体地図が映し出されていた。
警備配置。
巡回経路。
補給線。
侵入予測地点。
全て赤く塗り潰されている。
ミックは壁にもたれてその様子を見ていた。
幹部達の顔色は悪い。
先ほどまで侵攻計画を笑っていた連中とは思えなかった。
「一致率九十三パーセント」
情報分析官が言った。
「監視網配置」
「予備戦力」
「地下搬入口」
「全て正確です」
部屋が静かになる。
冗談では済まなかった。
内部情報を知っている人間が作ったとしか思えない。
「情報漏洩経路を洗え」
「全研究所へ警戒レベル引き上げ」
「研究員は退避準備」
「非常事態宣言を発令する」
命令が飛ぶ。
次々と決まっていく。
ミックは鼻で笑った。
「だから言っただろ」
誰も反論しない。
もう笑う者はいなかった。
その時だった。
一人の幹部が低い声で言った。
「五番の防衛を優先する」
ミックの目が止まる。
「五番・・ね」
22が言っていた。
会議室の空気が変わる。
数人の幹部が視線を逸らした。
それだけで十分だった。
そしてそれは、自分ですら完全には知らない情報だった。
「なんで本部に情報上げないんだよ、それ」
「五番、全部教えろよ」
幹部は黙る。
「俺も防衛要員なんだぞ」
「必要な情報は渡している」
「場所すら知らねえんだけど」
「それでいい」
ミックは舌打ちした。
「相変わらずだな」
情報を抱え込む。
隠す。
誤魔化す。
管理局らしい。
だが今は追及している場合ではなかった。
「戦力は?」
幹部が答える。
「NOを招集する」
部屋のモニターが切り替わる。
帰還命令。
緊急召集。
優先順位最高。
大量の名前が並んでいた。
ミックの表情が少しだけ変わる。
「本気か」
「本気だ」
即答だった。
「研究所群を失うわけにはいかない」
その言葉だけは嘘ではなかった。
―――
一方。
ハンター本部。
こちらも異様な熱気に包まれていた。
酒瓶。
武器。
弾薬。
歓声。
まるで祭りだった。
大型モニターには賭博市場が表示されている。
【研究所防衛成功 1.02倍】
【東地区突破 22倍】
【研究所群侵入成功 8.7倍】
数字が絶えず変動していた。
歓声が上がる。
「管理局のやつら予算突っ込みやがった」
「勝てば人生変わるぞ」
怒鳴り声が飛ぶ。
「こんなものか、煽っておいた」
エストが呟く。
金が動く。
いつもの第4都市だった。
「全員賭けたな!」
ワイトが叫ぶ。
「おお!」
「借金まで突っ込んだぞ!」
「馬鹿だなお前!」
爆笑が起きる。
カイはその輪の外にいた。
壁にもたれながら地図を見ている。
興味があるのは賭博ではない。
研究所だった。
東地区。
研究所群。
そして五番。
エストが近付いてくる。
「お前は参加するな」
カイは顔を上げた。
「ああ」
「地下だろ」
エストは地図を見る。
「ハンターは陽動だ」
「管理局もそう見る」
「だが本命は違う」
指が研究所群の中心を指す。
「地下だ」
カイは黙る。
その通りだった。
研究所を潰したいわけじゃない。
管理局と戦いたいわけでもない。
知りたいだけだ。
自分を。
「お前だけ別に動く」
エストが言う。
「そのために俺達がいる」
珍しく真面目だった。
カイは少しだけ笑った。
「便利だな」
「高いぞ」
「請求すんなよ」
「する」
即答だった。
メルが吹き出した。
そのまま端末を机へ置く。
「これ見て」
研究所群の設計図だった。
巨大な地下構造。
通路。
搬入口。
管理区画。
研究区画。
全部ある。
だが。
何かがおかしい。
カイは図面へ近付いた。
目を細める。
違和感。
説明できない。
だが確実にある。
そこだけ空白だった。
図面が存在しているのに。
そこだけ認識できない。
気持ち悪い。
意識が沈む。
構造接続。
無意識だった。
線。
通路。
構造。
流れ。
図面。
空白。
違う。
そこだ。
一瞬だけ見えた。
空白の奥。
存在しないはずの通路。
地下へ続く線。
そして。
数字。
五。
「……あった」
気付けば呟いていた。
メルが固まる。
「何が」
カイは目を押さえた。
頭が痛い。
だが見えた。
確かに見えた。
「そこ」
図面を指差す。
「ここだ」
エストの顔色が変わる。
メルも言葉を失う。
図面上には何も無い。
だがカイだけが見ていた。
存在しないはずの場所を。
―――
その頃。
管理局本部。
大型扉が開く。
中へ男が入ってきた。
大柄だった。
傷だらけだった。
笑っていた。
NO177。
緊急召集に応じて戻ってきた男だった。
「東地区防衛に参加しろ」
幹部が言う。
177は少し考える。
「嫌だ」
即答だった。
会議室が静まり返る。
「命令だ」
「知らん」
幹部の額に青筋が浮く。
177は椅子へ座る。
そして聞いた。
「776いるか」
空気が止まった。
誰も答えない。
その反応だけで十分だった。
177は笑う。
楽しそうに。
本当に楽しそうに。
「なら行く」
幹部達が顔をしかめる。
177だけが笑っていた。
「久しぶりに面白そうだ」
東地区。
研究所群。
管理局。
ハンター。
そして五番。
全てが少しずつ動き始めていた。




