第七十四話 鍵
エストは黙っていた。
古い椅子へ腰掛けている。
カイは向かいに座っていた。
メルは壁際。
腕を組んで話を聞いている。
「研究所が見えたんだな」
エストが言う。
「ああ」
「どんな場所だ」
カイは少し考える。
言葉を探す。
「白かった」
「研究所だった」
「地下」
「それくらいしか分からん」
エストは頷く。
予想通りだった。
「見えたのは一瞬か」
「ああ」
「タリムの最後の言葉は」
「自分を見ろ」
沈黙。
エストは指で机を叩く。
数秒。
考える。
「面白いな」
笑った。
「何がだ」
「全部だ」
エストは立ち上がる。
窓の外を見る。
第四都市。
いつも通りの景色。
「177が辿り着けなかった」
「タリムが死ぬまで追ってた」
「お前だけ見えた」
振り返る。
「偶然だと思うか?」
カイは答えない。
だが。
偶然ではない気がしていた。
「見えないんじゃねえ」
エストが言う。
「行けないんだ」
「……?」
「ある」
エストは指を立てる。
「確実にある」
「だが辿り着けない」
「認識できない」
カイは黙る。
タリムの言葉。
自分を見ろ。
研究所。
776。
全部が繋がりそうで繋がらない。
「構造接続」
エストが言う。
「それが鍵ではないかな」
部屋が静かになる。
メルも顔を上げる。
「お前は見る」
エスト。
「私達は見えない」
「だったら答えは単純だ」
「お前だけ何か違う」
カイは考える。
そして。
少しだけ納得した。
「タリムも見たのか」
「おそらくね」
エストは笑う。
「だから死ぬまで追った」
その答えは妙にしっくり来た。
タリムならそうする。
見つけたら。
追う。
死ぬまで。
「なら」
カイが言う。
「どうする」
エストは即答した。
「試す」
「何を」
エストは自分を指差した。
「俺だ」
カイは眉をひそめる。
「接続しろ」
当然のように言う。
「お前が見てる世界を見てみたい」
メルが呆れた顔になる。
「死ぬかも」
「死なんよ」
「死んでも文句は言わない」
エストは笑う。
いつもの笑い方だった。
「暴れそうになったら始末しろ」
「だからやれ」
無茶苦茶だった。
だが。
エストらしかった。
カイはしばらく考える。
そして立ち上がった。
「後悔するなよ」
「するなら聞かないさ」
即答。
エストは椅子へ座る。
腕を組む。
「来い」
カイは前へ立った。
呼吸。
集中。
構造接続。
意識が沈む。
視界が変わる。
筋肉。
骨。
神経。
血流。
エストの身体が見える。
さらに奥。
因子。
構造。
記憶。
断片。
流れ込む。
闘技場。
戦い。
血。
歓声。
死体。
生存。
次の瞬間。
接続が切れた。
カイは息を吐く。
頭が痛い。
エストは黙っていた。
数秒。
そして笑う。
「見えたか」
「あんたの人生がな」
「どうだった」
カイは答える。
「うまいことやってるって印象しかねえ」
「……あんたには無い」
「何が」
「俺の中にあったやつ」
エストの笑みが消えた。
「どんなものだ」
「分からん」
「黒い」
タマが顔を上げる。
「それだけだ」
エストは黙る。
視線がカイの手へ落ちた。
文様。
それからタマ。
「99と同じ文様」
「黒体」
「そして、お前の中にだけある何か」
指で机を叩く。
「鍵が構造接続だけとは限らんな」
問題は場所じゃない。
辿り着く方法。
それだけだった。
エストは立ち上がる。
「面白くなってきた」
カイも否定しなかった。
胸の奥。
黒い何かが、また微かに脈打った。




