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第七話 残り

夜明け前だった。


 雨はいつの間にか弱くなっていた。


 カイは廃ビルの屋上に座っていた。


 濡れたコンクリート。


 冷たい風。


 街の灯り。


 遠くでサイレンが鳴っている。


 管理局だ。


 まだ探している。


 自分を。


 それとも。


 もう死んだ二人を。


「……」


 答えは分からない。


 分かるのは一つだけだった。


 帰る場所がない。


 アパートは無理だ。


 管理局が張っている。


 ハンター拠点も危険だ。


 自分が行けば巻き込む。


 財布を見る。


 金は少し。


 銃は一丁。


 タマは相変わらず隣にいる。


 黒い犬。


 赤い目。


 意味の分からない存在。


「残ったのはお前だけか」


 タマは答えない。


 当然だった。


 カイは立ち上がった。


 身体中が痛い。


 肩。


 脇腹。


 頬。


 全部痛む。


 それでも歩ける。


 なら十分だった。


 階段を降りる。


 街へ出る。


 早朝。


 人は少ない。


 新聞配達。


 掃除屋。


 市場へ向かう車。


 平和だった。


 昨日までと同じように。


 リーも。


 ワンも。


 いないのに。


 世界は続いている。


 腹が立った。


 少しだけ。


 だから歩いた。


 止まらないように。


 スラム地区。


 入口。


 鉄柵。


 落書き。


 錆びたドラム缶。


 煙。


 懐かしい匂いだった。


 傭兵時代。


 こういう場所は何度も見た。


 七年。


 色々やった。


 護衛。


 運び屋。


 掃除。


 密輸。


 用心棒。


 死体運び。


 金になるなら何でも。


 だから知っている。


 こういう場所は。


 意外と話が早い。


 ドラム缶の横。


 一人の男が座っていた。


 短髪。


 五十過ぎ。


 煙草。


 目だけ鋭い。


 カイは真っ直ぐ近付いた。


 男が見る。


 数秒。


 黙っていた。


「誰だ」


「カイ」


「知らん」


「だろうな」


 男は煙を吐いた。


「用件は」


「置いてくれ」


 男の眉が少し動いた。


「理由は」


「追われてる」


「誰に」


「管理局」


 周囲の空気が少し変わる。


 それでも男は表情を変えなかった。


「何やった」


 カイは少し考えた。


 それから答えた。


「黒コートに追われた」


「何人」


「四人」


「よく生きてんな」


 煙草が止まった。


 男の視線が変わる。


 男はしばらく見ていた。


 傷だらけの顔。


 裂けた服。


 乾いた血。


 疲れた目。


 全部見る。


 それから煙を吐いた。


「置いてやる理由がない」


 カイは頷く。


 予想通りだった。


「仕事する」


「何ができる」


「何でも」


「便利な言葉だな」


「七年傭兵やってた」


 少しだけ。


 男の目が細くなった。


「何でもやった」


 沈黙。


 風が吹く。


 ドラム缶の火が揺れる。


「飯代」


 カイが続ける。


「寝床代」


「用心棒でも運び屋でもやる」


「死体運びでもいい」


 男は煙草を見た。


 短くなっている。


 捨てる。


 踏み消す。


「名前は」


「カイ」


「違う」


 男は顎でタマを指した。


「そっちだ」


 カイは横を見る。


 タマ。


 赤い目。


 黙っている。


「タマ」


 男の顔から少しだけ色が消えた。


「……どこで拾った」


「死体処理場」


 今度は完全に沈黙した。


 数秒。


 十秒。


 長かった。


 やがて男は立ち上がる。


「レイドだ」


 手を差し出す。


 節だらけの手だった。


「スラムの面倒見てる」


 カイは握る。


 固かった。


「今日から働け」


「飯は出す」


「寝床も貸す」


 少し間を置く。


「だが余計なことはするな」


「了解」


 即答だった。


 レイドは鼻で笑う。


「返事だけはいいな」


「よく言われる」


 嘘だった。


 一度も言われたことはない。


 レイドは呆れたように首を振る。


 その時だった。


 タマがゆっくりとレイドを見上げた。


 赤い目。


 まっすぐ。


 レイドの表情が固まる。


 ほんの一瞬。


 本当に一瞬だけ。


 恐怖みたいなものが見えた。


 だがすぐ消える。


「……面倒なのを拾ったな」


 誰に言ったのか分からなかった。


 カイか。


 自分か。


 それとも。


 もっと別の何かか。


 朝日が昇り始める。


 スラムが目を覚ます。


 そしてカイは初めて。


 管理局から隠れる場所を手に入れた。


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