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第六話 戻る

夜。


路地を走る。


肺が痛い。


喉が焼ける。


息を吸うたび。


血の味がした。


背後。


黒コート。


四人。


まだ追ってくる。


速い。


異常だった。


角を曲がる。


飛び越える。


転がる。


立つ。


また走る。


肩。


熱い。


頬。


切れている。


視界。


揺れる。


それでも走る。


工場から離れる。


離れる。


離れる。


だが。


頭の中だけ。


離れなかった。


リー。


煙草。


笑い声。


ワン。


缶コーヒー。


焼肉。


全部残っている。


本人達だけ。


いない。


また角を曲がる。


足が止まる。


呼吸が続かない。


壁へ手をつく。


吐く。


赤い。


血だった。


遠く。


サイレン。


鳴っている。


街はいつも通り動いている。


なのに。


工場だけ。


終わっていた。


「……クソ」


拳を握る。


逃げる。


生きるためなら正しい。


リーもそう言う。


ワンもそう言う。


たぶん。


絶対に。


そう言う。


でも。


その先は。


どうする。


明日。


起きる。


飯を食う。


市場へ行く。


仕事をする。


笑う。


そんなこと。


出来るのか。


頭の中。


リーの顔が浮かぶ。


ワンの顔が浮かぶ。


そして。


工場。


黒コート。


白い閃光。


全部。


途中だった。


何も終わっていない。


何も知らない。


何も見ていない。


そのまま逃げるのか。


胸の奥。


何かが軋んだ。


気持ち悪かった。


恐怖じゃない。


もっと嫌なもの。


自分自身への嫌悪だった。


「……ふざけんな」


顔を上げる。


タマ。


横にいた。


赤い目。


真っ直ぐ見ている。


カイ。


笑う。


少しだけ。


「だよな」


逃げても終わらない。


知らないまま終わる。


それだけは。


嫌だった。


壁から背中を離す。


来た道を見る。


工場。


黒煙が上がっている。


足を向ける。


その瞬間。


タマ。


耳が立つ。


来る。


黒コート。


一人。


先行している。


気配。


近い。


角の向こう。


もうすぐだった。


カイ。


銃を抜く。


呼吸を整える。


怖い。


当たり前だった。


でも。


逃げない。


角。


黒コートが現れる。


発砲。


火花。


肩へ当たる。


止まらない。


突っ込んでくる。


速い。


カイも走る。


正面。


距離が消える。


拳。


来る。


見える。


違う。


見えていない。


予想できる。


肩。


少し落ちる。


重心。


前。


次は右。


そう思った。


身体が。


思った通りに動く。


避ける。


今までなら。


間に合わない。


でも。


間に合った。


拳が頬を掠める。


近い。


近すぎる。


膝。


腹へ入れる。


黒コート。


少し曲がる。


効いた。


もう一発。


顎。


叩く。


揺れる。


だが倒れない。


化け物だった。


それでも。


今度は見える。


呼吸。


足運び。


力の流れ。


ストリートファイト。


290。


あの時と同じだった。


観察する。


見る。


考える。


組み立てる。


次。


左。


その次。


蹴り。


読める。


避ける。


潜る。


肘。


首。


銃。


落ちる。


膝裏。


蹴る。


体勢が崩れる。


全力。


顎へ叩き込む。


骨が鳴る。


黒コート。


倒れた。


動かない。


呼吸だけしている。


カイ。


立っていた。


肩で息をする。


血が流れる。


手が震える。


それでも。


立っていた。


工場を見る。


戻る。


今度は迷わない。


走る。


夜風。


頬を打つ。


工場。


近付く。


煙。


臭い。


焦げた鉄。


血。


全部残っていた。


中へ飛び込む。


崩れた壁。


砕けた鉄骨。


燃える火。


その奥。


リーがいた。


壁にもたれている。


胸。


赤い。


呼吸。


浅い。


誰が見ても。


助からない。


「おい!」


駆け寄る。


リー。


血が零れている。


全く動かない。


カイ。


膝をつく。


何か言わなければと思う。


何も出てこない。


少し奥。


鉄床の横。


ワンだった。


手元。


割れた管理局の胸章。


血だらけ。


もう駄目だった。


それでも。


笑っていた。



工場。


静か。


火だけが燃えている。


カイ。


立ち上がる。


手を見る。


血。


付いている。


リーの血。


ワンの血。


温かかった。


目を逸らさない。


逃げない。


全部見る。


全部知る。


リーが死んだ理由。


ワンが死んだ理由。


黒コート。


管理局。


自分自身。


全部。


タマ。


横へ来る。


黒い尻尾が揺れる。


カイ。


工場の出口を見る。


涙は出なかった。


代わりに。


胸の奥に。


何かが残った。


消えない火みたいに。


「行くぞ」


タマ。


一度だけ鳴く。


夜。


まだ終わっていなかった。


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