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第六十七話 違反者

沈黙が続いていた。


 崩れた西地区。


 瓦礫。


 焦げた建物。


 その中心。


 ミックだけが動かない。


 さっきまでの軽い顔は消えていた。


「入口」


 低い声。


 確認するように呟く。


 タリムは答えない。


 ミックが息を吐いた。


「十二年消えてた奴が」


「戻ってきたと思ったら」


「五番の入口を見た、か」


「面倒なことしてくれるな」


「昔からだ」


「自分で言うなよ」


 ミックは額を押さえた。


 肩の上。


 メニーが羽を畳む。


 まだ警戒している。


 カイは二人を見る。


「十二年前」


 ミックが目を向ける。


「こいつ何したんだ」


「聞きたい?」


「ああ」


「やめとけ」


 タリムが言った。


「何でお前が止める」


「長い」


 ミックが苦笑する。


「でもまあ」


「今は関係あるか」


 笑みが薄れる。


「NO22、タリム」


「元南国管理局筆頭」


「在籍期間十一年」


「命令違反」


 一度止まる。


「千二十七回」


 カイはタリムを見る。


「多くねえか」


「知らん」


「知っとけよ」


 ミックが肩をすくめた。


「命令無視」


「独断行動」


「任務放棄」


「上官への反抗」


「機密区域への無断侵入」


「対象の勝手な解放」


「作戦中の失踪」


「報告書未提出」


「あと」


 ミックが指を折る。


「上司を切った」


「三回」


「三回も?」


「四回だ」


 タリムが訂正した。


 沈黙。


「増やすな」


 カイが言う。


「一回忘れてた」


「忘れるなよ」


 ミックが頭を抱えた。


「ほらな」


「こういう奴なんだよ」


「よく筆頭まで行けたな」


「強かったからな」


 ミックは即答した。


 その声だけ。


 少し違った。


「馬鹿みたいに」


 タリムは何も言わない。


「命令は聞かない」


「組織にも馴染まない」


「勝手に助ける」


「勝手に殺す」


「それでも」


 ミックの視線が老人へ向く。


「誰もこいつを外せなかった」


 風が吹いた。


 タリムの上着が揺れる。


「必要だったからだ」


 ミックが続ける。


「NO22がいれば」


「死ななくていい奴が死ななかった」


「殺さなきゃいけない奴が死んだ」


「結果だけは出した」


「だから管理局も切れなかった」


 タリムが小さく鼻を鳴らす。


「くだらん」


「お前が言うな」


「事実だ」


「その事実に十二年間振り回された奴が山ほどいるんだよ」


 カイは黙って聞いていた。


 魚屋。


 包丁。


 十二年間。


 何も繋がらないようで。


 少しずつ繋がっていく。


「で」


 カイが聞く。


「何で辞めた」


 ミックの口が止まった。


 タリムも動かない。


 一瞬。


 二人の間に何かが落ちた。


 昔の。


 カイには分からない何か。


「辞めたんじゃねえ」


 ミックが言う。


「消えた」


 カイは眉を寄せる。


「消えた?」


「ああ」


「ある日突然」


「任務も」


「部下も」


「管理局も」


「全部放り出して」


「こいつだけ消えた」


 タリムを見る。


「十二年だぞ」


 返事はない。


「死んだと思ってた奴もいる」


「殺されたと思ってた奴もいる」


「裏切ったって言った奴もいた」


「俺は」


 そこで止まった。


 メニーが小さく鳴く。


 ミックは続けなかった。


「それで魚屋か」


 カイが言う。


「ああ」


 答えたのはタリムだった。


「魚の方が楽だった」


「人より?」


「ああ」


「切っても文句言わん」


「そこかよ」


 ミックが笑った。


 ほんの少しだけ。


 だが。


 すぐに消える。


「それで」


 ミックがカイを見る。


「お前はこいつ連れて、ここからどうするつもりだ」


「回収された奴を追う」


「十七人?」


 カイの目が細くなる。


「知ってるのか」


「仕事だからな」


「子供九人も?」


「知ってる」


 声から軽さが消えた。


「不要個体処分も?」


 沈黙。


 ミックは答えなかった。


 それだけで十分だった。


 カイの声が低くなる。


「どこへ運んだ」


「言えない」


「じゃあ退け」


「それも無理」


「面倒だな」


「俺もそう思う」


 ミックは肩を落とした。


「前みたいに」


「たまたま同じ方向向いてるなら楽だったんだけどな」


「今回は違う」


 黒いドローンが一機。


 ゆっくり位置を変える。


 まだ武器は向けていない。


 だが。


 準備している。


「中央からの命令だ」


「776」


 カイ。


「黒体」


 タマ。


「それから」


 ミックの視線が横へ向く。


「NO22」


 タリム。


「確認次第報告」


「状況によっては拘束」


「拒否した場合は?」


 カイが聞く。


「俺が困る」


「知らねえよ」


「だよな」


 ミックは笑う。


 今度は少し疲れていた。


「だから」


 腕の端末へ手を伸ばす。


「まず報告する」


 画面を操作。


 数秒。


 ミックの指が止まった。


「……あ?」


 もう一度。


 操作。


 反応なし。


 通信表示。


 圏外。


 ミックが空を見る。


 ドローンの一機が高度を上げる。


 数秒。


 戻ってくる。


「メニー」


「ピー」


「中央回線」


「ピー」


「予備」


「ピー」


「衛星」


「ピー」


「全部?」


「ピー」


 ミックの顔から笑みが消えた。


 カイも端末を出す。


 圏外。


「壊れてんのか」


「俺のもだ」


 周囲を見る。


 アンテナ。


 中継塔。


 遠くに残っている。


 破壊されてはいない。


 構造接続。


 見る。


 端末。


 回路。


 アンテナ。


 通信設備。


 異常なし。


 壊れていない。


 なのに。


 繋がらない。


「何だこれ」


 ミックがゆっくり顔を上げた。


 視線の先。


 タリム。


 老人は。


 何もしていなかった。


 ただ立っている。


「……お前」


 ミックの声が低くなる。


「何した」


「切った」


 即答だった。


「何を」


「通信」


 沈黙。


 カイはタリムを見る。


 意味が分からない。


「通信設備を?」


「違う」


「回線?」


「違う」


「じゃあ何を切った」


 タリムは答えなかった。


 カイはもう一度見る。


 構造接続。


 端末。


 回路。


 電波。


 アンテナ。


 設備。


 全部正常。


 切断箇所がない。


 破損もない。


 妨害装置もない。


 なのに。


 繋がらない。


「……見えねえ」


 思わず声が漏れた。


 タリムの目が僅かに動く。


 それだけ。


 ミックは違った。


 驚いていない。


 嫌そうな顔をしていた。


「まだ使えるのか」


 カイがミックを見る。


「知ってんのか」


「知ってる」


「何した」


「説明したくない」


「何で」


「説明しても意味分かんねえから」


「何だそれ」


「俺も昔そう言った」


 ミックは大きく息を吐いた。


 肩を回す。


「十二年だぞ」


 タリムを見る。


「もう使えないと思ってた」


「俺もだ」


「お前もかよ」


「魚には必要なかった」


「そりゃそうだろ」


 タリムの手が動く。


 腰。


 包丁袋。


 だが。


 抜かない。


 触れただけ。


 ミックの目が細くなる。


「やる気か」


「お前次第だ」


「俺、仕事中なんだけど」


「知るか」


「昔からそれだよ」


 ミックが笑う。


 今度は。


 完全に戦う顔だった。


「カイ」


「何だ」


「悪いけど」


 周囲。


 機械音。


 一機。


 二機。


 三機。


 瓦礫の影。


 崩れた屋上。


 道路の向こう。


 黒いドローンが浮かび上がる。


「ここから先は通せない」


 カイは拳を握る。


 構造接続。


 視界が広がる。


 ドローン。


 武装。


 軌道。


 照準。


 全部見える。


 隣。


 タリム。


 見る。


 老人。


 筋肉。


 骨。


 呼吸。


 重心。


 包丁。


 そこまでは見える。


 だが。


 それだけだった。


 さっき通信に起きたことだけが。


 どこにもない。


 何をした。


 どうやった。


 何を切った。


 分からない。


 タリムが一歩前へ出る。


 ミックの目が僅かに細くなる。


「NO22」


「ああ」


「最後に確認する」


「何だ」


「退く気は?」


「ない」


「だよな」


 ミックが指を鳴らした。


 同時に。


 数十の照準がタリムへ集まる。


 赤い光。


 老人の身体を埋め尽くす。


 タリムは動かない。


 逃げない。


 包丁すら抜かない。


 おい、武器構えねえのかよ」


「いらねえ」


「物はこいつに届かねえ」


「わかってんじゃん」


 ミックを見た。


 包丁袋に手を添えた。


 手刀の構え。

 

 ミックの笑みが消えた。


 次の瞬間。


 全ドローンが一斉に動いた。



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