第六十三話 接続
夜だった。
アパートの窓を叩く風が少し強い。
カイは机の前に座っていた。
タマがいた。
赤い目。
静かにこちらを見ている。
最近はずっとそうだった。
近い。
近すぎる。
まるで何かを待っているみたいだった。
その時だった。
端末が震える。
ロイだった。
珍しい。
通信を開く。
「何だ」
『お前』
珍しく真面目な声だった。
『最近夢を見るか』
「見る」
『知らねえ場所は』
「ある」
沈黙。
『……深く潜りすぎてる』
「何に」
『接続にだ』
カイは黙る。
『接続は見る力だ』
『構造を見る』
『繋がりを見る』
『普通は物を見る』
ロイが煙草に火をつける音が聞こえた。
『だが、お前は最近人を見始めてる』
背筋が少しだけ冷える。
『人間は複雑だ』
『物みたいに単純じゃねえ』
『下手に覗くな』
「何が言いたい」
数秒の沈黙。
そして。
『お前、自分で戻って来れなくなるぞ』
通信が切れた。
部屋が静かになる。
カイはしばらく端末を見ていた。
意味は分からない。
だが。
引っ掛かった。
妙に。
嫌なほど。
視線を上げる。
タマがいる。
赤い目。
ずっとこっちを見ている。
「お前か」
タマは動かない。
返事もない。
カイは立ち上がった。
ゆっくり近付く。
タマも逃げない。
赤い目だけが揺れていた。
「ずっと気になってた」
しゃがみ込む。
黒い霧へ手を伸ばす。
冷たい。
いつもと同じだった。
だが今日は違う。
目を閉じる。
構造接続。
発動する。
黒い霧の奥を見る。
もっと奥。
さらに奥。
今まで見たことのない深さまで。
その瞬間だった。
世界が落ちた。
床が消える。
部屋が消える。
音が消える。
身体の感覚も消える。
暗闇だけが残った。
落ちる。
落ちる。
どこまでも。
やがて。
足が地面へ触れた。
目を開く。
白かった。
壁。
床。
天井。
全部白い。
見覚えがある。
研究所だった。
だが違う。
もっと古い。
もっと壊れている。
誰もいない。
静かだった。
歩く。
足音だけが響く。
通路。
扉。
観察窓。
拘束室。
全部並んでいる。
やがて。
一つの部屋へ辿り着いた。
扉は開いている。
中を覗く。
誰かがいた。
子供だった。
床へ座っている。
背中が見える。
小さい。
痩せている。
カイは部屋へ入った。
「おい」
子供は振り返らない。
「誰だ」
返事もない。
数歩近付く。
その時だった。
「遅い」
声が聞こえた。
子供だった。
カイの足が止まる。
「何だと」
子供は立ち上がる。
ゆっくり振り返る。
顔が見えた。
息が止まる。
自分だった。
幼い頃の自分。
だが違う。
目だけが赤い。
タマと同じ色だった。
少年は不満そうな顔をする。
「ずっと待ってた」
カイは何も言えなかった。
頭が追いつかない。
少年はそんな様子を見てため息を吐く。
「やっと来たのに」
「覚えてないのか」
静かな声だった。
怒っているわけでもない。
悲しんでいるわけでもない。
ただ。
当たり前の事実を確認しているみたいだった。
カイはようやく口を開く。
「お前」
「誰だ」
少年は少しだけ考えた。
そして答える。
「それを話すために呼んだ」
白い部屋が揺れる。
遠くで何かが軋む音がした。
少年は赤い目で真っ直ぐカイを見る。
「時間がない」
その言葉と同時に。
世界のどこかで警報が鳴り始めた。
カイは無意識に拳を握る。
少年は静かに笑った。
「やっと始まる」
その瞬間。
白い研究所の天井が音を立てて崩れ始めた。
そしてカイは、自分が今まで知らなかった何かへ足を踏み入れたことを理解した。




