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第六十二話 見えない

昼だった。


 ハンター拠点の倉庫は静かだった。


 ワイトはいない。


 他のハンターも出払っているらしい。


 聞こえるのは古い換気扇の音だけだった。


 机の上には魚が一匹置かれている。


 市場で買った安物だった。


 カイは包丁を握る。


 魚を見る。


 その瞬間だった。


 答えが出る。


 骨。


 筋。


 皮。


 どこへ刃を入れるべきか。


 どこを避けるべきか。


 考える前に分かった。


 包丁が動く。


 迷わない。


 止まらない。


 数分後。


 魚は綺麗に開かれていた。


 骨も残っている。


 身も崩れていない。


 上出来だった。


 だが。


「違うな」


 カイは包丁を置いた。


 違和感だけが残る。


 切れた。


 成功した。


 それなのに気分が悪い。


 市場の魚屋を思い出す。


 タリム。


 あの老人は魚を見ていた。


 長く。


 じっと。


 骨を見て。


 筋を見て。


 魚そのものを見ていた。


 自分は違う。


 見ていない。


 答えだけが先にある。


 そこへ向かって手が動く。


 結果だけが残る。


「……楽だな」


 呟く。


 嫌な言葉だった。


 楽だった。


 だから嫌だった。


 横を見る。


 タマが伏せていた。


 赤い目だけがこちらを見ている。


「お前じゃないよな」


 聞く。


 返事は無い。


 当然だった。


 カイは包丁を洗う。


 水が流れる。


 その途中。


 刃が指へ滑った。


 切れる。


 そう思った。


 だが。


 切れなかった。


 刃が止まる。


 皮膚へ触れる直前で。


 最初からそこへ行かないことが決まっていたみたいに。


 カイは手を止めた。


 胸の奥が冷える。


 偶然じゃない。


 最近ずっとそうだった。


 失敗しない。


 外れない。


 避けられる。


 当たる。


 辿り着く。


 全部。


 自然に。


 考える前に。


 夕方。


 南区。


 人混みの中を歩く。


 買い物帰り。


 学生。


 仕事帰り。


 人が多い。


 だが。


 誰ともぶつからない。


 避けようとしていない。


 考えてもいない。


 それでも。


 人の流れが勝手に開く。


 前方の男が立ち止まる。


 横から自転車が来る。


 老人が進路を変える。


 全部が分かる。


 考える前に。


 頭へ入ってくる。


 気付けば横断歩道を渡り終えていた。


 カイは振り返る。


 人波だけが続いている。


 誰も異常に気付いていない。


 だが。


 本人だけは分かっていた。


 前とは違う。


 前は見ていた。


 考えていた。


 予測していた。


 今は違う。


 答えだけがある。


 過程が無い。


 ロイの言葉が頭をよぎる。


 ――勝手に答えが出るなら。


 ――もう見てねえ。


 胸の奥が重くなった。


 夜。


 部屋へ戻る。


 机の前へ座る。


 ノートを開く。


 白紙。


 昔なら書いていた。


 気になること。


 仮説。


 検証。


 全部。


 だが最近は減っていた。


 理由は簡単だった。


 答えが先に来る。


 だから考えなくなる。


 観察しなくなる。


 理解しようとしなくなる。


 ノートを閉じる。


 部屋は静かだった。


 タマだけがいる。


 黒い犬。


 赤い目。


 じっとこちらを見ている。


「なあ」


 声が漏れた。


「俺、手抜きしてるか?」


 返事は無い。


 当然だった。


 だが。


 タマは目を逸らさなかった。


 ずっと。


 見ている。


 まるで。


 何かを待っているみたいに。


 カイは小さく息を吐いた。


 窓の外では風が鳴っている。


 街の灯りが揺れていた。


 そして久しぶりに思う。


 知りたい。


 答えじゃない。


 過程を。


 どうしてそうなるのかを。


 昔みたいに。


 もう一度。


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