第六十一話 後始末
朝だった。
灰街にはまだ焦げた匂いが残っていた。
崩れたビル。
割れた道路。
ひしゃげた車。
昨夜の戦闘の痕跡が街中に残っている。
その中心。
管理局の大型輸送車が何台も並んでいた。
白い作業服。
回収班。
武装警備員。
慌ただしく動いている。
怪物の死骸は巨大だった。
解体だけでも数日はかかりそうだった。
カイは少し離れた場所からそれを見ていた。
横にはタマ。
いつも通りだった。
黒い犬。
黒い霧。
赤い目。
昨夜の異常な反応が嘘みたいだった。
「本当に何なんだよ」
聞く。
返事はない。
当然だった。
タマは死骸を見ている。
ただそれだけだった。
「おい」
後ろから声がした。
振り返る。
ミックだった。
缶コーヒーを二本持っている。
一つ投げてくる。
受け取る。
「珍しいな」
「何が」
「奢るの」
ミックは笑った。
「昨日死にかけたからな」
「俺もだ」
「俺の方が死にかけた」
「知らん」
缶を開ける。
炭酸だった。
甘い。
思っていたより不味かった。
ミックは怪物の死骸を見る。
しばらく黙る。
そして。
「中央来るか?」
唐突だった。
カイは即答する。
「嫌だ」
「早いな」
「嫌だからな」
「給料出るぞ」
「嫌だ」
「住居も付く」
「嫌だ」
「休暇もある」
「もっと嫌だ」
ミックが吹き出した。
「意味分からん」
「俺も分からん」
少しだけ笑う。
珍しかった。
管理局の人間とこんな話をするのは。
その時だった。
遠くで怒鳴り声が上がる。
回収班だった。
「核が足りない!」
「再確認しろ!」
「記録と数が合わない!」
騒ぎになっている。
カイは横を見る。
タマ。
伏せている。
無関係そうな顔。
だが。
赤い目だけがこちらを見た。
ほんの一瞬。
何かを知っているように。
カイは視線を逸らした。
面倒だった。
非常に。
ミックも何か察したらしい。
笑っただけだった。
何も言わない。
賢い男だった。
しばらくして。
管理局の車列が動き始める。
怪物の残骸。
回収資材。
研究資料。
全部運ばれていく。
灰街はまた静かになる。
その頃になって。
カイは気付いた。
「そういえば」
「ん?」
「177は」
ミックが周囲を見る。
そして肩を竦めた。
「いないな」
本当にいなかった。
さっきまでいたはずだった。
死骸の上で笑っていた。
回収班に絡んでいた。
だが今はいない。
どこにも。
ミックが笑う。
「あいつはそういう奴だ」
「そうなのか」
「次の面白そうな場所へ行ったんだろ」
あり得る。
非常に。
カイは納得した。
177らしかった。
別れの挨拶も無い。
報酬も聞かない。
勝手に現れて。
勝手に暴れて。
勝手に消える。
あまりにも自由だった。
少しだけ羨ましいと思った。
その時。
端末が震える。
エストだった。
通信を開く。
『生きてるかい』
「多分」
『結構』
「多分」
エストが笑う。
通信越しでも分かった。
『報酬は送っておく』
「助かる」
「また頼むよ」
『それと、一つサービスだ』
「何だ」
『魚屋の老人。タリム』
カイの目が細くなる。
『NO22。元南国管理局筆頭』
沈黙。
カイは魚屋の包丁を思い出した。
「……道理で読めねえわけだ」




