第五十二話 灰街
夜だった。
ハンター拠点の倉庫は静かだった。
酒盛りの声も聞こえない。
ワイト達は別件で出払っている。
残っているのはカイとタマだけだった。
机の上には第四研究区から持ち帰った資料が積まれている。
写真。
実験記録。
研究員名簿。
被験体一覧。
どれも肝心な部分だけが消されていた。
カイは最後のファイルを閉じる。
「クソが」
結局分かったのは、ロイが第四研究区の主任研究員だったことくらいだ。
自分は何なのか。
タマは何なのか。
そこだけがまだ見えない。
椅子にもたれる。
視線が机の端で止まった。
銀色のケース。
《残響》。
280護衛の列車から回収した試作品だった。
ケースを開く。
銀色の液体が静かに揺れる。
その時だった。
横を見る。
タマがアンプルを見ていた。
赤い目が動かない。
珍しかった。
肉にも。
金にも。
人間にも。
ほとんど興味を示さない。
そのタマが見ている。
「……知ってるのか」
返事はない。
当然だった。
カイはアンプルを見る。
資料を見る。
もう一度タマを見る。
偶然じゃない。
さっきからずっと見ている。
考える。
第四研究区。
黒体。
失敗作。
黒い霧。
全部が繋がりそうで繋がらない。
しばらく考えたあと、小さく息を吐いた。
「やるなら自己責任だぞ」
アンプルを開く。
銀色の液体を一滴だけ落とした。
霧へ吸い込まれる。
消える。
変化はない。
さらに一滴。
やはり消える。
「違うか」
そう思った瞬間だった。
空気が震えた。
窓ガラスが軋む。
机が揺れる。
タマの身体が崩れた。
黒い霧が膨張する。
一気だった。
倉庫の天井近くまで黒が広がる。
「おい」
返事はない。
赤い目だけが闇の中に浮いていた。
次の瞬間。
頭の奥へ何かが流れ込んできた。
白い部屋。
拘束具。
泣いている子供。
研究員。
黒い霧。
誰かの声。
『失敗だ』
『廃棄処分に回せ』
『776との同期を切れ』
『待て』
そこで映像は途切れた。
「っ……!」
カイは頭を押さえた。
嫌な汗が背中を流れる。
776。
自分の番号。
同期。
誰と。
視線がタマへ向く。
数秒後。
霧はゆっくりと収縮を始めた。
元の大きさへ戻る。
タマは何事もなかったように座っていた。
だが。
今のは夢ではない。
誰かの記憶だ。
第四研究区の。
その時だった。
端末が震えた。
エスト。
嫌な予感しかしない。
「何だ」
『仕事だよ』
予想通りだった。
『南地区封鎖区域』
『因子怪物討伐依頼だ』
資料が送られてくる。
カイは開いた。
被害報告。
討伐記録。
現場写真。
どれも酷かった。
その中の一枚で手が止まる。
大型輸送車。
横転している。
違和感。
カイは写真を拡大した。
車体が潰れている。
爆発じゃない。
衝突でもない。
巨大な手で握り潰したような形だった。
「何だこれ」
『数年前の事故だ』
エストが言った。
『因子獣処理施設で事故が起きた』
次の写真。
倉庫。
壁が消えている。
焼けた痕はない。
砕かれている。
『複数の因子獣が融合した』
カイの指が止まる。
『正確な数は不明』
『残骸が残ってないからね』
次の写真。
ビルの屋上。
黒い影。
輪郭が曖昧だった。
だが。
その周囲の鉄骨が不自然に曲がっている。
折れているのではない。
押し潰されている。
『確認されている能力は三つ』
『引力操作』
『破砕』
『電流』
カイは写真を見続けた。
六メートル級。
一トン以上。
怪物。
だが。
興味を引いたのは強さじゃない。
どうやってそうなった。
なぜ融合した。
何を核にしている。
そっちだった。
『管理局も手を焼いてる』
『NO級も何人か消えてる』
エストの声が続く。
『報酬は悪くない』
『第四研究区関連資料も付ける』
カイは少しだけ考えた。
写真。
事故。
融合。
第四研究区。
全部どこかで繋がっている気がした。
「……分かった」
『交渉成立だ』
通信が切れる。
静寂。
窓際。
タマが南を見ていた。
封鎖区域の方角だった。
赤い目は動かない。
カイも同じ方向を見る。
第四研究区。
黒体。
失敗作。
融合怪物。
気になることがまた増えた。
嫌になるほど。
それでも。
止める気にはなれなかった。




