第四十八話 残響
ハンター拠点へ戻ったのは夜だった。
廃ショッピングモール。
三階。
いつもより騒がしい。
いや。
正確には違う。
静かすぎた。
誰も大声を出していない。
笑い声もない。
空気だけが重かった。
カイは階段を上がる。
途中。
ライフルとすれ違った。
煙草を咥えている。
でも火はついていない。
珍しかった。
「何かあったのか」
ライフルは顔をしかめる。
「ワイトんとこ行け」
それだけだった。
部屋へ入る。
ワイト。
椅子に座っていた。
フィーノもいる。
長コートもいる。
全員揃っていた。
なのに誰も喋らない。
「何だよ」
ワイトが端末を投げる。
受け取る。
写真。
建物。
崩れていた。
正確には。
吹き飛んでいた。
壁が無い。
床が無い。
爆発して消し飛んだみたいだった。
「南支部だ」
ワイトが言う。
カイは写真を見る。
見覚えは無い。
でもハンターの拠点らしい。
「昨日まであった」
ワイトは煙草に火をつける。
「今は無い」
沈黙。
フィーノが机を叩いた。
「二十七人死んだ」
部屋が静かになる。
長コートが続ける。
「生存者は三人」
「運が良かった奴だけだ」
カイは写真を見る。
壁。
鉄骨。
全部折れていた。
爆撃ではない。
もっと雑だった。
巨大な手で壊したみたいだった。
「誰だ」
ワイトが答える。
「NO6」
その瞬間。
部屋の空気が変わる。
ライフル。
長コート。
フィーノ。
誰も冗談を言わない。
本気だった。
「中央から来た」
ワイトが続ける。
「回収任務だ」
「対象は99」
「776」
ワイトの視線が向く。
「あと黒体」
タマ。
窓際で寝ていた黒い霧が動く。
赤い目。
ゆっくり開く。
「お前か」
カイが呟く。
タマは何も答えない。
当然だった。
ワイトは煙を吐く。
「問題は」
「そいつがまだ動いてることだ」
「南支部潰した後も消息不明」
「探してる」
フィーノが顔をしかめる。
「普通は終わったら帰る」
「だが帰ってねぇ」
「つまり」
長コートが続ける。
「まだこの都市にいる」
誰も笑わない。
部屋の空気が重い。
カイは端末を返した。
「強いのか」
ライフルが吹き出す。
乾いた笑いだった。
「強いってレベルじゃねぇ」
「NOだぞ」
「しかも一桁」
ワイトも否定しなかった。
「十番以内は概念が絡む」
それだけで十分だった。
話が終わる。
各自散っていく。
カイも部屋を出た。
廊下。
薄暗い。
その途中。
頭の奥に違和感が走った。
振り返る。
誰もいない。
でも。
何かがおかしい。
部屋へ戻る。
深夜。
机。
資料。
第四研究区の記録。
散らばっている。
でも今は読む気になれなかった。
ベッドへ腰掛ける。
その時だった。
カタン。
小さな音。
視線を向ける。
棚。
黒いケース。
残響アンプル。
280護衛の列車から回収した試作品。
銀色の液体。
揺れている。
タマがいた。
ケースの前。
じっと見ている。
「またか」
最近多かった。
タマは何度も残響を見ていた。
近付く。
触れない。
でも離れない。
まるで観察している。
カイはケースを開く。
アンプルを取り出す。
銀色。
液体なのに。
どこか生きているみたいだった。
タマが近付く。
黒い霧が伸びる。
アンプルへ触れる。
その瞬間。
部屋の音が消えた。
静かだった。
風も。
時計も。
全部。
消えた。
視界が揺れる。
一瞬。
白い部屋。
拘束具。
泣いている子供。
誰かの声。
『同期率上昇』
『接続開始』
『記録を残せ』
ノイズ。
消える。
気付く。
アパートだった。
息が荒い。
額に汗が浮いている。
タマはアンプルを見ていた。
赤い目。
動かない。
「……今の何だ」
返事は無い。
ただ。
頭の奥に声だけが響く。
『覚えてる』
止まる。
カイの目が細くなる。
『残ってる』
それだけだった。
タマは窓際へ戻る。
黒い霧。
丸くなる。
眠ったみたいに動かなくなった。
部屋には沈黙だけが残る。
机の上。
残響アンプル。
銀色の液体が。
わずかに脈打っていた。




